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 SoundHorizonが5thアルバム『ROMAN』が発売されてもう大分立つ。

 色々な人の考察を見て、幾度もROMANを聞いて、一つの結論に達したのでここに記述する。

 言わずもがなであるが、これは自分の解釈の一つ。何かあればその意見を聞きたい所だ。

 では、始めようか。
■『ROMAN』と言う名の物語
 最初に語るべきは、この物語の概要であろう。

 確かに、集められた十一(+二)の曲にはそれぞれ個々に意味がある。だが、それが一つの地平線=物語=CD集められた理由がある筈であり、まずはそれを語るべきだ。

 そして、その答えは一番目の曲『朝と夜の物語』にあると自分は考える。物語の始まりとして、オープニングであるこの曲は、物語全体を読み取る為にも必要であり、以後何かある度にここを参照にするのでそのつもりで聞いて頂きたい。

 さて、『朝と夜の物語』を歌うのは、歌詞カードを見ればHiver Laurant(イヴェール ローラン)とある。CDのあちこちにイヴェール乃至ローランと言う名前(とそれらを含む名前)が多々見られる事、『朝と夜の物語』に、

 右手に死を 左手に生を 傾かざる 冬の天秤

 と言うじまんぐ氏によるナレーションがある事、そしてHiverが仏蘭西語で『冬』を示す事から、歌い手が彼=HIver Laurant=(歌詞から)ジャケット絵の青年であるのは確定だ。

 このHiver Laurantは『僕が生まれてくるに至る物語』を探しており、従者らしい『菫の姫君』と『紫陽花の姫君』に自らの代わりに探してくれと言う。二人の姫君は了承し、『廻り行く何の地平』に向けてロマン(物語)を探しに行く。

 彼女達が巡った地平こそが、この曲の後に続く曲である。正しく、

 其処にロマンは在るのだろうか/かしら

 つまりは、このロマンを探す物語こそが、『ROMAN』であるのだ。

 恐らく誰もがそんな事は解っていると思うだろう。

 けれど、大前提としてまずこれがある事を忘れてはなるまい。

■集められた十曲と地平線に散らばるHiver Laurant
 ではロマンを探す二人の姫君は、如何にして残りの十曲を選定したのか。

 まず一つはそれが『朝と夜の物語』=生と死に関わる物語であるかどうか、だろう。どの曲もどの曲も、登場人物達は生と死の相反する概念に遭遇している。

 『朝と夜の物語』にて、Hiver Laurantはこう歌っている。

 此れは―― 生まれて来る前に 死んで行く僕の物語…

 嗚呼…僕達はもう逢えなくても 現在を生きて往く《物語》


 前半の歌詞から、彼は死産であった赤子か、出産するも直ぐに死んだ赤子である可能性が高い。その所からして、彼が生死の物語から自らが生まれて来るに至る物語を探すのは妥当だ。

 今一つ、姫君達の選定理由を上げるとするならば、先程も触れた『ROMAN』の至る所に現れる、Hiver或いはLaurant、それに近しい名前を持つ登場人物が出ている物語では無かろうか。

 殆どの曲にはこのどちらかの名を冠する登場人物が出てくる。出て来ない曲の場合でも、出て来る曲の人物と繋がりがある様な歌われ方をしている登場人物が出て来る。

 これらの人物は、赤子のまま死んだHiver Laurantの成長した姿の可能性では無かろうか。

 壊れた人形 骸の男 時を騙る《幻想》の物語

 ともある。これはアナザーロマンのジャケット絵とも合致する。

 『生まれて来る前に死んで行く』と歌う彼の姿はどう見ても青年である。これは、死んだ赤子が生きて成長した姿であろう。『傾かざる冬の天秤』=既に生死を超越した超常的存在たる彼にとってはそれが光に満ちた生でも闇に溢れた死でも関係無くただ生まれてくるに至る可能性のある物語、同じ名前と同じ境遇にある者達の物語、これが『ROMAN』に歌われる十曲では無かろうか。

