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2007.02.04 模索
【し】深淵
【お】凹凸
【も】模索
【り】理由

【あ】悪癖
【き】近似
【と】特殊
※今回のSSは、『初めての方はこちら』に書かれた『異世界よりの来訪者』を意図的に拡大解釈した設定で書いた、今の所は全くのアンオフィシャル作品である。それでも構わない、寧ろどんと来い超常現象と言う者だけ先を読んで頂きたい。









「せいっ!!!!」
 と言う掛け声と共に、塩森暁徒は黒き繋鎖剣を振り被った。
 ガキリと右手で握り込まれた引金が球状動力部を作動させる。
 金色の眼が如く映る模様に彩られた動力部が回ると共に、刀身に付いた鎖も回る。
 無数の鎖に付いた牙は速度を上げ、やがては一つの刃と化す。
 黒き刃を軋ませて、駆動音と言う名の咆哮を上げながら、魔王は暁徒の前方へ。
 眼前に迫る雑霊弾”もどき”を受ける。
 ドゴッ。
「ぐぅっ!!!!」
 閃光と共に炸裂音が響く。
 魔王の刃から、粉塵が上がった。
 捌き切れぬ力に、暁徒の体がやや下がる。
 右人差し指に掛かっていた力を緩め、魔王を静止状態にし、構え直す。
 彼は、少しずれた紅い丸眼鏡を上げながら、前を、弾丸を放った銃手を見た。
 舞台は路地裏。
 彼我の距離は15、6mと言う所だろうか。
 その距離を置いて、暁徒の前に青年が佇んでいた。
 イマドキなジャージ姿の青年は、奇妙な拳銃を向けつつ、
「なぁそろそろやめにしない?俺飽きて来たんだが。」
 オールバックにした黒髪を…奇しくも暁徒と同じ髪型だ…掻き揚げた。
 ぎゅっと柄を握りこみながら、暁徒は叫んだ。
「てめぇがその地縛霊をこっちに渡すんならなぁっ!!!!」
 再び牙が刃と化した魔王を片手に、青年へ向けて奔る。
 青年は、眉間に軽く皺を寄せると、拳銃の銃口をゆっくりと暁徒へ向けた。
 ガキリと握り込まれた引金から、霊的なもので形作られた弾丸が跳ぶ。
 黒衣を翻して横へと飛びながら、暁徒の口より舌打ちが漏れた。
 さっきから同じ事を延々と繰り返している。
 撃っては避け、避けては打ち、打っては避け、避けては撃つ。
 彼自身、そろそろこの循環に疲れを感じ始めていた。
 全く持って面倒臭ぇ。
 何がどうしてこうなったのだろうか。
 彼は一瞬の間を持って、一寸前へと立ち戻った。

