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 阿呆の子、もとい、ヒリング・ケアが予想通り呆気無く死んだのでお休みです。

 半分冗談で半分本気。

 嗚呼、後、裏でこっそり色々また書き出しているので、纏まったら晒します。

 そういえば今日エイプリルフールだという事をすっかり忘れていたが、それっぽい記事になったのでべね。
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 先日、と言っても、もう大分経っているが、大学の卒業式があり、サークルの四年の先輩方を見送って来た。自分は二年の、それも中途から入った身であって、一年から居た同輩と比べれば、関わって来た歳月は短いのであろうけれど、それでもお世話になった事には変わり無く、桜の花は華やかで、流れる風も小春日和の温かさではあったが、内心感じ入るものもあったり無かったり。

 ただこれからも普通に先輩方は顔出しそうだし、それよりも重要なのは、俺も四年になるという事実であるが。

 どうするよ卒論。どうするよ就活。

 就活といえば、地方の人材派遣会社に面接へ行ったのだけれど、嗚呼これは駄目だとはっきり解る位駄目だった。自分が本番に弱いのは良く解っていたけれど、よもやこれ程とは思っていなかった。面接の時間まで、喫茶店でぐだぐだしていたのが敗因か。要反省である。

 まぁ過ぎた事は置いておくとして、その日のランチは、インドネシア料理屋SuraBayaへ行った。

 インドネシア料理というのが個人的に気に成った訳だが、頼んだメニューはエビのココナッツ煮セット。横にスライスしたフの様なものを浮かべたウコンのスープに、鰹節の様な何かを乗せたライスの大盛りと共に出て来た主品は、ラー油に似た香辛料が白い汁に浮かび、その中にエビや各種野菜が煮込まれたもので、ココナッツという名称に反して辛い料理だった。だがコクがあり、甘味もあり、なかなか美味かった。材料が良く解らないけれど、同じ亜細亜という事で、日本人に馴染むものがあるのかもしれない。良く解らなかった食材は、友人にでも聞いて置くとしよう。

 唯一の難点は、スプーンとフォークを使っての食事法であり、お手元に食べ方(洋食におけるナイフがスプーンに代わるそうだ)が書いてあるのだけれど、良く解らない。とりあえずご飯へ汁と共に具を乗せつつ、絡ませて食べたが、これで当たっていたのか非常に不安である。

 そんな不安も、食後に出て来たココナッツミルクのアイスと、コピ・バリで、すっかり洗い流された訳だがな。いや、コピ・バリとうのは良いな。独特の風味があり、一応の珈琲党としては気に入った。家でやれるのならば、是非やってみたい所である。 
 昨日は、この前言ったエログロナンセンステーマの冊子の製本作業をしに行く。とはいえ、元々の参加者が少なかった事に加えて、若干名落とした者も居り、またテーマがテーマなのか、分量的に皆自重……大体制限枚数の半分以下……した、乃至はせざるを得なかった様で、一時間と作業は掛からずに製本完了したのであるが。

 後はだらだらと読みつつ駄弁り。春休みに入ってこの様な機会が余り無かった為、実に癒される思いがする。やはり、同好の士達と語れるのは愉しい。文系の大学生している感じである。明治の駄目書生とも言うが。

 こういう生活も、もう余り長くは無いのだなと思いつつ、でも社会に出てもまだやってそうな気がしないでも無い。

 そこで先に書いた作品の感想を貰ったのだが、概ね良好だった。正直、手間も暇も掛けずにだだっと書いた作品であるのに、然したる批評、批判も無く面白いとだけ言われると、これは一体何の陰謀だという気分になるのだが、では逆に再三に渡って酷評されたいのかというと、そうでも無い辺りが、人に良く我儘だと言われる由縁か。まぁ皆そんなものだとも思うのだけれど。

 ただ唯一の難点として、ちょっとオチが解り難いと言われてしまった。元ネタを知らないと、というより、言われないと解らない、と。別に元ネタを知らなくとも解るかな、と思ったが、存外に気付かれなかった様である。書くに到った経緯は置いておくとしても、まだまだ腕が足りないのか。要努力だな。

 因みに元ネタに関しては、ブレードランナー見れば解ると思うので、見てくれ。 

 そして、終わった後はカレー屋へ寄って、飯を食ってくる。旧渥美線豊橋駅前にある『ブッダ・ガヤー』。インド料理屋、という区分になるのだろうけれど、最近のお気に入り。何ヶ月か前に友人と行ってから、頻繁に出入りしている。今日頼んだのはブッダ・ガヤーセット。千七百円と、貧乏学生にはちょっと辛いが、まぁ金は天下の回りものという事で、さらっと頼む。タンドリーチキンと名前が良く解らない肉の練り物棒にカレーとナン、マンゴーのジュースとサラダ、スープという品で、なかなか美味だった。マンゴージュースだけ、ちょっと個人的には癖が強かったが、感じ感じ。

