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 最近弱った事に、何とも筆が進まない。書く書く、と言いながらさっぱり書けない。時間もネタもあるけれど、それを育ませる、何としてもっ、という気概が浮かばないのは、どうしたものか。もといこう言いたい位なのだよね、「一体どうやってやったのか、さっぱり解らないんだ」と。

 そこでふと頭に浮かぶのは、テッド・チャンやヴォネガット師匠が語っていた作家たるものの一つの姿勢であり、曰く、作家というものは、自覚無自覚乃至はその出来の良し悪しに関係無く、誰か特定の存在の為に、作品を書いているのだという。

 そうして思い返して見れば、どうも自分は、大学サークル連中の為に、作品を書いていたのでは無いかと思う。或いは、それを一つの張り合いとしていたのでは無いか、と。少なくとも、見えざるネットの不特定の相手を想定しては居なかったのは間違い無く、今の精神はそんな読者不在の状況が為に陥っているのであろう。自分でもちょっと意外だが、割合と、かなり大きかった様である、読者が――或いは批評者が、というべきか。黒い笑い、皮肉な文章は、最近の作風として良く言われているけれど、無形のものにはそういった感情を呼び起こすのも難しい。何ともはやだ。

 まぁとは言え、何処であれ、誰であれ、理は早々に読者と出会わねばなるまいな。で無ければ、進むべき道も、戻るべき道も、反れるべき道ですら見つける事など出来はしないのだから……

 あ、所で嫉妬を司るのはリバイアサンであると共に、嫉妬は緑色の目を持つ怪物だ、というのは、前々から知っていた事だけれど、こうやって見ると何とも暗示的ですね、と言って見たり。

 後、本当に関係無いが、ついさっき覗き見たアンサイクロペディアの無宗教項目が、実に言い得て妙で好きだ。世界四大宗教、無宗教の狂信者というネタは、また使いたいテーマだな。
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 動かないで居たらこの有り様だよっ、と思いつつ、この格言を思い出す。

我々は違った未来を選ぶことができる。しかし、我々は過去を引き止めておくことはできない。
現代社会は決して技術の過剰に悩んでいるのではなく、その至らなさに悩んでいるのだ。
byオルビン・トフラー


 本当にそう思う。特に後半の部分ね。魔法の様に思える科学が到来するのは何時の日か。

 そういえば、人々が延々と、何の訳に立つのか解らない何かの作業をし続けているが、実はそれは、遥か未来に置いて、人間の為の絶対神と、それに付随する諸々の神話、そして信仰を産み出す為の行為であった、みたいな小説を昔読んだ事がある……今からでも遅くないから、我々は、我々の手に寄る、我々の為の神を造る作業に入っても良いのでは無いかね。人間全体を救って遣る為にさ。

 まぁ上の小説のオチは、救われるのは後世の人間だけかと怒れる民衆によって暴動が起こるというオチだったが。舞台の上と裏の人間が、観客と同じ様に成れる訳も無いけれど、何ともはや。

 と、そんな所で、今日はバイトも休みに付き、だらだらと新作なんぞも練ったり練なかったり。
 テラストドン爆誕の際にウルトラマンレオネタを使った我が先見の明の鋭さを自惚れざるを得ない、マジック界のシルバーブルーメことエムラクール他二神に仕えし旧支配者エルドラージが覚醒された今日この頃でありますが、今後の私の目標は、エルドラージをメインデッキである青緑テラリバ187コントロールで絶対に使わないぞ、絶対に、で御座いますので、今後ともどうか宜しくお願い致します。

 ……いやぁ、前は使う使うと息巻いていたのだが、いざ蓋を開けてフルスポイラを眺めていても、余りそそられないのだよねエルドラージ。そりゃぁ確かに強いよあのクトゥルフども。重いという欠点もビッグマナならどうとでも出来るし、オールバウンスだって三神の能力を思えばシナジーとして有効だろうさ……しかして、だからこそ、彼奴等を使う気が起きない。開発者が、こいつらを使え、と声高に掲げているのが、何とも受け入れ難いのだ。私がMTGに求めるのはある種の自己探求で、望み通りにする事がゲームの至上目的――勝敗等ゲーム終了条件に過ぎないのだ――である以上、実戦レベルの連中を出されても、触手なんて動きはしないのであるよ、残念ながら。

