2010.10.16 からの挨拶
※この記事は常に最上位に表示されるものとする。

当Blogは書の道を志す理が、日々想った事を書き連ねてゆくBlogである。
映画の感想や雑記等色々上げて行く、実にBlogらしいBlogだと自負している。

前まではこのお知らせの場に書き込んでいたが、昨今のやる気ゲージ激減により取っ払った。
気が向いたら、変更する。かもしれない。
 ここ最近まともに映画見る気概が無かった所で、久々に。見るものが無いからという理由だろうか、矢鱈レンタルが多い『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』である。昨日の深夜に返って来た所をどうにかゲット。

 X-MENで人気の高いキャラ、ウルヴァリンのスピンオフという事であるが、いの一番に出て来た感想は、「これがどうやって1と繋がるんだ?」という所かな。いや、一応三部作(と言って良いのか知らないが)全部見終えたが細部はもう忘れているので詳しい事は何とも言えないのだけれど、どうも一作目とこのローガン=ウルヴァリンが結び付かない。特にヴィクター=セイバートゥースと義兄弟設定というのが、かなり腑に落ちないのだけれど、あんないい奴だったろうか、あの男? 他にも細部でちらほらと首を傾げる所があり。うーん、これはスピンオフという事で、パラレル扱いと見るべきなのだろうか? だったら、ZEROじゃないだろう、と思うのだけれどね。

 そしてまた、脚本的に登場人物と要素を詰め込み過ぎて希薄になっている印象が。中でも、子供時代のくだりは、もう少し長くした方が良かったと思う。父親と息子というのは、この映画の中で何度も出て来る重要な関係の筈なのに、肝心の実父との時間が短過ぎて何ともかんとも。まぁあそこを長くしたら、相対的にウルヴァリンの活躍が減るから、というのは解らないでも無いけどさ。

 まぁそう言う訳で、基本的にはウルヴァリンが吼えて暴れて記憶を失う映画なのだけれど、その分、アクション的にはなかなか。素敵だったのは漸く登場したガンビットと、今回のラスボス・デッドプールだね。前者は、ストーリーに殆ど絡まなくて、絡んだと思ったら実にKYか、美味しい所でちょろっとと言う感じなのだけれど、映像的には格好良い。後者は、正にラスボスらしい、他ミュータントから得た複合能力がイカス。実は密かにアメコミ実写映画で不満なのは、ラスボスが強そうに見えず、カタルシスが余り感じられない事だったりする。結構見たけれど、これはと思ったのは、インクレディブルハルクのアボミネーションと、辛うじて三作目のフェニックス位か。この辺りが日米のヒーロー感の違いなのだろうけれど、その点、デッドプールは良い。文様の様な術式用のペン入れ、スキンヘッドに塞がれた唇、両腕から生えた日本刀と不気味なビジュアルもさる事ながら、自己再生、瞬間移動を自在に駆使しての格ゲーばりのチェーンコンボ、果てはサイクロップスのオプティックブラストを使う等と、チート臭い強さが素晴らしい。どうやって勝つんだこいつ、と思ったものだが、その勝ち方も力と技の融合でまた良しだ。原子炉の上、黄昏の空を背景にした義兄弟のタッグ戦も、絵面としては好みの物で。

 総じて、色々と目を瞑れば、派手なビジュアルが格好良い映画として、楽しむ事は出来た、かな。うん、格好良さという点では、今作がシリーズの中では一番良かったかな……色々と目を瞑った上での格好良さだけれど。次はマグニートーのスピンオフで、後デッドプールのスピンオフ(!)もやるらしいが、どうなる事やら。個人的には、ガンビットのスピンオフが見たいんだが……どうもディスられっぷりが半端無いそうだし、どうだろうな。
 昨日は、ワールドウェイク身内ブードラ大会に参加して来た。

・総勢十三人、二ブロックに別れての総当たりで、上位二名のリーグ戦。自分は七人の方でごーごごー。

・最初に引いた青白ミシュラが全ての元凶であった(あ、身修羅って変換した)。
 象さん通るも華麗に流し、出来たデッキはフィニッシャーが居ない青白似非コントロール風味。
 どうしてこうなった、と上天の貿易風とひきつりが俺を呼んでいたのだ……。

