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2007.01.20 素顔
 紅かった。
 何が。
 世界がだ。
 それは朝焼けか、夕焼けか。
 どちらかかは定かでは無い。
 何故。あるべき太陽が無いから。
 空は空として、雲は雲として、大地は大地として。
 在るべき『光源』が無いにも関わらず、黄昏に染まっている。
 そして何処までも続く地平には、幾多の柱と壁。
 塩の塊。
 或いは砂の。
 若しくは灰の。
 形容すべき素材は大体にしてその様な所。
 つまりは白く細かい何かで出来ていた。
 その柱に壁は、元はさて、何だっただろうか。
 立っているものもあれば。
 倒れているものもある。
 そこに何らかの法則性を見出すならば、家、と言う所か。
 それが無数。
 数限りなく、何処までも続いている。
 聖書に言を求めれば、ソドムとゴモラに見えなくも無い。
 歴史に目を向ければ、滅び去ったボンベイの町並みが跡にも思える。
 要するに、滅び去って等しいと言う事である。
 生物は、いない。
 人等論外。
 そもそも動くものからして雲以外に存在しない。
 いや違う。
 雲間にちらりと何かが見えた。
 銀の閃光。
 ちらり、ちらり。
 幾つも輝いて見える。
 星だろうか。
 こんなに明るいと言うのに?
 それに見てみろ。
 ちらり、ちらり、ちらり、ちらり、ちらり。
 雲の隙間から何度も光るそれは、嗚呼、こちらに降ってくるじゃないか。
 流れ星なら浪漫があるさ。
 だが頬に当たったそれは、現実的な冷たさだけを寄越して来た。
 雨だった。
 ちょろりと毀れて唇に垂れた銀色の雫をぺろりと舐める。
 味はしない。
 当然だ。
 ただの水だからな。
 本当に?
 水銀みたいに銀ぎら銀なのに。
 ただの水な訳ないじゃないか。
 それに見ろ。
 銀の雨は、何処から振っている?
 雲の間だ。
 つまりは、遥か空の彼方から、だ。
 そんな雨等あるわけない。
 だが、だとしたら、それは一体何だと言うんだ。
 さぁ知った事か。
 ただ雨である以上、恵みであるには違いない。
 ほぅら、周りを見ろよ。
 にょきにょきと生えてるじゃないか。
 野菜かい。
 違うよ、人間さ。
 にょきにょき、にょきにょき、にょきにょき。
 塩の柱に影から。
 茸みたいに溢れてくる。
 次から次に。
 よく見たら、他の動物もいるぞ。
 ここは街だと思ったが。
 どうやら畑であったらしい。
 周りにあったのはきっと肥料だったんだ。
 いやいやいやいや。
 植物みたいに生まれてくるだって?
 そんな動物は動物じゃない。
 それによぉく目を凝らせ。
 あれの何処が人間だ。
 胎児って言うのはもっとぴちぴちしてるもんさ。
 だけどあいつらと来たらっ。
 生まれた時からよぼよぼだ。
 全身余す事無く腐ってやがる。
 まるでチーズだっ。
 じゃぁ、ありゃ一体何なんだ。
 そんな事等知る訳ゃ無い。
 それもそうだ、と言っている間に。
 奴等の目玉がこちらを向いた。
 質の悪いビードロの眼では、俺もどうやら肥料らしい。
 ぞろぞろ、ぞろぞろ、ぞろぞろ。
 押し寄せて来る姿に吐き気を催す。
 さっさと逃げねば命が危うい。
 と思って漸く気付いた。
 さっき書いたじゃないか。
 生物は、いない。
 人等論外。
 では。
 それを肯定して。
 さらに否定して。
 傍観しながら。
 観察しながら。
 その様を。
 たった一人で
 語っていた。
 この俺は。
 首から下がすっぽりと無く。
 幾多の手に押し遣られ。
 流されて。
 付いた先に居たのは。
 押し潰されたトマトと。
 はちきれんばかりのヴルストで。
 すぐにそれが俺の両親だと解った俺は。
 一つ、齧って味見して見た。
 葡萄酒にも似た。
 血の味がした。