■焔
 所でHiver Laurantであるが、彼を思わせる人物が出て来る曲がある。二番目の『焔』だ。

 この曲には、HiverもLaurantも出て来ない。が、それ以上に重要な存在が現れる。『双児の人形』だ。同時に、この曲ではこうも歌っている。

 歓びに揺れたのは《紫色の花》 哀しみに濡れたのは《水色の花》

 ここからして、この『双児の人形』が『壊れた人形』=『紫色の花』=『菫の姫君』、『水色の花』=『紫陽花の姫君』であるのは明白であり、彼女達と共に埋葬された『目覚めぬ君』=Hiver Laurantだと思われる。

 だから厳密に言うと、上の十曲と言うのは九曲である。『焔』と言う言葉が象徴的に各曲の歌詞に出ている事も含めて、この曲もまた『朝と夜の物語』と共に、物語の最初を飾るオープニングであると言えるだろう。

 尚、『双児の人形』『Hiver』が出て来る曲がもう一つある。『呪われし宝石』だ。ただここの『Hiver』は既に成人している。また『双児の人形』に見た目の描写は無く、その事から兄と妹が双児である可能性もある事からして、彼は違うだろう。

■黄昏の賢者 その正体
 オープニングがあるのならば、エンディングがある。『黄昏の賢者』『十一文字の伝言』だ。

 前者では『ROMAN』の各曲のタイトル及び過去の地平線=CDのタイトルが歌詞として使われており、後者でもHiver Laurantが探していた『僕が生まれてくるに至る物語』を思わせる歌詞と、各曲に隠された暗号によって現れる伝言が存在する。『ROMAN』の地平線=曲が綴る物語の枠を超えていると言う意味で、『朝と夜の物語』『焔』と対になる。

 さて、この『黄昏の賢者』とは如何なる者であろうか。

 『朝と夜の物語』の中で、そのどちらでも無い『黄昏』の名を冠する者。まるで警告する様に彼が言う『暗号』の先に辿り付く『女王』=『殺戮の舞台女優』ミシェルらしき女性が支配すると言う『Yaneuraroman』=行き止まり。若本声の人物に『クリストフ』と呼ばれた事と合わせて、『檻の中の花』で最後に出て来た人物、『クリストフ・ジャン・ジャック・サン・ローラン』と思われる彼。

 これは推測所か妄想…まぁ何時もなのだが…入っているので、話半分に聞いて貰いたい。

 自分は、彼こそミシェルが『Yaneuraroman』で生み出した『Hiver』では無いかと思う。

 『Yaneuraroman』でのじまんぐ氏を、この地平にまで辿り着かせた人物である『黄昏の賢者』とするのは容易い。そうした場合、ここでの彼の言動は警告を伴う忠告に聞こえる。彷徨い来てしまった二人の歌姫達に向けて言う様に。

 そうなると問題なのは、何故ミシェルが彼を生み出したのか。そして何故行き止まりなのかだ。

 ここで話は『檻の中の花』になるが、あの中で賢者=クリストフはどの様な人物だっただろう。

 彼は、『干乾びた様な老婆』ミシェルについて解説している。『彼女は自らを閉じ込める狭い檻の中から抜け出したかった』『その願望は生涯叶う事は無かった』そして、『我々もまた彼女と同じ檻の中にいる』と。

 では、『檻』とは何であるか。

 この曲のみであれば、それは『性別』であると言う考察が成されているを見た事があり、成る程と思ったものであるが、『ROMAN』及び同じ名を冠する『檻の中の遊戯』を聞くと、彼女が抜け出したかった『檻』とは『劇場』=『幻想』=『物語』では無かろうか。

 『檻の中の遊戯』の人物は過去に恋した少女の幻想に囚われていた。まだ聞いていないが、『屋根裏の少女』も幻想を現実に出来、そして消えていったと言う。『十一』の次の『素数』である忌避された『十三』人の少年を吸血鬼の様に殺したミシェルも、同様に『檻の中の花』の物語から消えた。