・だがウギンお前は駄目だ。

・Q:何故駄目なのですか? A:所謂一つのハルピンだから。

・まぁ仕方が無いと、頑張って見る。相手は順に黒緑ウィニー風味、貴人入りエスパー同盟者風味、赤単スライ風味、グリクシス・コントロール風味、青白コントロール風味、赤緑ステロイド風味。

「いいぜ。てめぇがピックミスしてろくなクリーチャーのいねぇ俺を平気で殴り殺せると思ってるなら、まずはそのふざけた幻想(トークンorゼンディコン)をぶち壊す」

イオナ「ジャッジメントですのっ!」

・心が折れそうだ……。

・何故私は象さんは兎も角、幽霊と精霊を見逃したのだろう、青白の癖に。

・それでも結果は一勝六敗なのは、運が良かったからだと言わざるを得まい。

・終了後、別ブロックで同じくしょっぱいエスパータッチ赤風味のデッキを作った友人と遊びでやる。

そげぶ→ジャッジメントですのっ→そげぶ→ジャッジメントですのっ→そ(ry

・この気持ち、正しく愛だっ!!(錯覚)

 そんな感じの大会模様であった。

 あ、象さんは手に入れました。

 お友達が増えたよ!! ”やったねリヴァちゃん!!”
 ドミニアに輝く面晶体、ゼンディカーの最後が来るというー、って事でMTGはワールドウェイクである。

 今日(まぁ正確には昨日だが)発売という事で、早い人は既に手に取っているだろうが、自分の近くにはカードショップが無い為、日曜日に行なわれる身内でのブードラ大会までお預け。まぁ、そこで目ぼしいものが手に入るかもしれないし、急ぐ事もあるまい。

 で、まぁリスト見て色々と思い馳せるカードはある。かつて伯林の壁崩壊二十周年で組んだ青白壁デッキ(フィニッシャーは僕らの成金様で、決め台詞はインベーダー的に並ばせた壁の向こうから「俺の値段を言って見ろ」)に入りそうなライフゲイン壁とか、個人的にWizと考えている同盟者の中で忍者やらサムライに匹敵するであろう新同盟者達とか、187同盟者デッキのお供足りうるインスタント・トークンとか、クリーチャーデッキで、ちょっとくすぐったいぞ→FFR・ダダダ・ダイソシィが出来そうな土地以外好きなだけぶっこ抜きカードとか、俺得両方バウンスとか、俺得(その2)土地二枚出しキャントリップとか、劣化不毛(いや充分と思うが)とか、窓に絶対居る星辰揃っちゃった青黒ダゴン様とか、イラストがどう見ても『たまにはロリコンもいいよね!』です本当に(ry)とか、とかとか。

 だがしかし、何と言っても理の一押しはこいつですよ、こいつ。

テラストドン/Terastodon
(てらすとどん)  (6)(緑)(緑)
クリーチャー — 象(Elephant) WWK, レア
テラストドンが戦場に出たとき、最大3つまでのクリーチャーでないパーマネントを対象とする。あなたはそれらを破壊してもよい。これにより墓地に置かれたパーマネント1つにつき、それのコントローラーは緑の3/3の象(Elephant)クリーチャー・トークンを1体戦場に出す。
9/9
Illus.Lars Grant-West (115/145)


 以下は脳内多元宇宙にて。

「壊すの!? これ、壊すの!? ねぇ! パーマネント! パーマネント三つ壊す!?」
「あぁ、クリーチャー以外を最大三つまでね」
「本当!? 大丈夫なの!? バランス壊れてない!?」
「あぁ、ファッティだし、トークン出るから大丈夫だよ」
「そうかぁ! 僕リバイアサンだから! 土地以外全部戻すから関係ないから!」
「そうだね。関係ないね」
「うん! でも壊すんだ! そうなんだぁ! じゃぁ使っていいんだよね!」
「そうだよ、使っていいんだよ」
「よかったぁ! じゃぁ使おうね! 象さん使おう!」
「うん、使おうね」
「あぁ! ビッグマナだから使えるね! ね、ご主人様!」
「うん、サモントラップしていいよ」
「あぁー象さんと僕は一緒に戦場に出るよー! やるデスしようねぇー!」


