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2007.01.31 凹凸
【し】深淵
【お】凹凸
【も】模索
【り】理由

【あ】悪癖
【き】近似
【と】特殊
 1995年 3月某日 独逸連邦共和国 イルメナウ キッケルハーンへの道にて

 荒れ果てているとまでは行かないが、整備されているとも言えない道が伸びていた。
 独逸中央部、俗に『独逸の緑の心臓』と呼ばれるテューリンゲン地方がイルメナウ郊外の山中。
 道とは、人が歩み行く場所である。
 如何にもなドイツトウヒが辺りを覆い尽くすその道は、一体どれ程の歳月、どれ程の人間が歩いて行っただろう、古木の根が茂り黒味を帯びた石が散らばる中を、一進に踏み固められ、上へ、上へと伸びている。
 危険(Gefahr)と言う意味だろうか、『G』と刻まれた看板が、所どころに立っている。
 その看板が無ければ景色も単調で、これと言うものも無い、所謂ハイキングコースであった。
 ざっ、ざっと。
 その道を登って行く者が二人。
 一人は明らかに成人した男で、もう一人はまだ年端も行かぬ少年だ。
 どちらも黒い髪に黒い瞳をしている。男は前に数束残して後ろに撫で上げた髪型をして、黒い丸縁の色眼鏡に山羊の様な顎鬚をしているが、それを抜かせば、恐らく父と子なのであろう、男と少年は瓜二つであった。
 男は杖を片手に、足取りも軽やかに道を登って行く。
 少年はその後ろを、我も負けじと必死に付いて行く。
 だが、歩幅が違い過ぎる。
 どんなに急ごうと、少年の歩みは男に適わず、徐々に間を離して行く。
 やがて、はっはっと言う短い呼吸を上げながら、少年は膝に手をやり、立ち止まる。
 その度に男ははたと足を止めて後ろを向いた。
 視線に気付くと、少年ははっと成ってまた直ぐに歩き始める。
 男はかすかに微笑むと、また前を向いて歩き始める。
 その繰り返し。
 周りの風景と共に、何時までも続くかの様な。
 だが、暫くしてその行為は終わりを告げた。
 どさっ。
 男の背後で、布地が落ちる音がした。
 振り向けば、少年が樹にもたれて座っていた。
 ふぅふぅと呼吸荒く、額からは汗が滴り落ちる。
 やれやれ、と男は笑うと、一歩二歩と少年に近付いた。
 目線を合わせる様にしゃがみ込むと、その頭をくしゃりと撫でる。
「どうした情け無い。この程度で疲れるなら、母さん達と一緒に後から来た方が良かったんじゃないか?」
 少々きついが、子を心配する父の言葉に対し、少年はきっと睨んで、
「……よけいな、おせわ、だ……。」
 何処で覚えたのであろう、彼の年齢にしては難しい言葉を発した。
 可愛げが無い。流石俺の息子だ。
 そう思いながら、男は肩をすくめた。
「疲れたんだな?……なら少し休もう。」
 そして、よ、っと少年の隣に座ると、懐から木製のパイプを取り出した。更に別の袋に入れた煙草を入れようとして、思い止まり、火も付けぬままそれを口に咥えた。
「……すわないのか?」
「あぁ、森の中だからな。」
 少し落ち着いてきた少年に対して、男はガジガジとパイプを噛んだ。
「……っこいいんだがな……。」
「ん?……何か言ったか?」
「……なんでもねぇよ。」
「そうか……。」
 沈黙。
 少々の時間を置いてから、男はパイプを離し、
「なぁ、あれが何か解るか?」
 ぴっと『G』と刻まれた看板を指した。
「……かんばん。」
 背負ったリュックから水筒を取り出し、冷えた水を啜る少年は、無愛想にそう応えた。
 そりゃそうだ、と男は苦笑。
「俺が言ってるのはだな、その意味だ。あれは、どう言う意味で付けられたと思う?」
「……わからない。」
 男の問いに、ぶんぶんと首を横に振る少年。
「あれはな、昔ある男がここに訪れたと言う証なんだ。」
「おとこ?」
「そう。彼は詩人であり科学者であり政治家で……まぁ一種の何でも屋だった。ある時ここを訪れた彼は、この場所を偉く気に入ってな、生涯の内何度もやってきたそうだ。その時に、石や樹を観察した場所と言うのが、その看板だそうだ。」
「ふーん。」
 偉く饒舌な男の説明に、意味が解っているのかいないのか、少年はつまらなさそうに相槌を打った。
 ごくり、と水が喉を流れる音が大きく響く。
「で、それにはちょっと続きがあってな。」
「つづき?」
 コップを離し、横を向く少年。
 ああ、と一言置いてから、ごほんと堰を鳴らし、男はある詩を語った。
 浪々と語られるその詩を聞くにつれ、少年の瞳が小さくだが開かれた。
 語り終えた男は、再度ごほんと堰を鳴らして、少年を見た。
「……これが、彼がキッケルハーンの山小屋に残した詩だ。彼自身に当てた詩だそうだが……どうした?」
「きゅうけいはおわりだ、さっさとゆくぞ。」
 せっせと水筒をリュックに仕舞い込んだ少年は、やおらに立ち上がった。
 そのまま、男を置いてせかせかと先へと歩いて行く。
 彼は少し言って振り向くと、何事かとこちらを見る男の方を見た。
「なにしてる。やすんでるひまはないんだ。」
「あー、はいはい、今行くさ。」
 言われるがまま立ち上がり、後を追いながら、男は微笑ましく思った。
 あの詩の意味を解した我が子の文才に対する親馬鹿的な心情と共に。
 素直じゃ無い。流石俺の息子だ。
 父と子は、再び道を歩んで行く。
 先程とは位置を逆。
 足取りも軽ろやかに上へと進む少年の後を、見守る様に男も進んで行った。

『旅人の夜の歌』 J.W.Goethe

"Ueber allen Gipfeln Ist ruh, 
In allen Wipfeln Spuerest du
Kaum einen Hauch,
Die Voegelein schweigen im Walde.
Warte nur balde Ruhest du auch"

“山々は安らぎに抱かれ 
 梢震わす風も無く、
 森に小鳥の声も無し。
 待つが良い、やがて
 お前も安らうであろう。
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