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2006.12.31 秘事
 冬だと言うのに花と草で溢れる場所があった。
 銀誓館学園の片隅にある温室。
 普段は閑散たるその場所は今、集まった生徒達のざわめきに満ち溢れている。
 今日は12月24日。クリスマスイヴであり、ここはそのパーティ会場である。
 宗教心等持たない日本人にとっては、騒げる口実が出来た事が喜ばしいらしい。
 酒は駄目だが無礼講と、会場内では至る所から歓喜の叫びが響き渡っている。
 そんな所であえて静けさを守る様に中心から離れ、壁際にもたれる青年が一人。
 上品な黒いスーツに、派手な紫色のYシャツ。
 ネクタイはつけず、胸ボタンを上から数個外したラフな格好。
 やや痛んでいるが、さらりと流れる様な黒髪は、切れ長の黒い瞳にまで達している。
 彼の傍らには真っ赤な薔薇が置かれており、彼の両の手には絵本が収まっていた。
 ルールローゼの絵空事。
 古風ながら華麗な碧の装飾が施された絵本を、彼は熱心に読んでいる。
 その見目は丹精で整っており、2,3人程女子生徒が声を掛けるも、彼は無視。
 怒って帰って行く彼女達をちらりとも見ず、彼はただ絵本を読んでいる。
 そこまで魅せる内容かと言えば、さて、どうであろうか。
 少なくとも、お世辞でクリスマスに相応しい内容とはいえないものと見受けられた。
 元より、青年は絵本など読んではいなかった。
 良く見れば解るが、彼は同じ頁を、捲っては返し、返しては捲りと読み続けている。
 ぺらり……
 ぺらり……
 ぺらり……
 ぺらり……
 ぺらり……
 内容が理解出来ないからだとか、気に入ったからだとか言うものでは無い。
 既に何十、下手すれば百に及ぶ回数で、彼はその仕草を機械的に繰り返している。
 幾度も捲り返すその仕草は、まるで誰かを待っているかの様な。
 或いは恋する乙女が花びらに運命を託している姿にすら見えた。
 好き……
 嫌い……
 好き……
 嫌い……
 好き……
 はた、とその手が止まる。
 眼の隅に、こつんと止まる一足の靴。
 青年は絵本から目を離し、じっとその上を見ていった。
 ほっそりと伸びる足が履いているのは黒のパンツ。
 折れてしまいそうな程に細い体を包んでいるのは白黒ボーダーのセーター。
 セーターの上からは、丁寧に着こなされた黒いジャケットを羽織っている。
 さらに見上げれば、青年の黒い瞳に淡い白金の髪を持つ美貌の少年の顔が映った。
「お待たせ。待った、かな?」
 少し背中を傾けて、彼は大きく開かれた灰色の瞳を見上げる様に青年に向けた。
 仏蘭西か、何処か欧州からやってきた姿に見えるが、正確な日本語である。
「いや。今来た所さ。独逸人は時間にコンマ単位で正確でな。」
 ふ、っと唇を吊り上げながら、青年はぱたりと絵本を閉じた。
 かく言う青年は、決して独逸語でも、かの言語特有のアクセントでも無かったが。
「ふーん、でも君、日本人でしょ。」
 くすりと笑った少年の笑みは、意地悪くも楽しげなものが宿っている。
「何、生まれは独逸だよ。」
 吊り上げた唇をさらに吊り上げ、青年はくしゃりと少年の白金の髪に手を伸ばした。
「ぁ。」
 少年の薄い唇から少しの驚きと、多くの喜びが篭った声が漏れる。
 しゃらしゃらと撫でられる白金の髪は西洋人らしく巻きが掛かっており、撫でる度に青年の手に絡みつく。それでいて一本一本はすべらかであり、絡みついた髪は名残惜しくもその感触を残しながら、さらりと指の間を流れてゆく。
「……ねぇ……皆見てるんだけど。」
 黙って撫でられていた少年が、白い頬を桃色に変えながら口を開いた。
 青年と少年と言う組み合わせだからだろう。
 周囲の人々は、奇異と感嘆が混じった視線を送っていた。
「閑人め……まぁ、そうだな。見せ付けるのも良くない。」
 青年はそう言うと、髪から手を離した。
 傍らに置いてあった花束を右手に、絵本を左手に持つ。
 そしてその左腕を、少年の肩に回した。
「ん……結局見せ付けてない?」
 赤面させながらも拒む事無く、少年は寄り添う様にその体をくっつけた。
「気の所為さ。」
 そう言って笑いながら、青年は一歩脚を踏み出した。少年もそれに続く。
 二人は、草花溢れる中を、男女の視線が交差する中を、悠然と歩いて行く。
 まるで御伽の国の王子と姫の様に。
 やがて二人が辿り着いたのは、中央に座する赤い薔薇で作られたアーチだ。
 すっと潜りながら、青年は振り向き、群集に向けてにしゃりと笑う。
 そしてその左手を口元へ、人差し指を立てながら、ゆっくりと唇に当てる。
 唇から離すと、今度はその人差し指でアーチに付けられたプレートを指した。
 そこには、こう書かれている。

【薔薇の下での話は二人だけの秘密】

 指し終えた彼は、左手と共に絵本を胸に、花束を右肩に掛けながら、優雅に一礼。
 くるりと背を向けると少年の元へ、観衆のざわめきを背後に歩き去って行った。
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