 まぁかく訳で、エルドラージ覚醒からは、絶妙に増えたタフネスの高い187クリーチャー(ライフゲインワームとか彼方地巨人とか白い花の壁とか堅い無政府公証人辺り)で、デッキ強化に重点を置いて行きつつ、紙レア扱いされそうな所を取り揃えて行きたく思う次第。メインはあれだ、つまり、宇宙怪獣に対する地球怪獣デッキであり、ゼンディカー攻撃命令風に言えばさしずめ僕等のリバイアサンは怪獣王、テラストドンは暴竜という所で宜しく。
 つい先程、お父上と共に、アリス・イン・ワンダーランドを観て来たで御座る。二人で。

Q:男二人でアリスとか辛くなかったですが?

A:リアル松戸ハッター二人みたいなものなので平気です。全然平気です。


 ジョニデ程イカしちゃぁいないが。最後に一緒に見に行ったのが……記憶している限り、『エヴォリューション』だから、偉い久方ぶり。この選択が我乍らまた何とも親子という気分にさせてくれるね本当。

 それはさておき、『アリス~』だが、うーん、正直こんなものかな、というのが一番の感想。ティムもジョニーも好きだけど、ちょっと毒気が薄いかな? それこそ、噂のナイトメアばりの後味の悪い、は行き過ぎとしても、その爪の垢程度は欲しかった。またアリスと言うにも奇妙奇天烈さが物足り無い。総じて言えば、そこまででも無い、という所であるな。まぁちょっと期待し過ぎしたという気がするし、ディズニーと考えればこれ位でも……んーむ。後、オチもちょっとね。”あの"アリスとして、ああいう最後はしちゃいけ無いと思うよ、仮に成長したとしても、ね。

 が、まぁしかし、そこそこ愉しむ事は出来た。ワンダーランドは荒廃した部分も含めていい雰囲気を醸し出していたし、新人というアリスもなかなか可愛らしく、ジョニー・ザ・ハッターや赤の女王ヘレナも相変わらずイカレておられた。ただ、個人的にちょっと食傷気味且つ実は余りマッドじゃ無い(ヘレナは、王の斬首を嘆く辺りがらしくて良かったかな)ハッターさん達よりも、元々に加えてフカキョン吹き替えの所為で、メンヘラ具合が酷い事になっている白の女王アン・ハサウェイが素敵だったね、うん。一番アリスアリスしていたのはこの人だったと思う訳で、白無垢のお城が下に広がる満開の桜の木というイメージは、美しくも狂気一歩手前であり、個人的にはこういった部分をもっと押し出して欲しかった次第。やぁ、E:ヴォーパルソードにパンダースナッチ搭乗の勇者アリス対ジャバウォックなんて、その筋の人間からすればコテコテ、余りにコテコテの様相も嫌いじゃぁないですけど。

 と言う訳で、うぅん、ぶっちゃけそこまで強くお勧めは出来ないんだけれど、映像から伝わって来るセンスはやはり良いので、ティム好きならば観てもいいかな。今回、自分は吹き替え及び通常版で観たので、字幕の、3Dでもう一回観る事になるやもしれないね。
というネタは凄い既出な気がしつつ、ホットパンツは素晴らしい。属性的には修道服とかゴスロリとか黒タイツとかが好きと割に公言して来たが、ホットパンツもいける口。でもイケイケゴーゴーなお姉ちゃんなんかじゃなくて、我等のメフィスト閣下曰わくの、男なのか女なのか良く解らん子が履いているのがいいのだよね、フェチ的には。生地に包まれた、小さいというのも烏滸がましいお尻、ほっそりと棒の様に伸びる乱雑に焼けた両脚がね。身体の未成長、未分化という逆説的な完璧さと美貌を思わせ、私に、あの夏への扉を越えた先の我が生まれ月の黄昏に佇むミニヨンの幻視を与えてくれるのである。