 理のワールドウェイクは、こいつを四枚集める所から始まる様である。
 人類の無意識と宇宙の意思が望んでいる週末的な発音で。

 昨夜、小説友達兼まいみくの黒木さんとだらだらとメッセしていた時、臨床心理士の事務を遣っていた友人さんの話を聞いた。曰く、その人の場所では、子供の患者に箱庭(療法)をさせていたそうなのだが、状態が良くなって来ると、皆最後には、曼荼羅を作り出すのだという(少し調べて見たが、これは取り立てて珍しい事では無く、寧ろ普遍的に見られる現象なのだとか)。

 この時点で、あー、という気分になったのは、常々お前は本当に箱庭(世界)が好きだな、と良く小説を読んでくれるてけーの君が言った台詞を思い出したからだけれども(それ以前に、会話の流れとして、自分が小説を書く意義は得られぬ救済を自分で作る為=一種の箱庭療法じゃないの、というものだったが)試しに曼荼羅の項目でウィキって見たら、更に得心が行った。

 以下引用。

 全ての曼荼羅に共通する点としては、(1)複数の要素(尊像など)から成り立っていること、(2)複数の要素が単に並列されているのではなく、ある法則や意味にしたがって配置されている、ということがあげられる。密教系の絵画でも、仏像1体だけを表わしたものは「曼荼羅」とは呼ばない。「曼荼羅」とは、複数の要素がある秩序のもとに組み合わされ、全体として何らかの宗教的世界観を表わしたものと要約できるであろう。

 これは正に拙作『アモンクロック』で試みた事そのものであり、またその他の作品でもまた行なって来た事でもあり、詰まる所、私にとって小説を書く事とは、即ち、曼荼羅を描く事に他ならなかった様である。アモンの感想でこれが一つの完成形などというものを貰ったりしていたが、言われる筈だ、あれで一つ悟りの境地に達したのだから。そりゃ小説も書けなくなる訳だよ、必要ないのだから。

 しかしそれは地上に住まう者としてどうなんだ、という所でもあり、嗚呼早く問題起きねぇかなぁ問題。
 良い買い物をしたと思う矢鱈でっかいクライスコーヒーと、あれ赤ってこんな不味かったっけ、と久々に酒絡みでがっくり来たジョニー・ウォーカーをがっぶがぶ飲みつつ、ぼちぼちと生きてます、と、毎度お馴染みの花束風に……しかし短編読む読むと言ってからどれ位経っているだろう。或いは長編読んでからも? 正直、ネタは覚えてるが内容半ば忘れて……いかんなぁ、読み直すか。

 それはさて置き。

 まぁ卒論も書き終え、口頭試問も無事に終え、後は結果を待つばかりなれど、気分的には最早フリーダム。気付けば一番長くやっていたバイト先で、実質店長直属のフリーターの兄ちゃん的ポジションが着々と進行中……いや良いのだけれどね。このまま就職出来れば……無理なのは良く解っているが。

 何よりも悪いのは執筆についてで、正直ろくに書けていない。アモンクロックが分不相応に受けが良かったからか? 或いは特に義務として書く必要が無くなった、自由の身になったからか? どうにも身が入らず、書いては消し、書いては消し、という感じ。うぅん、自分自身に聞きたい所だ、どうやってお前は小説なんてものを書いてたんだい、と。

 ともあれ、ぼちぼちとはやって行こう、うん、そう言う時期もあるだろうさ。

 ただ、何と無く、ノートPCのキーの調子が最悪(しかもAとエンターと来たものだ)というのはあるかもしれん……止め具が割れてたからスティック糊で補強して見たけど、これ流石に駄目かなぁ、修理出さんと。
 ゼンディカーに封印されているという古代の災厄エルドラージの正体だが、エルドラージの碑のフレイバーテキスト("Gods=神々と複数形で記されている)や、精霊ドラゴン・ウージンの眼と呼ばれるものがエルドラージ復活に関係するとの事、そのウージンが放つ幽霊火は、フレイバーテキスト曰く、ウージンの眼を得る事で不可視の状態から見える様になるとの事、そしてワールドウェイクで出る同名の土地カードの能力(詳細不明のエルドラージ呪文のコスト軽減及び無色のクリーチャーサーチ)や、細かい所で矢鱈えぐい能力を持つ白二マナのクリーチャー(ドラゴンの爪内臓プロテクション赤の2/2)が出る事を省みるに、エルドラージというのは、無色として扱われる有色マナ呪文(クリーチャー)なのではなかろうか。

