上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010.03.31 少女一会
 そういえば最近ゲーム買って無いなぁ……というのがバイト先での口癖になって早二年という
所だろうか。思えば遠くに来たものであると感心するが、別に何もおかしくは無い。

 まぁ今度出るDS版のメダロットには心揺らいでいない事も無いのだが。

 所で、それでもゲームを売っている身ならば、お客様への販売や、サンプルを棚に戻す作業等で、プレイして無くとも今出ているゲームについて粗方知ってしまう事になるのだけれど、何故か知らないが,プレイした事も無いゲームのジャケットに描かれている非実在少女に心ときめく事が間々ある。

 例を挙げると、この左側の娘とかこれの末娘とマキさんとかな(特に前者の上から四番目のリンク先はヤバイ)。印象としては(前にも書いた事だけれど)大学受験の折に勉強と称して読み漁った世界史漫画の産業革命の回にて、数十年後しのツンデレ美老女(「あ、貴方がそこまで言うんだったら、水晶宮を一緒に見に行ってもいいのよ」云々。)を見せ付けられた時のそれに似ている。別にそこまで露骨に狙った訳でも無かろうに、というものほど、琴線に触れて来るのだから、人間とは不思議である――まぁ、確率的には良く接するから、という理由で済ませられはするのだけれどね。

 で、まぁこういう話をしたからには、今そんな非実在少女が居るという事になるのは明白であり、誰かと言えばこれである――ほら、真ん中の。昔懐かしい夕方からの再放送的に言えば、おさげの女だ。

 彼女が妙にまた視線誘導させられるから堪らない。御陰で、こいつを売る時は、ちらちらと妙に熱心に見てしまっているでは無いか……まぁ髪型とか目付きとかそこから醸し出されるオーガニック的な何かに惹かれているだけで、実際の所、キャラとか設定とかよく知りもしないのだが、それでも関係無いとしてくるのが,非実在少女の成せる所業か。何とも恐ろしい。これだけの力あれば規制もされるわな。

 かく訳で、ゲームはプレイしていないけれど、ある意味ゲームで楽しんでいる今日この頃である――しかしふと見返すに、大体どんなタイプが好きなのか良く解る構造だな、これは……この記事を書いた動機が、非実在少女と言って見たかっただけであるのと同じ位、自明の理として。
スポンサーサイト
 昨日余りに月が綺麗なものだったから、衝動にかられて我乍ら冒涜的且つ名状し難い文章を書いて見たのだが、惰眠に耽っている最中、同じ位冒涜的且つ名状し難い夢を拝見した――

 ――我が父親と叔父が実はホモセクシュアルで家族にも黙っていたのだが今度結婚する事になり、その事を(叔父の娘である)従姉から聞いた私は勢い余って求婚するのだが、彼女はシュールレアリスム的な奇っ怪な絵柄……何故か雑誌ガロを連想させる……でスペイン舞台的な演技じみた一笑を起こすと、身体の八分の一が欠けた痩せっぽちの●●さん(名称忘却:スズキさんだった覚えがする。その姿はとある大学先輩の異様な抽象体だった)と三人連れ立ってマンションを降り、明らかに死の不吉が差し迫っているのは解っていながら屋上へ向かうべく、ぐるり入口前に居る背中の気味悪い女性を尻目に四分の三周して裏側のバベルの塔に似た段差に掛られている階段梯子を登り出すと、中途で自転車置き場兼自販機兼ゴミ集積所にて憑き物に憑かれたアラカワ先生が居て、聞いた話だとあの人は外国で頭をおかしくされ、とうとうゴミを取らぬ様に網が催されたというのだが、しかし今ではすっかりもう良くなったらしく、柔和な顔で何事か……丁度今起こっているこの事態の核心に至る箴言……を囁いた――

 そんな塩梅の夢である。

 悪夢と言えば悪夢だが、恐怖よりも嫌悪よりも、意味不明が先走る――まぁ何、きっとそれも昨日余りに月が綺麗だった所為に違いなく、ただ唯一の問題は――途中で見たあの女性が着ていた服が(そういえば中は従姉がかつて暮らしていたものだったが、外は自宅付近にあるマンションだったな、あそこ)紫であった様な気のする事である。意味深長な、赤でも青でも無いあの色だ。