 そのミシェルの名を冠する『呪われし宝石』ではこうある。

 厳格なる幻喪 傳かざる矜持 死神さえも 腕 の中

 『彼女』こそが女王 抗う者は皆無 檻の外へは逃がさない……


 ここでミシェルが『物語』の外に行き、全てを支配する『屋根裏の少女』とするのは突飛だろうか。
 
 ならば、この事とクリストフの『解説』そこに何の意味があるのか。

 逆にクリストフがいない場合、この『物語』はどうなっただろうか。

 ミシェルは十三人の少年達を殺し、老婆となって共に死んだ。これだけならば、ただ単に迷宮入りの怪奇殺人で終わる。そこから先の事はクリストフが居て初めて解るのである。

 『シュレディンガーの猫』と言うものがある。物理学の知識が無い自分が簡潔に解説すると、箱の中の猫は箱を開けない限りどうなっているのか解らない、『観測者』がいなければ事実は決定しないと言う話だ。

 ミシェルが『檻』=『物語』から抜け出した場合、それを知る『観測者』は居まい。何故ならば、彼女は『檻』の外に居るのだから。『檻』の中に居たミシェルを知る者達が、どうしてその事実を『観測』する事が出来るだろうか。

 もし出来る人物が居れば、それは彼女と同様の存在として生まれた者=『折り重なって死んだ十三人の少年達』の命を使って生み出された存在=Hiver=クリストフ・ジャン・ジャック・サン・ローランだけだろう。

 その彼女がまだ尚『檻の中に居る』と言うのは、彼女とクリストフを総括する更なる『観測者』が居るからだ。つまり『檻の中の花』を聞く者=『我々』である。『檻』=『物語』の外に出たとしても結局はそれも『物語』なのだ。語られなければ事実は規定されない以上、それはどうしようも無い。『生涯叶う事』は無いのである。

 ただ、その『我々』も、誰かの『檻』の中に居るのだろうがな。

 さて、ここからは何故『行き止まり』なのか、の話だ。

 そこでもう一つ、『呪われし宝石』から引用しよう。

 廻り巡る情景 色鮮やかな幻夢 喪うまでは逃がさない……

 重要なのはこの後半部分だ。かつてこれと同じ事を言った『永遠の少年』はこうとも言った。

 君はさぁ…自分ひとりで生きてるつもりなんだろうけど…

 君が生きる為にどれだけの命が奪われるのか知ってるかい?

 そして…それはこれからも続いてゆく物語…

 気持ち悪いよね...それって凄く気持ち悪いよね?


 『十三人』の少年の命を奪って生まれた『Hiver』

 ただ『ミシェル』の『観測者』として生まれた『Hiver』

 其処にHiver Laurantが『生まれてくるに至る』物語、或いは何処かに繋がる物語が在るだろうか。

 恐らく無いからこそ、そこは『行き止まり』なのだろう。

 こうすると、自ずと『Hiver Laurant』が呟いた問いの答えも出る。

 嘘を付いたのは誰と誰と誰と誰と……

 この言葉が、『三つ目のボーナストラック』を指し示す『暗号』を言うので無ければ、物語として繋がらない嘘が存在すると言う事である。それは何処か。恐らくはこの部分だろう。『黄昏の賢者』の

 君が来た朝を後悔するなら…更なる痛みを産むべきではない…

 君が行く夜を肯定するなら…その子もまた《人生》を愛すだろう…


 そして今ひとつ。『十一文字の伝言』の

 アナタを産んだのが…誰であれ…

 本質は変わらない…何一つ…


 『ミシェル』の如き人物から生まれたとして、果たして『本質』は変わらないだろうか。

■物語を口吟む”君”
 ここまで長々と語ってきた自分であるが、一つとても重要な事を言わないでいる。何故ならば、それこそが、この『ROMAN』と言う物語の、最も重要な事だからだ。即ち、