 嗚呼また始まったと思われるかもしれないが、一応これにはそれなりな根拠がまだあって、ゼンディカーブロックは、大・小・大と異例の枚数構成となり、その第三ブロック、『エルドラージ覚醒』は、マーロー曰く、ゼンディカー、ワールドウェイクとは全く別物でありながら、『土地セット』というコンセプトにおいてはゼンディカーブロックのものであるという。

 そこで見返せば、ゼンディカーにおける土地の扱いとは、限り無く数量的なものではなかったろうか。上陸、キッカーのメカニズムは大量に土地を出し、大量のマナを生む事で初めて生かされるメカニズムである。他のカードもそれを後押しこそすれ、基本的な所では何も変えてはいなかった。つまり、マナが単にマナである事は。ならばその逆として、マナ自体が変容を来たすという事が在り得るのではなかろうか。

 そして有色にして無色とは、また、土地が持つもう一つの側面でもある。島は青マナを生む為に青いデッキに入るけれど、青いカードでは無い。他の基本地形もまた然りだ。感覚的にはその色のカードであるのに、その実は違う。初心者が良くする勘違いで、かくいう自分も、かつてのドロマーや洗い流し:指定緑で、森が戻せると思っていた頃があったけれど、まぁそういう事だ。無色にして有色。それが土地というものだろう。

 かくして土地と同じ様に、色とマナの関係性が曖昧となった特殊な存在こそ、エルドラージなのではなかろうか。ワールドウェイクで出ている多色カードや多重キッカーは、ゼンディカー的なマナの量に伴った試みの最後であり、エルドラージが覚醒したその暁にはマナの質的な試みとしての、オールクリーチャー、オールマルチカラーを経た、オールノンカラーというのもまた在り得るのでは無いか――

 みたいな妄想をぐだぐだと考えていた昨日の夜であった。それが今日に至ったのは、ネット回線が馬鹿みたいに不安定だからで、今これを書いている時点でも繋がったり繋がらなかったり繋がらなかったりで、嗚呼これがワールドウェイク、世界激震の前触れかと思うと二月五日が待ちきれない今日この頃である。あ、もう詳細出てたら(出たら)色々勘弁な。
 今日は美容院へ行く為に、午前大学からそのまま帰宅。久々の半ドンはなかなか良い気分であるな。それは兎も角、ワールドウェイクの公式スポイラーリストを見ていたら、俺得カードが出てるじゃまいか。

ウーラの寺院の探索 / Quest for Ulas Temple   (青)
エンチャント   レア
あなたのアップキープの開始時に、あなたはあなたのライブラリーの一番上のカードを
見てもよい。それがクリーチャー・カードである場合、あなたはそれを公開してもよい。
そうしたなら、ウーラ寺院の探索の上に探索カウンターを1個置く。
各終了ステップの開始時に、ウーラ寺院の探索の上に探索カウンターが3個以上置かれている場合、
あなたはあなたの手札にあるクラーケンかリバイアサンかタコか海蛇のクリーチャー・カードを
1枚戦場に出してもよい。


 これは四ターン目ケデレクトシュートの可能s、何、無意味? そういう事は言わないお約束だ。

 まぁ今回青と緑のドロー及びマナ加速カードで優秀なのが結構出ているので、リバイアサンは今組んでいる方向性(青緑+赤の187デッキ。土地加速及び酸スラ+広がり行く海で拘束しながら、リバイアサン及びボガーダンのヘルカイトを素出し或いは召還の罠経由で場に出す。身内勝率はそこそこだが、尖った速攻にはやはり勝てず。後あんまりリバイアサンリバイアサン言い過ぎて、最近リバイアサン禁止令が出そうで怖い)でそのまま行くとして、こいつは僕等のフングルイー・ムグルウナフ・ロートス・アボシャン・フタグン・イア・イアを出すカーd、何? 能力が起動出来ない? だったら、墨溜まっとけ