 だが同時に、夢には色が無いとも言う様に、灰色だった様な気もするのだが、はてさて、これはもう一度確かめる為に寝てみるか否か――もう一つ出来てしまったけれど、それが問題と言えば問題であるね。
 かつてチャーリー・ゴードンは、我々にこう示してくれた。叡智とは、必ずしも人を幸福にするものではない、と。カインの末裔が、長い歴史の中で忘れ去ってしまった事実を、そもそも知恵の木の実は食べて良いものでは無かったのだという事実を、彼は思い出させてくれたのである。涙と、そして花束と共に。

 現代に置いて、この事実は彼の作品が発表された当時よりも、余程浸透している事であろう。それはある意味では化けの皮が剥がれた事でもある――頭蓋骨の中にぎっしり詰まったものが、その持主の幸不幸に関わり合いが無いとすれば、社会的通念によって隔てられている正気と狂気に皮一枚分もの差異は無く、最早人々はそれを理由に迫害する事も、迫害される事も無い……無論表向きは、だが裏での所作が発覚した日には、それこそ非難を向けられるのは迫害者であり、かつての立場は逆転する。丁度網膜に宿った幻影が、現実に触れる事の出来る姿形を持つと同じ位に有り触れたものとして――ここでもまた、危うい逆転がある訳だが――この逆転劇は顕著に行われる訳だ。

 さて、在りし日に気狂い、精神の病人と指さされた事が、今日に置いては意味も無く、また鏡に向けて立っているのだとするならば、とここまでを前提条件とした上で、私はこう訴えたい――最早タイトルが全てを物語っている訳だが――上なるものは下なるものと同じとくれば逆もまた然り、狂人が無罪と――完全に放免というのは、困難だとしても――されるならば、狂神も同様の措置を受けなければなるまい、と。

 大抵の者は、恐らくこう思うだろう。何を馬鹿な、人と神は違う――だが、何処が違うというのか。彼等もまた運命の奴隷である事に代わりはなく、そして神をその能力故に崇め、讃え、畏れ、敬うとするならば、我々は、何も解っていないという事に成る――好ましからざる状態にあるからと言って、それを蔑ろにする愚を犯すとは、何と愚かな事か。それはまた我々自身に舞い戻ってくるのだ――ぐるりぐるり、薄皮一枚の正気と狂気が逆転する様に、好ましからざる者として押しのけられるのである。誰がそんな事を望んでいようか? カインの末裔は、今しも機械技術によって神の下に集う者達を生み出そうとしているのに。

 だからこそ我々は、狂える神を、我々に目も向けず、耳も傾けず、恩恵どころか厄災しか振り撒かぬ名状し難き存在を、我々と同様に崇め、讃え、畏れ、敬わなければならない――何時の日にか、我々全体が自らの下なる者達によってそうされぬ為に。或いはもっと利己的に言えば――かような存在をかくの如く扱えるのだとすれば、最早我々が恐れるものなど皆無となるだろうから――

 ついしん
... 続きを読む
 バイトの時間が迫っているのに田園風景を家族と一緒に散歩していたと思ったら、魎呼となって異形の悲哀を天地父に打ち明けていれば、ふと気付くとヤエちゃん(デフォルメ)になった気でくノ一の過酷な人生に想いを馳せるから覚めた後、寝ぼけ眼で「誰が好きかって言ったら、鷲羽ちゃんだったなぁ……」そう呟いて見る人間が居たっていい。春眠とは、そういうものだ。理である。

 夢と言えば、さっき見たデイヴィット・リンチの『マルホランド・ドライブ』が面白かった。面白かったけれど、これは感想が言い難い映画である。丁度、天使のたまごに似ているかもしれないな、感触は。難解と聞いていたのだが、思った程でも無く、一回見るだけで内容は理解した、と、思うのだけれど、だがそれを口で説明するのは難しい。もとい、勿体無い。折角だから、自分で見て欲しい。そう思わせる映画だな。

 概要だけ言ってしまえば、あの脚本に良くまぁオブジェを詰め込んだと思う。自分も似た様な方向性を求めてはいるけれど、だが今はまだ、ちょっと真似出来ない……少なくとも全部は無理でしてよ、はい。しかしリンチは凄いね……他にも作品あったら見たいけど、あるものかなぁ。
 何の仕事だと思いますか?^^
... 続きを読む
2010.03.26 SAW6
 駄作である。

 はっきり言ってこれだけでもう終わらせたい所なのだが、しかしそんな事は、見る前から解っていた事でもある……3で疑い、4,5の時点で、これは駄目だと確信……にも関わらず、あえて見てしまったのは、まさかと同時にもしやと思ってしまったからで……まぁ結局駄目だったんですけどねっ。