……



ふぅ。

さて休憩終わったのでバイト再開してきまー
を冷凍カロリーメイトで再現出来るるとか言う話を小耳に挟んで実行して見たのだが、パキンとサク感だけ味わえて、肝心要のシャキ感が無かった。大分惜しい所まで来ているとは思うんだがね。そんな今日この頃。後は卒業生内でお別れ(?)会に行ったり、久方ぶりに酒と煙草とスマブラとワンダに溺れながら夜を過ごしたりと、ボヘミアンな感じで、まぁ案外と恙無く生きてます。何だかんだでっ。

 しかしBLAME!はまじ面白いですよ。今更だが。一巻読んで思わず大人買いしてから、何でこれをスルーしてたのかと後悔するレベル。何度目かという感じだが。そしてそもそも読むに至った理由が、ハルシオンランチの一コマなのは内緒。や、まぁ、前々から存在自体は知ってたんだけどね。

 内容としてはあれかな? 古き良きローグ型RPGのシステムを、SF的な解釈の中で、ストーリーと世界観に反映した感じ。物凄いストイックな作品であり、与えられる情報は極々僅かで、物語としての起伏も少ない。けれど、圧倒的な画力から描き出される構造物やガジェット、キャラと言った記号によって、言葉で表せない何かを浮かび上がらせて来る感覚。それはサイバーパンクの王道と言えば王道なのだけれど、絵によってここまで伝えてくるのは見事というより他なるまい。

 まぁ台無しの一言を言ってしまえば、ヒロインのシボさんがねぇ、いいんだよねぇ。サナカンもメンサーヴ様も好き(あ、プセル他珪素生物忘れてた)だけどさぁ、やっぱシボさんですよねぇ。行き成り腐乱死体で現れたと思ったら、主人公の二倍近い大きさの男前な御姉様になってピンチ救ったり、気付けばロリになったり、敵と融合したり、別の世界線からさらっともう一人出て来たり、実はスペア用意してたり、準ボス級の存在に変貌したり、素敵に異形な自動人形ボディに収まって見たり、妊娠したりと、人格をデータ化した存在であるとは言え、ここまでその性能を遺憾無く発揮し尽くし、幾つかにおいてはそれを凌駕したヒロインは居ないのでは無かろうか、いや居ないねっ(反語)。

 と言う訳で、やっぱり今更だけど、まだ読んでない人は是非に……あ、実はアンドソーオンの例の作品はまだ読んでないんですけれどパンチラですってね?
なる言葉があるそうな。

これがどういうものかと言えば、デスマーチ用語であり、眠くても仕事をせねばならぬ時に珈琲を飲み続けると、珈琲カフェインへの慣れ、体温上昇も兼ねて、珈琲を呑む時=眠い時と条件づけされ、珈琲呑む=眠い、と本末転倒な状態に陥ってしまう事なんだそうな。

理は最近どうもこの傾向にあり、寝る前に珈琲を呑むとうとうととなって、熟睡出来る様になったのだが、先程推定五百mg超えのステンレスカップにてくいっと二杯目の珈琲を一気飲みした結果、目元は眠いが頭はハイな状態になってバイト中なかなか大変だった。

が、しかしこれでまだまだ私は珈琲カフェイン中毒では無い事が証明された為、安心してがぶ飲みする事が出来ると思った次第。

さて休憩も終わったからバイトいこー。
 mintelさんの所でやっていたものを幾つかやってみんとす。

 文体診断ロゴーン

 五千文字以内の文章から自分の文体の硬軟等などを評価し、類似した作家とそうで無い作家を三位まで表示してくれるそうな。どうも五千文字以上で入力する事は出来る(何処から何処までがどの様に判定されているのかは解らないが)ので、上から順にオールドロマンサー、レプリカント、油圧式悪魔、ベルトランス、アモンクロックと判定して貰った(長くなったので結果自体は追記=後述)。

 ざっと見た感じ、言えるのは、

1.(二人称口語体で書いたレプリカント以外の)表現力高評価と硬さ低評価の鉄板さよ。

2.どんだけ俺は岡倉天心と水が合わないのだろう。


 という所だろうか。そしてアモンクロックは良い感想貰っているだけあって、バランス良く高いな、やはり。硬軟の低評価を抜かして……まぁなぁに、硬い煎餅だって美味いじゃないの、珈琲にも合うよー。