 しかし実際この四種って殆どいないんだが……ワールドウェイクで強化されるのかな?
 という訳で大分遅れてしまったけれど、霧彦さんが逝ってしまわれた訳で……。

 序盤の和解シーンが何ともブチャラティな限りで、これはいよいよ仲間になるかな、と期待していたら、屋敷の地下へ潜伏し、真相を知って、お義父様に立て付いた辺りからいよいよ雲行きが怪しくなり、ミックに颯爽とじゃれつかれてまさかの義妹に助けられた所での会話の過去形っぷりに、嗚呼これはもう駄目だ、と思っていたら案の定……それでもまだ最後の望みを託していたら、まさかの雲散霧消である。それでも霧彦さんなら、霧彦さんならどうにかしてくれる、とか思ったが、オールアップの公式アナウンスが……。

 うぅん、正直今になっても、まだ復活してくれるんじゃないか、という希望はあるのだけれど、確かにあの終わり方は近年稀に見る程潔く。残念ではあるが、こうやって惜しまれながらの退場というのが、ある意味最も相応しいものであるのかもしれない。二号ライダー・アクセルの登場と共に去って行くのも、構成的には上手いと思うし。

 ともあれ、良き悪役にして良きライバル、良き友人で、良き夫になろうとした彼に神のお恵みがあらん事を。

 ……まぁナスカメモリは残っているんだし、あれがダブル側に来るフラグが立ったとも言うのだけれど。
 徐々にバイト中での実績が付き、やる事に重みが付いて来た気がする今日この頃、如何お過ごしか。いやぁ、実際は楽しいし嬉しいから良いのだけれどね、こういうのは。積み重ねの結果が目に見えて解るというのは喜ばしい。仕事とは、こうであるべきと思うね、うん。

 それはさておき、仮面ライダーダブルの話をしようぜ。いや最近と言わず、ここまで実に面白い限りで真に良いのであるけれど、次回がやばい。あれですよ、霧彦さん。霧彦さんがやばい。まじでやばい。何がやばいって、もう死亡フラグがびんびんで、冴子さんが夜も眠れない状態な位やばい。先週と今週の描写を上げるだけでも、気持ちが良い程にフラグ立てまくりで、逆に大丈夫なんじゃね? と安堵したいが、どうやら一時撤退はガチらしく、嗚呼。

 思えば、ダブルの物語は、彼と亜樹子が、今の場所にやって来た所から始まった訳で。ダブルの実質的ライバルであれば、ポジション的にはもう一人の主人公と言っても過言では無いのだが、その癖、もう尻とかDVとかDVとか尻とかで俄然ネタに走ってくれる、と思ったら、締める所はちゃんと締めてくれる(否菊的意味)し、法的な意味では明らかに悪人だが、しかし一抹の良心と美学を持ち合わせている。何とまぁ美味しいキャラだ事。最初はパパンを裏切り、ラスボスになるのかな、とか思っていたから、良い意味で裏切ってくれたのもポイント高し。あんなイケメンの癖して、まぁ特訓とは良くやるという感じである。今週の翔太郎との兼ね合いも、適度に微笑ましくて素敵だった。

 で、そういうキャラ性を踏まえた上で、彼の怪人モチーフがナスカ(の地上絵)というのが面白い。傍目にはただ荒野に引かれた線にしか見えないけれど、天上から眺めれば、それが偉大で巨大な芸術である事が解る、と。そしてそれは、かつてはオーパーツだの、宇宙人が作っただのと言われていたけれど、今では人間の手によって造り出せる事が証明されている。自然の侵食は元より、車の侵攻なんかで大分荒れてきているとは言え、その目的が何であったのかはまだはっきりと解明されていないとは言え、古代の人々の手によって造り出されたのだ。何と彼に合ったモチーフじゃないだろうか。