 帰りの電車では、友人に借りた澁澤龍彦の少女コレクションを読む。四谷シモンの少女人形を撮った表紙を公前の場で晒すのは、なかなかの羞恥を感じたが、内容の方は、実にこう、歯車の凹凸がぴたりと噛み付き、絡み合う様な感じである。嗚呼、俺は紛れも無い男なのだな、とシミジミ。
 原作であるレイ・ブラッドベリの短編を読んだのは、中学だったか高校だったか。

 何時だったかはもう忘れてしまっているけれど、余り感銘を受けなかった事は覚えている。

 時間旅行が現在のトラベルツアーの様に比較的安易に、規則尽くめであっても娯楽として行われているという設定は良かったのだが、些細な変化が未来に大きな影響を与えるという事に関しては、まぁそらそうだろ、と軽く受け流していた。既に古典の分野に入るだろう作家を上げて、失礼な話ではあるが。それよりも、タイトルは忘れてしまったが、豪雨振り続ける熱帯雨林の惑星である金星を彷徨う男達の話の方が好きだった。暖炉で焦がしたマシュマロを浮かべたホットチョコレートをぐいっとやりたいという下りと、ドーム都市に辿り付いた時の主人公の喜びには胸を打たれた。

 まぁそういう訳で、この『サウンド・オブ・サンダー』には余り期待していなかった。そもそも、あの話をどうやって映画化するのか疑問であった飢えに、スチルを見る限りだと、良くあるB級SFアクションっぽく、バイト先の店で大量に仕入れられていたという事はまぁそういう映画なのだろう、と勘繰り、長らくスルーしていたのを今回見る事にしたのだが、意外や意外、これが結構良かった。

 内容的にもSFアクションであり、B級(製作会社が倒産したり何だりで、何度も何度も打ち切られそうになった曰く付きの作品だそうな)というのも否定し難い事実であって、チープな映像も多々見受けられた訳だが、それでもCGは頑張っていたと思うし、あの短編の骨子を上手く膨らませ、一本の見応えある映画に仕上げられていた。

 特にまだ何の異常も起こっていない前半に関してはそれが顕著であり、タイムトラベル産業の実体についてや、そこから起こるアクシデントが徐々に終末へ至る過程はなかなか良かった。後半になるに連れてアクション性が増して行き、ラストのオチなんかはもう少し何かあっても良かったのでは、と思ってしまうけれど、でも悪くない作品だった。

 完成するまでに色々あった事も考慮しつつ、超大作と期待せずに見れば、充分楽しめる映画だろうね。

 所で全く関係無いのだが、ヒロインの女博士より彼女が造ったAI『TAMI』の方にときめきを感じたのは理だけでは無いと信じている。本当に短い遣り取りしか無かったが、冒頭の主人公との会話とか、にやにやしてしまった。ダークナイトのバッドポッドの台詞にも同じものを感じたが、人間をサポートする為に造られたAIの人間性というものは、これからの人間社会の為に、もっと真剣に考えて見る必要性があるのだと思うのだがどうだろうか。いや本当、内容とは全く関係無いのだが、もしかしたら、ほら、繋がるかもしれないじゃん? という事で。
 ファンとしては是非劇場で、という所だったのだけれども、行く暇が無く、結局DVD。まぁ良く在る事であるが。

 原作者のファンの先輩から、原作を読ませて頂いた時は、『綺麗過ぎる』『余りに地に足が付いていない』という理由で好きになれず、今作は期待しつつもどうか、と思って見たのであるけれども、なかなか面白かった。

 何時もの『らしさ』(飯とか押井節とか。後者に関しては、要所要所で飛び出していたし、相変わらずヒロインおかっぱだし)が抑えられているのは、個人的に残念といえば残念だったが、でも充分良かったと思う。癖が無いという事は逆に受け入れられ易いという事でもあるしな。

 映像や音響に関してのこだわりというのは、まぁ言わずもがなで。シーンとしては、思っていたよりも少なかったけれど、空戦シーンはやはり見物だった。あの大交戦とかね。ラストの、ティーチャとの一騎打ちも良かったが、場面としてはあそこが一番良かった。

 話としては途中まで原作通りだけれど、結末がまた偉く違うのね。テーマとしてはこちらの方が好みだが。

 原作の方だと、主人公も水素も、最早諦念の域まで届く達観を帯びている風に感じた(もう大分前なのでうろ覚えだが)が、映画の水素は見ていて実に危うい。その危うさが、人間臭いというか、嗚呼そうだよな、という気分にさせる。三ツ矢の慟哭もそうだったけれど、永遠に子供のままで居続ける事、変わらないという事を肯定するにしても否定するにしても、人間はもっと悩み、考え、そして行動する生き物だと思う訳であり、その意味で、ラストの主人公と水素の遣り取り、独白、行動は納得出来るものがあったかな。