 それから、こちらもついでに、ぽんと。

 サドマゾ - SM性格相性診断

 言葉は不要か(ジョージ)。私の結果はこんな感じに。

木野目 理兵衛さんの診断結果 カリスマひどいM

教祖的存在かもしません。

サド度 34 %
マゾ度 66 %
変態度 51 %

性格
類まれなセンスと感覚を持っており、自分の世界観を持っています。あまり余計なことは考えずに勢いで行動して、思いもよらない結果になることが日常茶飯事でしょう。やや非常識なところがあり、危なっかしいところも持ち合わせています。神経質な部分があり、木野目 理兵衛さんの感覚の違いが誤解を生むこともよくあります。時代の流れを掴むのが得意で、周りの人に影響を与える存在です。

仕事 サド度 40%UP
 自分の身は自分で守るという意識が強いため、利益に関わることはリーダーになることも出来ます。抜群の感覚をもっており、自分の慣れた環境ではさらに力を発揮します。論理的に物事を考えるのが苦手で、ノリと勢いで問題を解決していきます。自分の利益に関しては抜け目がなく腹黒いところがあります。うまいこと相手の機嫌をとって問題を切り抜けていきます。

恋愛
木野目 理兵衛さんは自分の感覚を理解できる女性じゃないと自分が理解されないと感じており、本気の相手選びには苦労します。比較的常識に捕らわれない恋愛観を持ち、多少の不道徳も問題ないことがしばしばあります。若干考えすぎの部分があり、相手との感覚の違いに戸惑うことがよくあります。また金の切れ目が縁の切れ目となりやすいので、細かいやり取りでも適当にならないことが大事といえます。


 まぁ……ありなんじゃないか?(水没) 自分で言うのも何だけれど、教祖より司教辺りがいいんですけどね。アッシュ、クリア可能に見えて(ry) しかしカリスマ酷いという日本語を始めて聞いたな、おい。

 ここからはロゴーンの結果なので、見なくてもいいですよ?
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 昨日はバイトも休みという事で、元・文系大学生、現・文系フリーターならば読んでおかねばならぬとかねがね思っていた、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を、丸一日掛けて読了する。まぁヴォネガット先生曰くの、亜米利加人がペル・メルという発音でポール・モールを呑むのと同じ考えもあったがね。肺ガンは、体の良い自殺、と。ドグマグを読んだ俺も、これで何時何時発狂しても問題無くなった訳である。

 冗談はさて置くとして、しかし今作、期待していた狂気、恐怖は然程感じられなかった。余りに饒舌過ぎる語り口は、世界に没入させるより寧ろそれを拒絶する様に感じられてしまい、その意味では少々肩透かしを食らってしまった。発狂の噂はそれこそ体の良いキャッチフレーズであるから無視するにしても、受けていた印象としては近代日本文学版ネクロノミコン的なものだったのであるが。

 そういえば、以前親父殿から今作を借り受けようとした時、「ドグマグよりもこっちの方が面白いから」と言って『少女地獄』の方を差し出されたのだが、その意図が何と無く解った気もする。

 ただその分、冗長なまでに理知的な言葉で練り込まれた、用意周到且つ底意地の悪い迷路世界を愉しむ事が出来たかな。何が底意地の悪いと言えば、この迷路の構造か。出口の無い迷路なんてものは、実体化した幻影並みに有り触れたもので新鮮味も何も無いのだけれど、入り口の無い迷路などという代物は、始めて見たかもしれん。

 出口の方は寧ろしっかりとあって、ご親切にもそこまでの道順はちゃんと示唆されているのだよね――正直な話、物語の一応の開始時点で、何の疑念も抱かずに直ぐ隣へ行ければ、そのまま抜け出せたのではと思う、二人の博士が違う言葉でそう予告している様に――が、そこへ行く為には入り口の在り処を思い出さねばならず、そして元来た道を辿り、これまで何をして来たかを理解すれば理解する程、出口へ行く事は出来なくなり、そこで自らを手に掛けるか、再び奔走を始めるか……どちらにせよ朽ち果てる他無く、しかも用意のいい事に、実はまだ迷路に入ってすらおらず、故に入り口も出口も未だ無くて、これから再び、もう一度、正に悪夢的な迷路の中を、出口求めて彷徨わねばならない、だが出口へ至るには……そういう可能性も予め提示されているのである。