 そして、天上に漂う雲は、地上へと近づくにつれて、霧と呼ばれる様になる。一時離脱した彼が、ナスカに刻まれた地上絵の如くに研鑽を磨き(ナスカの能力が、地上絵毎に対応した特化という意見を見たが、確かにそれっぽい。巨人で巨大化とかされるのは勘弁だが)再び登場してくれる事を願おうではないか。

 ……これで何事も無く続投したら、「そうか、さらばするナスカはいなかったんだ」と微笑むとしよう。

 そうそう、後彼をしてブチャラティに例える意見もあり、メモリを麻薬と置き換えれば、嗚呼納得と、味方化フラグを感じて興奮した訳だが、それって結局最終的には死ぬんじゃとも思ったりした訳で。嗚呼もう本当に、来週が待ち遠しい限りである。
 実は劇場で見た前作だが、今回はDVDレンタルで。

 とりあえず、トランスフォーマー リベンジで何かぐったりした分、今作でほっこりと出来た。

 一作目は、博物館の展示物が動き出すという娯楽要素に加え、うだつの上がらないオヤジが如何にして父親たる人間になるか、というドラマ部分も割にしっかりしており、二つ合わせて親子で楽しめる、良い意味でのファミリー映画だったが、前作のヒットを受けて、今作はあくまでもアトラクション的要素に力を入れた様だ。主人公の動機付けがいまいち薄く、若干盛り上がりに欠ける感があったのは残念な所。

 ただその分、製作者側も随分とまぁはっちゃけてネタに走っており、そういうものだと割り切って見れれば、楽しめる映画と思う。実際、理は楽しめた。ちょっと遣り取りをくどいと感じてしまい、時々だれる事もあったけれど、基本的にはジェットコースター的に次から次に湧いて出るネタにくすりと笑う事が出来たね。ベイダー卿とか、『300』ネタは笑うというか、この映画でそれをやるかっ、という感じだったが(特に後者)。オーウェンは良い奴なんだけどねぇ。今回は友情じゃなかったんだったか。

 と、その中でもお気に入りは、絵画及び写真への影響と、三人の悪役かな。絵(写真)の中に出入り出来るというのは、深く考えると何かがおかしい気もするが、ビジュアル的には面白い。白黒世界で、かけずり回る場面は良い味わいだった。三人の悪役も、この設定と場所だからこそ出来るものだし、こう言ったクロスは大好物。アル・カポネだけモノトーンなのも出自が知れてベネ。描き方自体はちょっとステレオタイプ過ぎた気があるが、致し方無い、かな。

 まぁともあれ、童心に帰って、楽しむ事が出来た映画だった。このノリで、世界各地の博物館が動き出すという風に続けて行っても、面白いかもしれない。大英帝国博物館とか。秘宝館とか。

 そうそう所で、ちょっと前作の話を忘れてるんだが、ラリーは離婚したままであっただろうか。新ヒロインとのロマンスの度に、おい妻子持ち、と突っ込んでいたのだが、どうだったかな。
 と言う訳で実質的新年一発目の映画、がこれというのも何だかなぁ。あ、第一作目もか。

 ともあれ、そんな第二作目であるけれど……うぅん、何だろうなぁこれ、ともう一回。

 確かに映像は凄い。前作よりも数多くのトランスフォーマーが敵味方に入り乱れて四六時中暴れ回る姿は、なかなか素敵である。原作を良く知らないので、その存在を初めて知った動物型、擬態型、合体して戦う連中等、見ていて新鮮なものも多かった。特に合体型は、その登場に負けず劣らずの大活躍で、かなり燃えさせて貰った。まぁやられ方が余りに呆気無さ過ぎる感はあるけれど、それはご愛嬌という所であろうか(レールガン自体は格好良かったんだけどね。一発というのはなぁ)。

 だがしかし、今回はどうにも盛り上がる所で盛り上がりきれなくて消化不良、という印象である。最近の理の趣向が大分変わって来ている事も多分にあると思われるが、それ以外にもあるんじゃないか、と。

