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2007.01.30 試験
 冬が終わり、春が来ようとする季節の節目。
 学生として気に病むイベントは、バレンタインよりも何よりも試験である。
 普段であれば期末試験だが、この季節に限って名称は変わり、学年末となる。
 即ち、これを落とせば進級出来ないと言う、大変に重要な試験であった。
 それでも小学であればそもそも試験等無く、中学であれば試験があっても義務教育の為落としても進級出来るから、進学の必要のある三年生以外は然程問題では無い。だが、高校は別だ。
 勉強する為に自ら入ったのだから、止めるのもまた自由であり、当然止めさせられる事もある。
 能力者と言う特殊な存在が通う小中高のマンモス学校たる銀誓館学園でもそれは変わらない。
 普通の生徒達も同時に通っている為に、学校としての体面があるのだろう。また或いは、ゴーストとの戦いの為にある程度の教養を持たせておくと言う狙いがあるのかもしれない。
 どちらにせよ、銀誓館の生徒と他校の生徒に教育システムとしての差異は無く、能力者の生徒であれ一般人の生徒であれ、皆進級、進学の為の試験に頭を悩ますのは同じであった。あったのだが、

「あー、駄目だなムーンレイカー。こんなもんか。」
 塩森暁徒は炬燵に脚を突っ込んで寛いでいた。
 紅い丸眼鏡越しに見ているのは、今から見ればチープな宇宙を映すブラウン管。
 その映像を背景に、ダンディな中年と、趣味では無い美女の姿がテレビに映る。
 まぁ所詮娯楽映画か、等と口にしながら銀カップに注がれた真っ黒い珈琲を啜る暁徒。
 そこには、試験を気にする学生の姿等微塵も無い。
「……兄さん、映画なんて見てていいの?」
 彼の脚の間に座って、共に映画を見ていた妹の美代が顔を上げた。
「なぁ美代。よく聞けよ?」
「うん。」
 カップを炬燵の上に置いて、真面目な顔で暁徒は美代の頭を撫でながら言った。
「そもそも勉強とは何だと思う?」
「えー……何かを学ぶ、事?」 
「そうだ。だが、それは生活に役立つ事か?」
 む、と美代の眉間が釣り上がった。
「んー……役に立つ、んじゃないかな。」
「それじゃ聞くが、因数分解とか日常で使うか?道を歩いたら、外人とぶつかっちゃったって事は?」
 むむ、と更に険しくなる美代の顔を、暁徒はにしゃにしゃと笑いながら覗く。
「つまりさ、学校で学ぶ勉強の大半は意味が無いのさ。生活にはな。」
「で、でもさ、教養として学ぶべきものとか、それ位出来ないと困るってのがあるんじゃない?」
「教養としてなら学校で学ぶ必要は無い。後者も同様だ。論理的思考とやらを身に着ける為に数学をやるんだって数学教師が言ってたがね、それなら論理学を学べって話さ。それもこれも、本来は純粋な知的好奇心から学んでいた勉強ってもんが、勉強する為に勉強する事になった学校教育に問題あると俺は思うね。」
 むむむ、と意地の悪い兄の言にますます考え込む美代。
「確かにそうだけど……そんな事言っても、試験に合格しなくちゃ進級出来ないよ?」
 その言葉に、ふむと顎に手を当てた暁徒は、確かにと前置きをした後で、
「美代。」
 と呼んだ。
「うん?」
 小首を傾げる美代に向けて、彼は続ける。
「勉強要らなさそうで必用である問題と、一見勉強必用そうでその実無用な問題。どちらが良い問題であるかは、言うまでも無いな。その微妙な均衡点を探り出し、絶えず怠け続け、それを維持する。それが学生の仕事ってもんさ。」
「え、あ、つまり?」
 実は元ネタがあるのだが、そんな事等露とも知らぬ美代は、暁徒の突然の理屈に困惑して尋ねた。
「要点を絞れって事だよ。つまりな、国語とかは勉強しなくても出来るんだ。歴史も雑学として知ってるから問題無い。英語も独逸語と似てるし、こうやって映画で学べる。」
 くい、っと彼は顎をテレビに向けた。
 何処かで見た様な、ビーム飛び交う戦闘が映されている。
「それじゃ数学と理科は?」
 数理は文系たる暁徒の苦手とする科目であった。
 くっと笑ってから、彼は言った。
「こいつも問題無いさ。皆解けないから。」
「は?」
「皆解けないから平均点ががくっと下がるんだよ。だから、教科書ちょろっと読んどければ赤点は大丈夫さ。」
「……うーん。」
 だから勉強なんて必要無いんだぜ。
 そう言ってケラケラと笑う兄を、美代は本気で大丈夫かと思うのであった。

