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2006.12.23 Der Tod in Venedig
 ついに ねんがんの ヴェニスに死す をみたぞ。大学の一室にて。
 正に素晴らしいの一言である。

 トーマス・マンの原作では、北方的な老作家グスタフ・アッシェンヴァッハが南方的な美少年タッジオに惹かれ恋すると言う話の中に若さと老い、美と醜、理性と感性を対比させ、その恋が最終的に何の進展も無くタッジオによって翻弄される形でグスタフが死ぬ終わるラストは、相反する概念に属する者がもう片方の者を求めても決して手に入らぬと言う悲劇であると同時に、理性は感性に勝てなかったがそれもまた良しと思える美しい最期で、実に感慨深かった。

 映画だと、両性愛者である伊太利亜の監督ルキノ・ヴィスコンティの作風だろう。観念的概念的な相反する存在の悲劇から、老人と少年の同姓故の悲恋に焦点(マンでもそう言う部分は確かにあったが、それ程露骨には感じなかった)が置かれていた。

 この『耽美』と言うのがこの映画を示すに相応しい言葉で、その一つ一つのシーンの何と美しい事。

 特筆すべきはタッジオを演じたビョルン・アンドレセンである。男の自分が言うのも何だが美形である。いや男性、女性を超えて兎に角美しい。怖気がする程、とはこう言う事を言うのだろう。原作で受けた印象そのものの美しさである。グスタフを好演するダーク・ボガードとの無言での劇は素晴らしかった

 何よりもラスト。タッジオに恋する余り、かつて自らが嫌悪した酔っ払いと同様に若作りの化粧をしたグスタフが、伝染病で朦朧とする意識と、太陽に焼かれて仮面が剥がれる様に堕ちて行く化粧の中、波間を歩くタッジオを見ながら息絶えるシーンは、その美しい音楽と相俟って圧巻である。

 彼は完全な素人であり、ヴィスコンティが何千人の中から見つけて来たそうだが、本当に良くぞ見つけて来たと感心するばかりである。そして、『彼の目に狂いは無かった』

 そんな彼も、今年で51歳な訳で、流石に現在の姿は美とは言い難い。確かに、それなりに格好良くはあるが。これは、往年のオードリー・ヘップバーンや、州知事後のシュワちゃんを見た衝撃と同じだろう。

 とは言え、フィルムの中では永遠に16歳の姿であるがな。

 ビョルン・アンドレセンの事ばかり書いたが、この映画は名作である。原作と共に是非見る事を薦める。
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