 一つは派手さのバーゲンセールで食傷気味に陥った事か。上にも挙げた通り確かに素敵だ、素敵ではあるが、だが緩急も無く延々とやられると、流石に辛いものがある。またこれは敵役の力量不足、というのもあるだろう。確かにオプティマスは中盤戦闘不能に陥った訳だけれど、リベンジという名にも関わらず、その後のディセプティコンに目立った活躍は感じられなかった。正体を現して大暴れするのだー、と息巻いたものの、結局そんな事は起こらず、あれよあれよとエジプトでの戦いになり、そして結局復活、更には強化されたオプティマスに一蹴された印象が強過ぎる。

 これは先に見たバイト先の後輩も言っていたし、多分見た者全員が思った事だろうが、リベンジとはディセプティコン側の、では無く、オプティマスの、という事だったのだな。それはそれで構わないのだけれども、敵役にも相応の活躍をさせてくれないと、カタルシスは出ないものだ。ザ・フォールンとか。

 で、もう一つは脚本面で、いやさ、整合性が取れてないだとか、浅いだとか、そんな事はもう前々から解っていた事だから、最早何も言うまい。が、それにしても、あのサムの日常シーンはもう少しどうにかならなかったのだろうか……。これはもしかしたら理だけかもしれないけれど、あのノリとテンションと流れが余りに辛くて、思わずスキップしてしまった。どうせ見なくても話は解るだろうと思ったのだが、別に何の問題も無かったぜ。あんなものをやるのだったら、もう少し敵味方の配役のバランスを、ねぇ?

 と言う訳で、トランスフォーマーの活躍は相変わらずで良かったのだけれど、もう少しこう、小手先に目を向けて頂きたい映画であった……言うだけ無駄という気もするし、そういう作風だと言われれば、それまでなのだが。いかんなぁ、本当に趣向が変わって来ているのかもしれん……。
 アルバイトする、なんでジョッベンな上に、そも日本が悪いという事実。

 それはさて起き、先程バイト先へ行った所、今日は休みである事が判明。

 何度目だと唸りつつ、下記のモノを借りて来る。休みの職場程楽しいものは無い。まぁそこまでびびっと見たいものでも無かったのだけれど、前々から見たいと思っていたものを幾つか取り押さえて見た。

・ナイトミュージアム2
・トランスフォーマー リベンジ
・ファーマ
・スピリット
・ウォッチメン
・ベルヴィル・ランデブー
・タッチ・オブ・スパイス

 トランスフォーマーを一瞬モーファーと打ち間違えそうになったのは内緒。ウォッチメンは前に一度見たけれど、また見たくたなったので再トライ。タッチ〜とベルヴィル〜は以前のディナーラッシュと同じチョイスの仕方、ジャケット借り。Z級では無いからまぁ大丈夫、とは思うけどね。ファーマは、コーエン兄弟という事で結構期待。スピリットはどうなんだろう、評判的には余り良いのを聞かないのだが。

 ともあれ最近はビジュアル的に良いものを得ていなかっただけにここらで勘を取り戻したい所である。
 Frohes neues Jahr!

 オデッセイ再来でモノリスがうっはうはで、おめでとう。

 何だかろくな一年じゃ無かった気がするが、今年こそはと、まぁよろしくに。

 俺、今年の元旦はバイト無いから、ジャック・ダニエル飲みながらゆっくり眠るんだ……
 今年も残す所云々。昼間から今までバイト入り続け、気持ち良く仕事納めした理である。割と長い時間働いていたけれど、ルーチンワークが多々って感じだったので疲れはしなかったか。嗚呼、単純作業は悟りと同じ効果を脳にもたらすらしい。素晴らしいね単純作業。

 と言う訳で今年最後の記事には、GATSさんから回ってきたブログバトンをば。折角だし、区切りとしては良いかな、と思ったので受け取ってみんとす。バトンとかもう久々だけどね。もう流行りは過ぎたかな。
2009.12.30 新中華を食す
 グーグルIMEは、なかなか賢いのだけれど、漢字の大半が使えないのは何とかならないのか、とマーボーを変換しようとし続け、結果、麻婆豆腐と打つだけで良い事に今気付く。まぁそりゃ出ないよなぁ、と何だか納得した様な、ちょっと納得出来ない様な。