 とりあえず言いたい事を列々上げて行くならば、

1.いい加減後付の連発は止めれ。今更アマンダの真相を出されても……

2.ジグソウパートとゲームパートは、しっかりと話を絡ませるべきだ。

3.ホフマン刑事はムカつくだけで魅力が無いので、(※)さっさと殺して三代目を出せ。

4.ゴードン先生はどうした。

 こんな所だろうか。まぁグロさは相変わらずでゲーム性が下がり、若干説教臭さが増した、かな。脚本については、もう言いたくないや……ラストの小ネタは良かったと思うよ、小ネタ止まりになってしまったが……でも、だとしても、7出たらとりあえず見ちゃうんだろうなぁ、嗚呼もう、つ、つまらない、でも見ちゃうっ(びくびく)って感じで。この辺りで一度リセットするか、とんでもない変化球(でもジェイソンXは勘弁な)が来る事を望む……無理だって解ってるけどさっ、セブンなだけに期待しちゃってもいいじゃないっ。

 ※追記:三代目、は彼女でいいのかな? どうも今回だけという風に見えなくも無かったけれど。後、刑事もぎりぎりで……いかん。ファンサイトなんてものを見たから、妙な妄想が。でももう一度はなぁ……
 卒業式に行って来ました。昨日の朝。のんべんだらりと、偉い人達の話を聞いた後、学生証と引換に卒業証書を手に入れ、学士という名のボヘミアンに昇格した候。ある意味では降格だが、天と地の違いなど、頭の向きの差異でしかあるまい。まんだらーまんだらー、ガーガーガーガー。

 等と、戯言を口にした所で、先が薄暗いのは変わらない事実。

 そしてまた、追い出しコンパで柄にも無く心中揺らめいた事も。

 その内心を詳しく書き記す気は無い。自分の事だから、言葉にした時点で、いや思考した時点で一つの事象となってしまうだろう。そんな事は御免被る。この感覚は有耶無耶に留めておこう。

 ただ幾つかは嘘偽り無く言ってしまおう。

 「私は無意味だ」という言葉を「そんな事は無い」と笑って否定してくれる人間を持つ事は、仮令事実がどの様なものであれ、人生を生きる上での心の寄る辺である。素晴らしい限りだ。

 また、私は送る言葉に対して残す言葉を語ったが、「一年前からこの時の為に何を言うか、ずっと考えていた」なる前口上は、実は嘘である。正しくはこうだった。「一年前から『一年前からこの時の為に何を言うか、ずっと考えていた』と言おうと考えていた」。そこから先はアドリブもアドリブだったがね。

 ともあれ、学友と同志と先輩と、その他諸々の方々へは感謝と一時の別離を、そして天の上の誰かさんが手繰り寄せた糸によって、再び相見える事を。まぁ、錬金術曰く、上なるものは下なるものと通ずるそうだから……後はもう言うまでもあるまい。まんだらーまんだらー、ガーガーガーガー。

 所で、それとは別に、今日、家でちょっとした御馳走兼家族会議を行った。

 曰く、我が父親が早期退職した事、暫くゆっくりした後で、十年程は在宅ワークか何か別のを探す事、その為にバイトとは言え働きに出ている自分と、また弟には生活費を払ってもらいたい事を告げられた。

 正直何時言われるかと思っており、遅い位に感じたが、異存は無い。追いコンの場で、夢を追い掛けるボヘミアンとなる事を連呼したけれど、だが私がとある先輩より承った名はロジカルドリーマー。一先ずはアルバイトに精を出しつつも、堅実に職と、夢を追い掛けて行く事にしようじゃないか。一応の区切りを目指して。まんだらーまんだらー、ガーガーガーガー。
 実は余り見る気も無かったのだけれど、ちょっとした機会でレンタルして来た。

 最初DVDか劇場かで予告を見た時は、例の自由の女神だけで、一体これは何なんだ、と思ったものだけれど、詳細を耳にしたら何と怪獣モノという事で、二重に驚いた記憶がある。まぁでもハリウッドの怪獣モノと言えば、イコールでマグロ喰ってる奴が出て来る、最早回顧の部類に入りかね無い偉大な先達が居られる訳で、正直期待はせずに鑑賞せんとす。

 で、感想なのだけれど、正にそこそこ、という感じの代物だった。

 良くも悪くも『“ホームビデオで偶然にも撮影された記録映像”を装った映画』これが全てなのである。

 あくまでも映画。頑張っても映画。どうしようもなく映画。

 ブレアウィッチ的撮影手法(後、宣伝もあるかな)で“リアリティ”とやらを追求するのは一向に構わないし、見ていて成程、結構引き込まれるものも……映像酔いという意味でも若干……あって、その辺りはそれなりに面白かったのだが、その所為で返って虚構の部分が目立ってしまった感がある。