「……っ、ふはぁ!!!!」
 音を立てて息を吸い込みながら、塩森暁徒はがばりと飛び上がった。
 物に溢れた乱雑な部屋の、真ん中に置かれたソファーの上で、体を起こす。
 壊れたラジオの如く、息が荒い。
 タンクトップのみを纏った上半身からは、湯気立つ様な汗が滴っている。
 無意識だろう、その右手には『魔王』を封じ込めたイグニッションカードが強く握られていた。
 カーテンの隙間から差し込む夕日に照らされた顔は、完全に強張り、不自然な呼吸に合わせて上下していた。
「……はぁっ……はぁっ……。」
 気を落ち着かせようと、左胸を抑えながら数度息を吐く。
 言う事を聞かない心臓は何度も高鳴り続けたが、暫くして漸く止まった。
 はぁと一段大きなため息を零しながら、頬を拭う暁徒は、ふとある事に気が付いた。
「……つけたまま寝ちまってたか。」
 そう言いつつ、彼はカードを脇に退けながら、鼻先に手を伸ばした。
 そこにちょんと乗っていた紅い眼鏡を手に取り、指で軽く弄る。
 やれやれ、と首を横に振った彼は、眼鏡を無造作に床の上に置くと、隅に干してあったタオルを手に部屋を出た。

 さっと流れ落ちる幾千万幾千億が湯の雫が肌に当たる。
 シャワーと言うのは、風呂とはまた別に心地良いものだ。
「……はぁ……。」
 暁徒は、頭から湯を被り、全身に張り付いた寝汗を流して行く。
 嫌な夢を見た。
 突拍子も無い様で、その実意味は通っている。
 見た理由は解っていた。
 夕日と言う時刻に、あの眼鏡をして寝ていたからだ。
 親父とお袋が死んだ、いや、殺されたあの時と同じ色の世界を、レンズ越しに見せる紅い眼鏡。
 いや、元より眼鏡はその為に掛けているのだった。
 忌まわしいあの瞬間を、決して忘れえぬ為の記憶装置。
 それを付けると言う事は、また彼にとって仇と戦う為の意思を示していた。
 ただ、それがあの様な光景を再び、それも歪んだ形で呼ぶ事となるとは。
 ワックスが流れ落ち、だらりと下がった髪の毛をそのままに、暁徒は鏡の曇りを擦った。
 曇りが取れて鏡が映し出したのは、十六歳と言う年齢に相応しい少年の顔。
 ぎちりと歯軋りが響く。
 若いとは幼いと言う事だ。
 助ける事も護る事も何も出来ぬ、弱い時分。
 力が欲しかった。
 だから、少しでも年長に見せる為、親父と同じ様に髪を挙げた。
 掛けているサングラスも、レンズ以外は親父と同じものだ
 口を開けば、真実よりも冗談の方が多く飛び出す様心掛けた。
 少しでも多くの敵を打てる様に、日頃の鍛錬は怠っていない。
 だが、そんな上っ面だけの仮面を洗い流して見れば、鏡に映っている自分は何だ。
 ちょっとした悪夢に動揺して跳ね起きて、この様だ。
 全く持って、
「……まだまだ、だな。」
 一人ごちに呟くと、暁徒はきゅっと蛇口を捻った。
 サーと流れ落ちていたシャワーの湯が止まった。
 ぽたぽたと名残惜しく落ちる雫が数滴あったが、それも直ぐに止んだ。
 シャワーを止めても、暫くの間じっとしていた暁徒は、

 パンッ

 と、両頬を勢い良く叩くと、踵を返して風呂場を出た。
 出る間際に、ぐぃっ、とそのだらしない黒髪を掻き揚げながら。
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