 と言う訳で、弟の誕生日(二十六日。ニアピン)にかこつけ、まぁ忘年も兼ねて浜松にある中華料理屋ムーランへ食事に行く。ブログをまともに更新するのも久々だが、家族と外食というのもまた久しいかな。

 で、このムーランが、また凄く良い店だった。上のホームページを見て頂ければ解るだろうが、いわゆる中華料理屋では無かった。店の感じは中も外も実に小洒落ていたし、出て来る料理も目に綺麗だった。勿論、味も素晴らしかったのだけれど、面白いのはお勧めの酒であり、何とワインなのだね。しかもこれがまた、すっきりと合うのだから驚きである。新中華(ヌーベルシノワ、正確にはヌーヴェル・キュイジーヌ・シノワーズだとか)というらしく、成程、話には聞いた事があったがこういうものかと、堪能させて貰った。マスターも気さくで面白い人だった。ブログの紹介を見たら、若い頃は放浪生活を送っていたらしい。自分もかような修行時代とその結果を得て見たいと密かに頷く。

 ただ、それでも一番の衝撃は、麻婆豆腐かな? このお店、新中華の前に四川を冠しており、出て来るものも、香辛料を利かした薫り高い逸品ばかりだったが、中でもこれが一番驚いた。いやはや、今まで食べた事の無い感覚である。美味しい。確かに美味しいのだが、それと同時に、心底辛い。いや、ただ辛いのでも無い。辛味と一緒に他の味までぶわりと押し寄せ、舌を通り喉を抜け、胃へと落ちては、次、辛いけど次、嗚呼次、と欲してしまうこの感じは、今こうして書いている時でも蘇ってくるばかりで、何とも小腹が減って来る。

 実は食べ切れずに包んで貰ったタレ(しかもお土産代わりに増量してくれた)があり、先程も夜食として白米に掛けて食べたのだが、これがまた進む進む。最近体重にも結構気を使っていたのだけれど、そんなの関係無いとばかりに二杯も行ってしまった……嗚呼、何とも恐ろしい限りである。

 かく訳で、年の最後に素晴らしいものが味わえた。

 麻婆の健やかな汗と共に、思い残す事無く新年も迎えられようか。
 楽しかった、出来事を、打ち消す様に〜♪

 ケンタッキーのあの歌の歌詞がどうしても思い出せない今日この頃。それだけ? とか、どうせお粗末なプレゼントだったんだろうさ、とか、恥知らずな赤使いに言いたくなる様な台詞では無かった筈だがな。

 で、結局何やったの、と聞かれれば、まぁ去年と同じく、サンタの格好しつつバイトしたり。嗚呼、後は、大学のサークルで独り者が集まってのクリスマス会を、ね。うん、リア充爆発しろ、とはよくぞ言ったものだ。バケツティラミスが出て来て、美味かったけれど、正直カレー鍋の後で食傷気味だったり。差し入れがてら持って来た黒猫のワインはそれなりに好評だったのが、嬉しい所か。

 ともあれ、今年も残す所後僅か。恙無く終了する事を祈りつつ、こんなもの置いておきますね。



 メリーユールの日でサトゥルヌスが僕をむっしゃむしゃ!!
 という訳でも無いのだが、昨今実に鼻の調子が悪い。明らかに風邪であった数日前と比べれば、体のだるさも消えて大分楽にはなっているのだけれど、鼻のつまりと痰が止まらず、実に苦しい。まぁ、薬飲めば楽にはなるし、後数日も経てば、きっともっと、よくなるのだろうけれど。もとい、そう思いたい。

 所で話は飛ぶが、無印良品の特別割引券を貰ったので、ネックウォーマーを購入した。携帯型襟巻風暖房器具であるが、これがなかなかに宜しい。理は基本的にマフラーが嫌いで、巻き込む手間とか、ヒーローでも無いのに靡かせる(垂れる)部分とかが、どうも趣味じゃなかったのだけれど、ネックウォーマーはそのどちらも解消してくれている。上に、暖かいと来たものだから言う無しである。タートルネック的な使い方で、帽子としては使ってないのだが、これだけでも充分な限りである。

 ただ、これを着用すると、自覚の有無に関わらず、高確率で一つウエノ男になってしまうのはご愛敬。