 という訳でまぁ面白い作品だった。世界観とか雰囲気とかは、実は趣味じゃないが、でも、うん、悪くないと思う。
 毎年毎年の事ながら、鼻がやばい。季節の変わり目で体が気温に付いて行けずに風邪気味な上に、花粉症と来たものだから、もう気持ち悪くて仕方が無い。レーザーで粘膜焼くなり薬で抑えるなりすればいいんだろうけれど、前者に関してはトラウマがあり、後者に関しては決定的に成り得ないのが辛い所。風邪と癌の特効薬がノーベル賞と言うが、鼻に効く薬も是非造って貰いたい。

 そんな中で、就活したり本読んだりイベント参加(結局無理だった。関係者には本当に申し訳無し)したり執筆したり映画見たりしなきゃならないんだけれど、何か色々不調気味。

 特に執筆。エログロナンセンステーマで書く事になったはいいんだけれども、考えても考えても、一向に良いネタが出て来ない。テーマで縛った方がやりやすいかな、と、勝手に未来もの、SF縛りを行うも、ますます首を絞める事に。ぎゃふん。どうも自分はグロテスクというものが苦手(=関心が無く、平然と流せる)である様だ。

 まぁ書いては消し、書いては消しの連続の挙句に、締め切り五時間前から、徹夜した頭で書き出してどうにか提出する事は出来たのだけれど、内容は余り好きく無い。自分なりに、やった事の無い事を、ちょっとしたネタを絡めつつ書けた辺りは、まぁいいかな、と思うけれど。一応、皆に感想を聞いてみたい所であるね。

 まぁこの時期は調子が出ない事は良く解っているんだ。初夏ですよ。そして秋。この時、本気出す。
2009.03.06 ウォンテッド
 ジャケットやポスター見る限りじゃどう見てもアンジェリーナ・ジョリーが主役な訳だが実際はそんな事も無かったウォンテッドを見る。バイト先の店長曰く、映像はともあれ話が微妙という事だったので余り期待してなかったのだが、嗚呼成る程という所。

 店長は主人公がへたれ過ぎ、と言っていたが、まぁ個人的にそこは良い。へたれがへたれじゃなくなる話だから。しかし、そうなって行く過程に何とも説得力が無い。成る程、理由は解る。経緯も繋がる。が、主人公の気持ちがどうも弱く、見ていて置いてけぼりされた印象が。些細な事で自身の行き先を決める位の主人公の意思脆弱を表しているのかもしれないが、それにしたってちょっと弱過ぎる。

 特に最初の暗殺者入りする所なんかね、亡き父の遺志を受け継ぐというのは理解出来るのだが、その割にあっさりし過ぎだ。更に弱い決意が次の行動や事件に繋がって行くのだから、全体的に何故そこでそうするのか、首を傾げる結果になってしまっている。頭で解るが心で解らない、という所だろうか。物語進行上、重要なキーとなる暗殺結社の掟も突っ込み所満載であるしな。

 で、映像。確かに実写でこれは凄いと思うし、アイデアもなかなか(ラストのノンストップで敵の武器奪いながら進むシーンとかね)で、唸る所もあったのだけれど、今まで見た事も無い、というのはちょっと言い過ぎかな? ガンアクションやその見せ方としては路線的に同じものを感じる『シューテムアップ』の方が新鮮味を覚えたし格好良かった。

 後、話としての問題でも上げた、動機の脆弱さ、理由の無さというのが、こちらの方にも出ている。中でも弾丸の軌道を曲げて撃つ方法は、ビジュアルとしてもテーマとしてもこの作品の肝みたいなものだと思うのだが、どうやってやるのか良く解らない。何と無く、理解は出来るのだが全く説明がされていないのもどうだろうか。

 思うにこの映画、話も映像もテーマも設定も全部含めて、何処か大雑把なのだよな。もうちょっと練り様もあっただろうに、細部にまで力が入りきれていない感を受ける。原作あるらしいんだが、そちらでもこんな感じだったのだろうか? なら、国民性の違いともあるかもしれないがね。まぁ、ボンクラ魂を熱くさせるものはあるんだが、燃焼→昇天までさせてくれる程のものは無いな。因みに昇天させてくれたものを具体的に言うとリベリオンとかね。うん、あれは良かった、実に良かった。ベールもチャンベールアクションも炸裂して。

 という訳で、この作品に関しては、ちょっとお勧めしかねる。色々と悪くは無いんだけどねぇ。
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