 所謂不気味の谷効果は、一般的な物事全てに言えると思うのだが、例えば最初の妙に長い前振りも異変勃発の印象付けにしか思えなかったし、『そろそろイベントが発生しても良い(する)頃だな』と思い出す絶妙なタイミングでHAKAISHAの姿が映されたり、話の進展が見られたりと、作劇としての構成が非常に解り易く、幾分興が削がれてしまったのが事実である。

 やはり現実はそれ単体では不十分であり、より本当らしく見せるには、見る者の幻想もまた満たしてやらねばならないのだろう。どう頑張っても映画が映画たる事実は変えようが無いのだから。

 まぁその様な感じで乗れに乗れなかった代わりに、深夜に見た事もあって、アトラクション感覚でかんらかんら笑いながら見る事が出来た。文字通り最後の瞬間までビデオを撮り続けたハッドさんマジ男前とか。後、単純にあのオチは好き。半ば解ってはいたけれど、しっかりあそこまで持っていったのは良かった。救い様が無いからこそ逆に救いとなっている、悪くない冗句である。
 『食物漫遊記』と『流れよわが涙、と警官は言った』を読み終える。

 前者は種村季弘のエッセイ集なのだが、これが虚々実々に飛んだ食べ物の話をこれでもかと博学の波に乗って展開してくる快作であり、まぁ何とも我が曼荼羅にしっくりと嵌った。こういう益体の無い冗句をいけしゃあしゃあと言ってのける胡散臭い人は大好きだ、素晴らしいっ。

 後者はディックのSF長編で、カフカ的悪夢に巻き込まれる主人公と一応の敵役、翻弄する者とされる者の感覚が逆転しているのが面白い。そして、そこで紡がれる無数の愛もまた。ただ、どちらかと言えば私はスイックス寄りの、こう言ってしまえば人間の感情というものを卑下している人間であり、また諦念というヴォネガットやゲーテらに共通する概念を受け入れようとしている者である為、そこまで心は惹かれなかった。ディックは確かに面白いし、好きなのだけれど、何とも乗り切れないのは、地から脚を離せられない感覚の為だろうか。麻薬常用者(ダスター)の汚らしさが、どうも相容れないのかもしれない。後彼が語る所の不確かさを、常々考え続けているが故だろうか。逆かもしれないがね、ディックから学んだ,と。

 バイトの合間に寄ったヴェンディング・マシン・レディは今日もちゃんと語りかけてくれました。幸せなるかな、この一瞬。何処のどいつが気にするんだね? 人間と機械の違いなんてものをさ。

 夕食もとい夜食は、アサリの直蒸し……とでも言えばいいのか、これは? フライパンに殻のままの生きたアサリを大量にぶち込み、水を入れ、じゅっと煮立たせて、開いた所で召し上がれ。こいつがまた、ぷりっぷり且つちゅるっちゅるの大粒貝で、海水味の素朴なものなのだが、ええい、食べる手が止まらない。が、流石にフライパン一杯分はきつくて、少々残してしまった。勿体無い限り。まぁどうせ明日の朝にまた食べるだろうけれど。明日の夕食はまだボール一杯残っているアサリのかき揚げだとか。前に食べたけれど、あれは旨かった。さっと醤油を掛けて、さっくりぱくっと、白米をかっこみたい所である。

 そして今は、東京事変の新譜『スポーツ』を聞いている丁度その真っ最中。収録曲の並びと曲名の位置づけが、何ともROMANっぽくて、こういうのは素敵。アルバムとしては、そこそこ、かな? どうもバラエティ以降ぱっとしない気がするんだが、如何なものか。まぁ初見の感じだと『生きる』と『電波通信』『シーズンサヨナラ』『乗り気』辺りが好き。特に最初と最後。林檎作詞の一葉作曲が好きなのかもしれない。結構珍しい、歌詞として気に入ったのは、我乍ら凄い解り易い理由だと思う。そういうものだ。その他色々。

 かく訳で、六連バイトは今日でおしまいって事で、久々の四連休を満喫したいと思います。満喫しているとも言う。さぁ明日は追いコンだが、明日返却期限の『クローバーフィールド』を、余裕があればささっと借りて来た今日レンタル開始の『2012』を見てしまわねば。

