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 今日はコンサート……アレが舞台でどうなるのか、とか物凄く気になるけれど、行けないものは仕方が無く。解釈はそれぞれと言う事で、今日も今日とて、考察を続けるのです。

 と言う訳で今回は『生と死を別つ境界の古井戸』で御座い。前回は、こちらから。
【ホレの世界】
 『生と死を別つ境界の古井戸』は、この地平の丁度真ん中に位置する曲である。モチーフとなっているのは、『ホレおばさん』であり、七つの大罪としてはTrägheit、即ち『怠惰』を扱っている。

 光と闇の間というその位置が示している様に、この曲、もとい古井戸の娘はかなり特殊である。

 それは冒頭でメルヒェンも語っている通りだ。

「おや? 君も堕ちてしまったのかい?
 初対面の筈だが、この奇妙な親近感は一体何処からやってくるのだろうね?」


 何処から、と言えば、勿論、彼女が古井戸の中に落ちてしまった事が上げられる。けれど、メルヒェンだって、そんな事は知っているのだ。わざわざ疑問を浮かべるまでも無いだろう。では父親(片親)が居ない事だろうか? それなら、他の娘達にも共通している。彼女だけに限った事では無い。不遇な状況に関しては言わずもがな、である。

 では何かと言えば決まっている。そう、彼女だけが異土、他界へと渡っているのだ。

 更に言えば、娘はそこで、『ホレおばさん』なる存在と出逢っている。

 娘が一体何処へ行ったのか、というのも重要であるが、このホレおばさんがまた曲者である。曲の中でこそ、ホレおばさんは心優しい、朗らかな存在として描かれているが、実子に対して何をしたのか明確に描かれて居ない様に、或いは彼女の「ホレ」という冗談の様な掛け声が他の曲の魔女の掛け声と同じである様に、彼女の正体は良く解っていない。糸紡ぎ女のなれの果てとか、独逸の土着信仰の名残りとか、北欧神話の女神とか、『ホレおばさん 正体』で少し探るだけでも、その正体はかなり剣呑だ。

 そして、それは唄の中にも現れている。

  形あるモノは、いつか必ず崩れ、
 命あるモノは、いずれ死を迎えるのさ


 前後の会話とまるで噛み合って居ないこの台詞は、盛者必衰、人の運命を示している……そう、彼女の在り方はミラなのである。井戸の中に娘が堕ちる原因が糸巻きである事からも、運命の糸を紡ぐ女神の姿は伺える……本人か、同種の存在かは解らないが、只の老婆では在り得ないのである。

 だから、そんな彼女に見初められた古井戸の娘の行いも、明るい曲調そのままに見る訳には行くまい……喋るパンを掻き出す、熟した林檎を揺らして落とし、積み上げる仕事は本当に簡単なのか。その様子が、死体と土塊の多層菓子を思わせるが、それはこちらの穿ち過ぎだろうか。

 またホレおばさんに寄って指示された新たな作業は『羽毛ぶとんを振る』事、これは独逸の伝承曰く、雪を降らす事だそうで(天上に居る彼女がベッドを直す様をしてそう呼ぶそうな)、歌詞にもそれは伺えるのだが、彼女は兎も角それ自体は決して『灼かな』ものではあるまい。他の地平線の中で『雪』や『冬』と言えば、それは死や停滞を意味するものである。彼女が頑張って雪を降らすその下で、どの様な物語が紡がれているかは、想像に難しく無いであろう。

 と、ここまで言えば、メルヒェンが何故娘に対して『奇妙な親近感』を覚えたかも理解出来る……そう、井戸に堕ちて異土に至り、人ならざる存在に遣わされ、働いていると言う意味で、彼と彼女はほぼ同一なのだ。メルヒェンが女優達に唄わせる様に、娘は雪を降らせ、その結果として新たな物語が紡がれる。これこそが他の女優達とは一線を帰す彼女の特殊性なのである。

 が、しかし、忘れてはなるまい。それでもまだ彼女も、七人の女優達の一人なのである。彼女も復讐の手助けをされる、という事は、先の例に漏れず、彼女にもまた復讐される理由が、罪があるのだ。

 所で、先に『ほぼ同一』と上げた様に、メルヒェンと娘は厳密に言うと同じでは無い。何処と言えば幾つかあるが、最も顕著なのは、最終的に彼女が異土、他界から戻っている点である。

 無論一度他界へ渡った身である。メルツがメルヒェンとなって夜な夜な地上を彷徨っている様に、彼女もまた『黄金のお嬢様』それが何かは解らないが、少なくとも人ならざる者として帰って来てはいる。が、その在り方、性格は何も変わっていないのである。

 もとい、娘の言動や行動は地上であれ、異土であれ、関係無く、終始一貫している。光と闇の中央に居る者として、その自我と衝動は実に調和の取れたものだ。噛み砕いて言えば、やるべきと考える事とやりたいと欲する事が彼女は常に一致しているのである。どんなに辛い事でも、彼女は「お父さん、私、頑張る」の一言で済ましてしまう。だから、そこには迷いも無ければ躊躇も無い。本当に堪え難い辛い事が起きれば、『どうしよう、お父さん、最悪、そっちに逝きます! ceui!』と、まぁ、まるで執着が無い。