 何故『Hiver Laurant』は自らが『生まれてくるに至る物語』を探しているのか、だ。

 朝と夜は繰り返す、である。ここで再び『朝と夜の物語』に戻ろう。その答えはちゃんと出ている。

 ――謡い続けよう → 君が迷わぬように……

 彼は『君』の為に幾度も幾度も繰り返し『物語』を探している。

 ならば、この『君』とは誰なのだろうか。

 歌として考えれば、これは普遍的な意味で聞き手である『我々』だ。最後の『十一文字の伝言』が特定の誰かでは無く、ただ子を想う母親の物語であるのは、我々が『迷わぬように』ROMANが詠われた物語だからであろう。

 だが、どうもそれだけでは無い気がする。

 そこで、もう一つのオープニングである『焔』の最後の部分を思い出そう。

 懐かしき調べ 其れは誰の唇か――

 嗚呼…《物語》を詩うのは……


 これと同じ様なフレーズを目にした覚えは無いだろうか。

 そう、『少年は剣を…』の最後の部分である。

 《5th ROMAN『少年』が口吟むは『洋琴』の詩……》

 ここから自分は『少年』こそ『Hiver Laurant』かと思ったが、それは違った。

 彼は寧ろ、『見えざる腕』にて赤髪のLaurantに復讐した男『Lurencin』である様だ。

 さてこの『少年』であるが、その見た目や収録された曲の歌詞からルキアの息子乃至血縁者では無いかと噂されていた。曲の方はタイアップである為何処まで関わるかは不明であるけれど、『クロニカ』を言及している歌詞がある為全く無関係ではあるまい。

 そこによれば、『少年』は『白き翼』を背に、『黒き剣』を手に取る事を述べられていた。またクロニカ=『黒の予言書』には囚われぬ運命にあると取れる風に詠われている。

 しかし、

 狂おしい《季節》を経て…少年の《時》は流転する…

 この言葉が付けられたROMANにおける『緋色の風車』の少年が成長したと思しき男『Laurencin』は果たして、『少年は剣を…』で詠われる様な人間であっただろうか。

 確かに『黒き剣』は手に取った。だが『白き翼』が背にあるだろうか。それこそ、『黒の予言書』を崇拝する『黒の教団』が唱えていた争いの理念に囚われている風に思える。また『呪われし宝石』で同名の人物は、ただの宝石泥棒であった。

 そして、『焔』この物語は、詳しくは解らないが、戦争があり子が亡くなった様である。『少年は剣を…』 の『神々が愛した楽園』と符合するのでは無かろうか。

 『少年は剣を…』で詠われる少年が全て同一であるかは解らない。が、もし仮にそうするとして、『焔』から緋色の風車』を経て『見えざる腕』に至った少年=Laurencinこそが『君』では無いか、と自分は思うのである。

 迷ってしまった彼へ、『焔』の折…ここに少年も居たのだろう…死んでしまい、このまま生きていたら愛を受けて成長した自らが『生まれてくるに至る物語』を、或いはそう成りたい地平を探すLaurantが贈る物語。それが『ROMAN』では無いか。

 勿論これはそう取れる、と言うだけの話であるが、だが、『少年は剣を…』でああまで歌われた彼が、堕ちてLaurencinの如き人物となる可能性があるのは余りに悲惨では無いか。それがルキアの息子かもしれぬならば、悲劇は増すばかりである。

 『少年は剣を…』で三つの中央であった『緋色の風車』が、『ROMAN』でも同様に朝と夜の二つの地平線を示す十一曲の中で中央であった事。緋色=『焔』の色、そして『風車』と言うCDの各曲に使われている言葉を関したタイトルである事、そして希望的観測を含めて、そうであると自分は考える。

 『終端の王~』でも、この様に詠われている。

 嗚呼…希望も絶望も両手で抱きしめて →

 それでこそ → 少年は大きく翔たくだろう


 以上。長々と語ったが、自分の『ROMAN』考察をこれにて終了する。

 再三言うけれど、これはあくまで解釈だし、間違いも多々あるだろう。細かい部分で見落としている所もまた然りである。そう言った部分を指摘してくれると嬉しい限りだ。
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