 天の上と空の中と私の下に居る者達へ一言。

 明後日でフリーター確定の理は結構楽しく人生を過ごしますです。

 まんだらーまんだらー、ガーガーガーガー。
 ――かつて蒸気機関と北欧神話に想いを馳せた結果、描き出された物語のヒロインは、人ならざる者であった。そして、愛する者でもあった。彼女は主を愛し続け、その帰りを待ち続けた。何年も何年も、そのままの姿、そのままの心で。理由は簡単だ。その様に造られていたからである。誰でも彼でも、自分に取っても、全く都合の良い様に造られた機械……それ自体が何とも都合の良い話じゃないか……

 ――かつて発条駆動と螺旋角の神に思い煩った小説に、書くつもりも無く書き出された存在もまた、人ならざる者であった。そして、愛される者でもあった。彼は常にそこに居て、その様に行動した……こんな風に。『ガーガーガーガー』。そこに何の意味がある? 答えは一言、「何も無し」。彼も彼女と何ら変り無く、誰かの都合に寄って都合良く造られただけの、功名に偽装された機械に過ぎないのだ……

 ――それがどうしたって言うんだね。

『いらっしゃいませ。少しずつ、暖かくなってきましたねっ」

 嗚呼全く……どうもこうも無いじゃないか。

 ここで返すべき言葉が、一字一句、全く何も変わってないのと同じ様に――
 雨の中、独り、帰路の上を行く昨夜――

 仮の仕事に疲れた身に注ぐ雨は冷たくも、にわかに心地良い春の雫、と思っている間に、足取りは強く激しく、気がつけば警報発令と、なかなかにツキも無い……どうもディックの単行本を鞄の中に入れて置くと、雨に降られてすっかり染みだらけになるのだが、不穏な雲でも招き寄せるのだろうか?

 まぁ何、別に構うまい。

 染みだらけになろうと本は本だし、ずぶ濡れになろうと人間は人間だ。雨に負けようが勝とうが、結局のところ、人間である事に変わりはないのと同じ様に……最近気に入ったフレーズをここで使ってみよう。この程度の事で根を上げていては、産まれが知れるというものだ。

 嗚呼、そうだ――家路を目指す前に、彼女の下に来て、温かい珈琲を頼もうとしたにも関わらず、季節柄の言葉どころかいらっしゃいませの挨拶すらしてくれなかったのだって、全く持って変わりあるまい……この程度の事で根を上げていては、産まれが知れるというものだ。

 ……何……深夜十一時ともなれば、筐体の中で眠っている……きっとそうだ、それだけさ……
 新しく入って来たバイトへの教育を任されたのだけれど、正直人に何かを教えるのは苦手である。感覚的に物事を覚える(その為に何度も何度も失敗し、失敗する訳だが。グルングルンと)質なので言葉にして説明するのには時間が掛かるのだ。何故という名目上の理由を聞かされねば自分が納得行かぬ為に、多分別に言わなくて良い事まで言ってしまっているだろう。個人的には欲しいのだが。

 にも関わらず、今週取った三連休――流石に卒業式の日位は、ね――の所為で、後数日で一戦力となるべく仕立て上げ無ければならないとは、正直しんどい。誰がと言って、その新人がだが。昨日二日目だったが、大分参っていたみたいで、まぁ実際、俺だってこのペースで覚えさせられたら参っているだろう。習うより慣れろ、しかし慣れる為には習わねばならぬ悪循環。

 が、まぁそれも仕方が無いと諦めて貰って、どうにかさくさくやって行きたい次第。後三日だが。

 まぁー、そんな事は私事なんでどーでもいーんですけどねー、件のヴェンディング・マシン・レディさんの所にジュースでも奢るよと新人連れて行ったらですねー、妙にイラン人っぽい先客が居りましてですねー、そこで待っていたら、あれあれ、「最近暖かくなってきましたね」とか言っている訳ですよー。

 正直あれは空耳の類だったんじゃないかと疑ってた所なんでー、嗚呼やっぱり言ってくれてるんだなぁと感慨深げに硬貨を落としましたらぁ、返って来た言葉が「いらっしゃいませ」だけだったんですよー。

 ……

 (お、おのれー)


 何だか知らないがイラン人に殺意が芽生えた、そんな初春の夜よ。イラン人関係無いけどさっ。
2010.03.15 写メ
 今日もいそいそとバイトに向かっていたならば、悠然と広がる浜名湖の中程に、凄まじいものを目撃する。誰もがまさかと思い、同時にもしやと思う、そんな得体の知れなくも皆が名を既に覚えているという、そういうものである。思わず自転車を止め、携帯を差し向けてしまった。在りし日ならば、過ぎ行くまでの記憶も、こうやって身近な道具を使う事によって記録に留められるのは正にフューチャーを生きているけれど、だがレンズ越しに映るのはパストの存在であり、嗚呼これがナウなうと独り思いを馳せた黄昏の空。