 数週間後。
「あー、セガールはいいねセガールは。男だったらこうあるべきだぜ。」
「暁徒ちゃん、ちょっといいかしら。」
 炬燵に脚を伸ばし、並居る敵を悉く撃破しながら突き進む超人を見る暁徒の肩に回る、白樺の様な両腕。
「んー、何だい姉貴。今良い所なんだがね。あれかい、当ててんのよ?そのサイズじゃちぃっと無r、」
「あらまぁ、抉れた胸だなんて言うのは何処のお口かしら?」
 暁徒の姉たる和葉の細腕が、ぎちりと彼の首に巻き付いた。
「嘘。冗談。ゲルマンジョーク。だから本気で頚動脈締め、」
 蛙をひき潰してミンチにした様な声が喉から絞り出た。
「まぁそんな事は解ってますよ。」
 にこやかに笑う和葉に怪訝な顔をする暁徒は、自分の腕に未だ巻かれた姉の腕を気にしながら、問うた。
「で、何だい。何か話があるんだろ?」
「あぁそうそう。学校のテストなんだけど……もう返って来てるわよね?」
 その言葉には、暗にして『見せなさい』と言う意味が篭っていた。
 塩森家の家事全般を取り仕切る、母親的ポジションの和葉だからこそ言える台詞である。
「あー、勿論、さ。」
 汗でずれた丸眼鏡を押し上げながら、にぃっと笑いつつ、暁徒はその辺りに放ってあった鞄に手を伸ばした。
 ごそりと取り出されたのは、問題用紙も兼ねた結構な枚数の答案用紙である。
「どれどれ……見せてもらいますよ。」
 そう言って和葉は用紙を受け取ると、ぴらぴらと上から順に見て行った。
 白い紙に刻まれた幾つもの赤い記号は、一目見て直線より曲線の方が多い事が解る。
 それに比例する様に、右上に刻まれた数字も80や90が多い。
 全て見終えた所でぱさりと戻すと、彼女はにこりと笑った。
「どれも良い点数みたいですね。お姉ちゃん嬉しいですよ。」
「そりゃ当然って奴だぜ。これが俺の実力さ。」
 それに応えて、暁徒も笑う。
 共に笑い合う姉弟。
「所で、」
「ん?」
 再度腕を暁徒の首に回しながら、和葉が言った。その顔は笑っていたが、
「この中に、数学と理科が入っていないのはどう言う事かしら?」
 明らかに目は笑っていなかった。
「宗教的事情があって言え、待て、ちょぉっと点数が悪かっただけで赤点は、それにほら、数理なんて役立た、」
「そう言う問題じゃないでしょ?美代ちゃんはそれで騙されても、私は騙されませんよ。学校に通っている以上はね、校内での態度と、試験の点数でその人間の全てが評価されるのですよ。」
 ギギギと骨が首に捻じ込み、暁徒の顔が赤く染まる。
「まぁ待て。話せば解、「問答無用っ!!!!」
 絹を裁断する様な悲鳴が轟いた。

「やっぱりなぁ。」
 少し離れた自室にて、それを聞くのは美代であった。
 懸念した通りの結果を複雑に感じながら、彼女はずずりと一人、茶を啜った。
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