 この何もかもが曖昧模糊とした感覚は何とも日本的だね……恐らく、神をも恐れぬ不退転の自我を持ってすれば、脱出可能な迷路だろうに、それを保つ事が容易では無い……寧ろ確固たる自己なるもののアンチテーゼであり、そう言ったものが通用しないという意味では、成る程、確かに今作は恐怖であり、狂気であるかもしれない。

「アアッ……お父オさァ――ン……お母アさ――ン……」

 しかし、にも関わらず、不快を覚えずに、どころか切なくも物悲しい気持ちにさせたのは、迷路を形作っている一端が血縁、肉親という、条理、道理を超えた先の、切っても切り離せぬ関係にあるからだろうか――この辺りもまた日本的と思わせるが――終盤、全てを理解する事は誰にも出来ないという事を含めて全てを理解した『私』が、感極まる様に叫んだ上の台詞が最も印象的で、心に残っている。
 気を紛らわそうと気紛れを起こして、去年結局受けなかった警察官の説明会に出向いた所、バイト先の後輩に出くわす。嗚呼そういえば今年そうだったものなぁ、と思いつつ、何ともやる瀬無い気持ちになった、初春の曇り空よ。Guten Tag,理である。まぁそも気紛れ起こす気が、朝目覚めたら消えていたから、いいんだけどね。本当、何故当日になってやる気というのは減退するのだろうか、不思議である。

 ともあれ、午後からは暇なので、だらだらとネタを練る事にしんとす……ネタを練ってもストーリにしなければ、話にならないんですけどね、文字通り。いや本当、何かこんな話を、ってのがあれば、お教え願いたいです、まじでまじで。色々出て来るんだけど、さっぱりまとまりゃしない……
 真・北斗無双……真・仮面ライダーディケイド……。

 いやぁ、大人の事情とか、本家あってこそとか、色々あるのは解るんだけどさ……。

 ただ、そういうの抜きの感想として、作品に取っての音の重要さを再認識した。

 ゲームで言えば個人的にはやはり『ワンダと巨像』が思い出されるのだが、声もそうなんだけど、それだけじゃなくて、BGMにSE、こういう所で手を抜いちゃいけないよね。人間は、目を通して情報の大半を得るそうだけれど、逆に言えばそれだけが全てじゃ無く、また必ずしも重要とは限らない。

 総合芸術ならば、眼だけで無く、耳もまた満足させて欲しい次第。
 昨日(もう一昨日だが)は、嘘を着いても良い日であり、嘘を着かなくてはならない日では無い為、まぁ皆がどんな嘘を着くだろうかとwktkしながら待ち構えており、自分からは決して嘘を着かなかったよ。普段嘘ばっかり着いてるから、こういう日位あっていいじゃないかい。本当だよ。嘘じゃないよ。

 所でこの前初めて知ったのだが、エイプリルフール(日本語だと万愚節と称すそうな。ひゅーかっくいー)は仏蘭西発祥らしく、また仏蘭西語だとの事を、『四月の魚』(poisson d'avril)と呼ぶそうな。

 調べたら、色々と由来が紹介されていたのだけれど、これがまたなかなか面白い。エスプリ、とはちょっと違う気もするけれど(そういえば以前語った仏蘭西語会話も、エスプ、リ? という感じだったが、あれもあれで)これはこれで仏蘭西流の良い冗句だと頷ける事請け合いである。それ自体が嘘なんじゃないのかと勘繰りたくなる程度には、良く出来た話だ。

 まぁ万愚節の逸話の真偽を疑うとは、これ程諧謔味の解らぬ事も無いだろう。それい、そもそも嘘か真かなんて別に構うものでもあるまい……伝統ある青使いならば、尚更に。
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