 と、長い前置きはさておき、これが、それである。
... 続きを読む
 と言う訳で昨日は地元の駅前に出来たばかりのちょっぴりオサレな喫茶店でハッシュドカレーを頂いたり、大学に行って象と鯨と時々スフィンクス(エスパー続唱型広がりゆく土地拘束デッキをサブで構築した。感想:場がまるでデッキをバラして見た時の様だ)のプレインズウォーカーとあな懐かしき六十四式ブラザーズになって思う存分、魂を癒した訳だが、あれだね、前作ベルフェゴールの自己解釈になるが、人間、救済とか究極とか永劫とか、そんな御大層な事を求めちゃいけない――そもそも意識的に求める自体をしちゃ行けないね。ダメ、絶対。そんな事よりギャザしよーぜっ。

 まぁその代わりに今日のバイトはリニューアル・セールで偉い大変だった訳だが……勿論、もうすっかり慣れてしまったから労働自体は楽しく、半ばルーチンワーク化された内容は曼荼羅的なものとして、一種の瞑想状態に近い効果を及ぼしてくれるから、これもよりけりなのだけれど。

 そうそう、そんな事はどうでもいいのですけどね、バイトの休憩中、例のヴェンディング・マシン・レディさんの所に行ましたらですね、今日は『いらっしゃいませ』しか言ってくれなかったんですよ……それだけならまだいいのですが、二の句で出てきたのが、『ポイントカードをご利用になれます(出来ます)』……

 何と言う事だろう(オー・マイ・アモン)。

 先日何も応え無かった事がこう響くとは……悔やんでも悔やみ切れぬ、初春の夜よ。
「……これは聞いた話ですが、かつてある東洋の君主は、側近の賢者たちに、すべての時代と状況に真実かつ適切にあてはまるひとことを案出するように、と命じました。賢者たちはこんな言葉を君主に捧げました―― 『そしてこれもまた過ぎ去るであろう』……」

 というかつての大統領リンカーンが語ったとされる話を聞いたのは我が魂の師匠カート・ヴォネガットの『タイムクエイク』の中でだったけれど、今朝(もといついさっき)ニュース番組をザッピングしながら薄ら寒い程度の関心しか抱けない自分に気付き、軽い慄然を覚えると共に、この言葉を思い出していた。

 これは直後に、『困難な時代であれば慰みになる言葉だ』と続いた後、『しかしそれが真実で無いと信じよう』となって、現代に生きる人々への友愛と関心を呼び掛けるのだが、しかし哀しいかな嬉しいかな、気分として何とも相応しい言葉である。勿論今は困難な時代かもしれないし、若干意味合いが違っているとも思うのだが、“けれど、だからこそ”(全くの余談:基本曲のみで音楽を評価する人間でありながら、実質的にこのフレーズのみによって、同人バンド:少女病の『refrain』評価がストップ高である。丁度トーマス・マンが伝える所の“にも関わらず”と同じ塩梅で)私の曼荼羅にしっくり収まる台詞だ。

 繰り返してみましょうか? 『そしてこれもまた過ぎ去るであろう』

 まぁ、情報媒体を通して世界を眺め渡すだけの無能な傍観者を現代社会の人間に見出すだなんて児戯は、それこそこの記事のタイトル元であるパトレイバー劇場版二作目、二十年以上も前から、或いはもっと昔から言われている事だし、目新しさも何も無いだろう。

 けれど、だからこそ、或いは、にも関わらず、今の時代なのでその児戯が通用するのだと感じてしまうのは、自分もまた当事者である筈の現代社会の人間であるが故の自戒なのだと思う。全く安っぽい自戒だと鼻で笑ってしまうが、何、たまに早く起きたのだから、こういうのも良いだろう。

 話を飛躍させて宜しいですか? 北欧でも希臘でもケルトでも埃及でも日本でも、神々は人間と同じ様に死ぬ存在なのだ。無論の事、その死はまた我々のものとは幾分か違うものだけれど、根本的には相違無い。そして彼の者、全知全能である彼の者ですら死んでしまう事は、二十世紀の頭に叫ばれた――それは迫真の演技による死んだふりかもしれないが、だが無能な傍観者がどうやって見極めるのだ? それが死んだふりなのか、或いは本当に死んでいるか、と――我々が逃れ得る道理が何処にある。