 これは言うなれば、既に娘が完成しているという事である。『冬』に逢わせる者として、或いは化学変化に強い黄金の化身として、停滞していると言っても構うまい。肉と霊の均衡が保たれた彼女には、これ以上前に進む見込みも無ければ、その必要も無い……

 そう、これこそが娘の罪なのだ。彼女は最早行動する意味が無い、それこそ『炊事洗濯全て』その他一切合財行わなくて良いのである。行動を怠った態度を『怠惰』と呼ぶならば、行動を無意味とする、それ自体を否定してしまう彼女の在り方もまた『怠惰』と呼ぶべきである。

 勿論、それそのものとしては罪では無いかもしれない。完成は目指すべきだ。けれど娘は戻って来てしまっている。人は生きている限り、努力する限り迷う者で、本来であれば迷わない、完成された、要するに人を超えた人ならざる彼女が地上に居ては成らないにも関わらず、だがその人外の性質として、彼女は人で在り続け……その結果として不完全なる者、歪んでいる者、努力しなかった者、要するに、行動しなかった者、行動せんとする者が否定される。異土の力で一生瀝青塗れとなった実子に『これから』どんな努力が、変化が望めるというのか。瀝青塗れで無ければ可能性もあったであろうに……もし彼女が幸せになれるとすれば、それこそ死ぬ事位であるに違いない。

 こうして考えると、娘が何故普段いびられていたか、というのも理解出来る。どれだけいびっても、いびっても、まるで手応えが無い上に、描写を見るに相当出来た娘だった事が伺える。義妹と比べられる事も多かったのでは無いか……糸巻きを落とした所での鬼の首を取ったかの様な怒鳴りっぷりを見るに、さぞ母達としては面白くなかったに違いない。これもまた一つの行動の否定か。

 ただ……娘にとっては幸福な終わり方――その変わりに、実子が全ての罰を受けているのだが――が示されている様に、彼女がその罪で裁かれる事はあるまい。そう、何も変わらないからだ。異土=他の地平線として、今後彼女が現れる可能性もあるが、そこでも同じくである。何時でも何処でも、「お父さん、私、頑張る」そう言い続けているに違いない……それこそ永久に、だ。

 余談だが……そんな『最早何も変わらない』有様に、『ある地平線の中の一つとして語られている』事、更に加えて『気象現象に関連している』という意味で、彼女はメルヒェンというよりも澪音の眷属と呼ぶべきだろう。或いは、どんなにノーウェルカムな困難すら一言で片付けられる様をして、異土に行ったまま(今の所)帰って来ないあの人の一人格とする事も出来るかもしれないが。

【光と闇の接合点、その移ろいの兆し】
 ともあれこの様に『生と死を別つ境界の古井戸』は完成、均衡、調和を迎えた存在の物語であった。しかしそれがある意味で間違っているが故に、或いは彼等の救済で無い為に、メルヒェンとエリーゼの旅路は続いて行く。闇から光へ、衝動から自我へ、肉から霊へと、二人は進むのである。

 それに合わせて、七人の女優達の在り方もまた変化する。成熟しているが故に、今一つの世界観を認められなかった女性から、思春期的自己中心的な少女を経て、一つの価値しか知らない無邪気な幼女と戻ってから、最早人を超越してしまった存在に至った後、その過程は逆の方向を辿る……エリーザベトという成熟を目指して、である。それが救済かどうかは兎も角として、対なる様に霊的な成長を巡るのだ。

 興味深いのは、その変化の兆しが『古井戸』の最後で既に示されている事だろう……そう、何時もの調子で行われている上に些細なものの為に見過ごしがちになりそうだが、ここで始めて、メルヒェンとエリーゼの見解が一致していないのである。

「今回は随分と可愛い復讐だったね」
「アラァ、一生瀝青塗レナンテ、女ノ子ニトッテハ死ヌヨリ辛イ罰ダワ! キャハハハハ!」


 メルヒェンはここで肉体的苦痛を、現世での苦難を軽視している……死ぬよりマシだ、というのは、縦令一生瀝青塗れの体でも行動、信念遺憾では救われると言っている訳だけれど、そんな精神になれるのは、古井戸の娘位だろう。それは彼が霊なる側に移行している為だ。対するエリーゼは、イドなるもの、肉なるもので、だからこそ、その苦しみが良く解る。そして、二人の意見は食い違いを見せる。

 遡れば、そう、『磔刑の聖女』でエリーザベトと出逢った時では無い。

 二人の別離は、もうここから始まっているのである。

 月を抱いた十字の焔、茨を巻きつけて放たれる矢は云々……兎に角、この様にしてメルヒェンとエリーゼの東を、先を知る我々には二人の別離を目指した旅路は続く。古井戸の水面を鏡写しとする様に、肉なるものの対としての霊なるものという様相を呈しながら――

 と言う訳で、次は『薔薇の塔で眠る姫君』『青き伯爵の城』を騙ってみよう。
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