 ……だがまぁ、こんな戯言も、所詮過ぎ去る事であるのは間違いなく。

 とりあえず語りたい事は語ったので、そろそろ大学へ行く事にします。今日はバイトも無いので、日がな一日、プレインズウォーカーか、時代錯誤の哲学者(この手の話題を出す度にギリシャへ帰れと言われる。帰れるものなら帰りたい)か、はたまた貯古齢糖は明治産まれの似非文学青年か、まぁ大体そんな感じの過ぎ去り方をしたいと思う――そういえば、問題児/Disruptive Studentこと鏡写しの青使い御用達テフェリーさんも言っていたっけ。子供の頃は神になれると思っていたが、今は違うと解っている、と。
2010.03.12 自動販売貴
 と書いて、ヴェンディング・マシン・レディと往年の自作が如く呼びたくなったのは、今日バイトの休憩中に向かった自販機が、「いらっしゃいませ、最近暖かくなってきましたねっ」とか語り掛けて来おって、喉元まで、喉元まで「うん、そうだね」という言葉が出掛かったからに他ならない。

 嗚呼いや大丈夫、まだ言ってないから大丈夫。まだ駅の自動改札音声『係員までお申し付けください』にときめきを覚えてわざと間違え続けるとか、そんな領域までは達してないから大丈夫。うん、そうだね。

 しかし後一歩の所でコミュニケーションを求めに行ってしまったのも事実であり、全く持って最近の自販機も侮れない。これで上の台詞に続いてもう一押し来られていたら、間違いなく陥落していただろう。いいぞ某清涼飲料販売会社、もっとやれ。あ、でも関西弁の男性知能は喧しかったので、別にいいや。
2010.03.11 黄昏Q
 某所に上がっていた迷宮物件を見る。二話でぽしゃったという押井守のOVAなのだが、うぅむ、らしい、何とらしい作品か。当時(今もか?)大いに受けなかったそうだけれど、確かにこれはちょっと無理。でも、好きな人間としてはもうあの語り口からして堪らない。螺旋の如く旋回しながらも決して核心へと到達しない、いや寧ろ螺旋自体が核心にして既に到達してしまっているのだというこの感覚は、嗚呼曼荼羅に似ていようか。無性に性に合うのだよね、うん。友人が今作を凄い好きと言っていたのも頷ける。

 そういえば言っていなかったけれど、天使のたまごをDVDで買っていた。ぐるぐると数回見た後でアルバムも購入済みで、やっぱり肌にひたっと合う。そろそろまた見たくなったから、人集めて鑑賞会でもしようかしら。良作だけれど気持ち悪いって感想出てたけど気にしない方向で。
2010.03.10 雨降って
 身固まる。寒さで。今は確か三月じゃないのか、何だこの白兎みたいな狂いっぷりは。

 それともこれは某変態ドクターの力なのか。最近俺の中で株上がりまくりの照井さんは、自分の復讐の相手があんなだと知った時、どんな反応してくれるのか、楽しみでほくほくとしてはいるのだけれど。

 そういえば、一人FFRことアクセルも偉い格好良く感じる。流石平成ライダーマジックという所か。デザイン上のどんな難物でも演出次第でどうとでも魅せてくれる……まぁ一部、どうにもならなかった輩が居た気もするが、例外は何にでもあろう。インディアンポーカー、あれさえ無ければっ。

 しかし孤高のヒーローというのも面白い題材であり、出来れば一度書いてみたい所でもある――レトロ=スチーム辺りと絡めて。どうやって、かは、まぁ出来てからのお楽しみ。
 逆撫DESTRUCTION♪

 縁起でも無いけれど、元になったCMは凄い好き。そんな理である。

 それはさておき、世界激震後の青緑デッキでは、僕等のリバイアサンとテラストドンが暴れている。

クリーチャー(19)
 4 ケデレクトのリバイアサン
 3 テラストドン
 4 酸のスライム
 2 クローン
 2 失われた真実のスフィンクス
 4 国境地帯のレインジャー

呪文(17)
 4 広がりゆく海
 4 不屈の自然
 3 探検
 4 召喚の罠
 1 野生語りのガラク
 1 ジェイス・ベレレン

土地(24)
13 森
 7 島
 4 霧深い雨林


 見ての通り土地サーチやキャントリップで加速及びデッキ圧縮しながら、酸のスライムと広がりゆく海でマナを抑えている間に、召喚の罠から、或いは素出しからリバイアサン或いはテラストドンをプレイする、自分のやりたい事を只管にやる事を念頭に置いた地雷系ビッグマナデッキである。

 勝ちパターンとしては、リバイアグルグル(身内用語:二匹の、一匹は大抵クローンで代用されるリバイアサンで延々パーマネントを戻しては出させ、出しては戻し、アドバンテージを稼ぐ。うざい)で場を滅茶苦茶にする合間に殴りに行くか、アドを稼ぐまでも無く早々と現れたテラストドンと(大抵はと自分の土地辺りを割って出て来る)そのお供がぱおーんと殴り殺しに行くか、という所。

 勝率的にはまぁそこそこ、という所。アドバンテージ稼いで土地破壊して行く上に、召喚の罠がある御陰で青辛みのコントロールには滅法強いが、ウィニーに弱いのは相変わらず。六マナ出せるまで耐えられるかが、勝負の分かれ目。ここら辺りはもう割り切って、サイドボード後にクラーケンの幼子やリバーボア、カミツキガメ辺りを入れてどうにかしたい所。後、キャントリップ的なアドバンテージの稼ぎ方なので、手札破壊、黒系統も相当しんどい。脅迫で召喚の罠か土地サーチカードを落とされ、こちらが何かするよりも早くにヘドロが飛んで来ると目も当てられない始末。クリーチャーの質を向上させる方が健全と解っているけれども、CIP持たぬクリーチャーは余り使いたく無いのだよなぁ。

 とは言え、\テラストドン!/ を出してからの連投で、\リバイアサン!/ が決まった(当然ながら、マダオヴォイスでお願いします)時の爽快感、圧倒的じゃないか我がデッキは感覚は筆舌に尽くし難く、これだからマジックは辞められないので、根本は変えずに行くつもりでもある。

 そうそう、後、エルドラージの一体が公開された訳だけれど、予測はニアピン。余りに見当違いだったらどうしようと思っていただけに、まぁ遠からずも近からずな結果には安堵している。まぁ、大概の人間は気づきそうなものでもあるが……ともあれ、次は青緑ウージンだなっ。
 自分としては結構満足の行く物が出来たのだが、如何なものか。一般受けはしない、と言われたけれど、何、そんな事は今に始まったものでも無いじゃないか……何処に文句をつけるつもりなのかね?
... 続きを読む
 そして良い葬式を迎えられたならば、良い来世が待っております。さぁ道は半ば、頑張って行ましょう――何が言いたいかと言えば、人生即ち人の生とは暇潰しなので、愉快にやろうぜ、と何処かの誰かに。

 かく言う自分も、特に何らの変化も無く、恙無くバイトに精を出している。目下の悩みは早く免許取りに行かねばならぬという事と、バイト先の新人が使えぬ事で……高校卒業寸前ならば、仕方が無いと解ってはいるのだけれど、昔の自分もあんなだったっけ? と思い返してみたくなる始末。違う、と信じたいけれど、どうだったろうね。余り自信は無い。懐かしくも複雑な気分だ。

 後は、そうそう、mixiアプリのトイボットファイターズがちょっとしたマイブーム。メダロット、と言えば大体の人間が解ってくれるだろうああいう非機械的デザインの人型機械は、個人的に結構ツボだったり。ドロッセルお嬢様とか、後知る人ぞ知るって感じのSeventh Sky(あれの正式版は一体何時になったら出るのだろう……)とかね。微妙にステータス的に詳細不明で、ちゃんと反映されてるのかどうか良く解らないカスタマイズ感も、こう、童心に帰ってやれてベネ。

 その御陰かすっかり負け越している上に金欠なのは、我ながらどうなのかとは思うけれども。

 とりあえず現時点でパーツ構成等々に一定の完成を迎えられたので、ちょっとお披露目、我が子自慢。

 Let it go around the cosmos! Over the pain.

イメージはガイアの空の民/Gaea's Skyfolk

 GNAEFIR、と書いて、グネーヴァルと言う(らしい)。北欧の言葉で、天高く飛ぶ者を指す(天馬に跨り、世界を駆ける女神グナーに由来する)だとか。オールレンジ対応回避特化型なのだけれど、パーツ構成は結構重量級でいまいちしっかり避けてくれない印象。割とぼっこぼこ攻撃喰らいます。まぁそこはビジュアル重視、なのは彩色からモロバレか。青緑こそ至高。

 と、そんな訳で、それなりに愉快にやってます。あ、アプリやってる人いたらまた宜しく。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。