 東京と言う街に対して、暁徒は余り良い感情を抱いてはいなかった。日本の総体的文化体としての『TOKYO』には興味があったが、都市としての東京は雑多な物に溢れ、人が住むべき所とは言い難かった。都市とは、人が住んでこその場所なのである。
 だから、彼が東京を訪れたのは現在の所数回、小学校の修学旅行と言った、自分の意思外によるものだった。
 そんな彼が今居るのは、何を隠そう、東京である。
 訪問理由は単純にして明快、即ち『気分』だった。試験も終わり、授業も適当に日数を消化するだけとなり、見たい映画もあったから折角だから、と言う様な理由だった。因みに、その見たいと言う映画は、鎌倉では残念ながらやっていないが、別に東京まで行かなくとも別の地で見る事が出来た。
 そうして、東京に降り立ち、その評価を変える事無く映画を見終えて、帰路に着こうとした時。
 彼の瞳に、奇妙なものが映った。
 それはそ知らぬ顔で道を歩く群衆の遥か頭上にして彼方。
 薄暗い雲と雲に不自然に出来た切れ目から差し込む一筋の銀光。
 能力者である彼にとっては、見る事は無くとも、知らぬ筈が無いもの、シルバーレインである。
「!!!!」
 鎌倉は世界結界の歪みが集中する日本にあって比較的強固な結界で覆われている、つまり逆説的には他の地方は結界は綻び易いと言う事。また、結界の近年弱体化に、情報の高度化によって力の源たる常識が揺らいだと言う事が上げられるが、東京は正にそれが具現した地であると言う事。
 これら二つの事例から導き出された結論に、暁徒は身震すると共に光差し込んだ地へと走り出した。
 訝しがる…当然の事だが、一般人にアレが見える筈も無い…雑踏を掻き分け、踏み分け、脚を交差させる。
 高層建築の下を通り、コンビニの横を通って、細い路地へ。
 何とも言えぬが普通では無い臭い漂うそこを抜けて出た先は、明らかに常軌を逸していた。
 遊園地。
 そうとしか言えない。
 巨大な観覧車を背景に、ジェットコースターが、メリーゴーランドが、幾多のアトラクションが配置されている。
 どれもこれも動いてはいない。動かす人も、遊ぶ人も誰もいないからだ。暁徒以外は、完璧な無人である。
 そして空だ。遊園地自体も異様であるが、広がる空がさらに異様であた。
 それは黄昏の空だった。
 時刻としては在り得ない。既に時計は六時を過ぎ、日等とっくにくれていたからだ。
 よく見れば、雲もまた動いていない。まるで貼り絵の様に、どれ程立とうとそこで止まったままだ。
 永遠の黄昏に染まった、無人の遊園地。
 退廃的な、何処か神話的雰囲気すら感じさせるそこを、暁徒は用心深く歩いて行く。
 彼の怨敵、銀の雨よりその殻を得る超常的存在ゴーストの中でも、時間と時空に固定された地縛霊は、己が死んだ場所から動けない代わりに、その場所を契機に、自らの意のままに様々な現象を発生出来る異空間を造る事が可能だったからだ。ここもそうでないとは言い切れない。
 だが、彼の警戒は期せずして緩んだ。
 メリーゴーランドを抜け、観覧車の下に脚を踏み込んだ瞬間、世界が一変した。
 終わらぬ黄昏の空は、銀砂を零した様な星空に代わり、遊園地は、何処とも知れぬ路地裏へと転じた。
 先程遊園地へと続いていた路地裏では無い。振り向けば、そこはただの行き止まりと成っていた。
 これも何かの罠だろうか。
 緊張を高め直し、彼は黒の私服のポケットに手を入れながら、こつこつと前を歩いた。
 特に何も無い、ビルとビルの間に伸びる路地裏だった。
 薄汚れた壁に道。淀んだ空気、ろくに洗ってない青のポリバケツ。
 しかし錆びた鉄臭い、路地裏のそれでは断じてない臭いが鼻の奥の方で感じられた。
 幅は割合に広く、5m以上、軽自動車が楽々通る程度の間隔はある。
 ただ、何処まで続いているのかは、良く解らない。何処までも続いているかもしれない。
 奇妙な場所ではあるが、大体どの様な所であるかは理解した。
 だが何故ここに連れて来られたかは、全く理解出来なかった。
”…ふ…ぅ…うぇ…えぅ…。”
 物陰から、少女のすすり泣く声が聞こえてくるまでは。
 一瞬びくりと硬直した暁徒だったが、その意味に気付き、直ぐにはんと笑い声を発した。
 ポケットに手を突っ込んだまま、物影へ。
 そこには、制服を着た中学生位の『元』少女がいた。『元』と言うのは、一目で彼女は生きていないと言う事が解ったからだ。すすり泣く彼女の顔は地面に落ちて、首から上は何も無い。ただ断面から溢れ出る血が、地面へ溶けて行くのみと言う所だろう。
 そして彼女の背中からは、一本の野太い鎖が、壁の中へと続いていた。
 地縛霊である。
 鼻の奥、つまりは脳で、暁徒の職業たる屍狩人の本業能力(ジョブアビリティ)『死人嗅ぎ』により、濃厚な血の臭いを感知している事においても、それは間違い無い事だった。
「成る程な……全く、東京って街はイカれてるな。ちょっと歩いただけでこんなのに逢えるんだから。」
 嘲笑的な雰囲気が篭った言葉に、少女の首がごろりと暁徒の方を見た。
”…ぅ…んぐ…あなた、誰…私が見えるの…?”
 何てチープな台詞だ、と思いながら、暁徒はポケットから手を抜いた。
「あぁそうだぜ、よぉく見えてる。」
 紅い丸眼鏡を押し上げながら、彼は引き抜いた右手を前にかざした。
 その手には、銀の意匠を凝らした長方形の札が、計六枚収められていた。
「だが、もう直ぐに見えなくなる。」
 ぇ?と言う少女の疑問が紡がれるより早く、暁徒は六枚の札を、イグニッションカードを握り潰した。そして、
IgnitiOn』(イグニツィオォン)
 Ignitionの『ti』を『ツィ』と発音し、『O』にアクセントを付けた独語風の発音で、起動の言葉を詠唱した。
 刹那。
 くしゃりと潰れたカードから銀の炎が吹き上がる。
 それは音も無く膨れ上がると、暁徒の体を覆い尽くす程までと成った。
 彼の全てを包み込んだ炎は、繭が如く一つに収まり、静かに纏まる。
 やがてそれは一瞬に砕け、銀の灰と化して大気の中へと溶け込んで行った。
 そして、その下から現れたのは、屍狩人としての暁徒だった。
 ヴァルプルギスと名付けられた、二の腕までの手袋とセットになったノースリーブの黒いロングコートを全身に纏い、黒の繋鎖剣『魔王』(Erlkoenig)を右手で握る。
 これ程までの変化だったが、掛かった時間は一瞬きよりも遥かに短く、
”…は…。”
 少女の霊にとっては、突然目の前の青年の姿が変わったとしか思えなかった。
「……そんな顔するなよ。気が削がれるさ。」
 そう言いながら暁徒は、ぎちりと魔王の柄についた、引金を引いた。
 球状動力部が音を立てて回転し、その牙を研ぎ澄ませ、一つの刃と成す。
”…ひっ…。”
 その瞬間に、彼女も彼が何をするのかを解ったのだろう。
 自らの生首を持って後ずさりするが、途中で鎖がぴんと伸び、その動きを止める。
「悪いとは言わない。」
 駆動音と言う名の咆哮を上げる魔王を右肩に乗せながら、暁徒が歩み寄る。
「同情も憐れみもしない。」
 す、っとその柄の先に、左手を這わせ、両手で握り込む。
「ゴーストである以上は、俺の敵だ。」
 両腕に力が篭った。
 自らの腕から離れようと暴れるのを抑え込みながら。
 ブォン、と。
 魔王の黒刃が、大振りに振り払われた。
”…ひぃ…っ”
 少女の短い悲鳴が、咆哮に掻き消され、ズドンと言う重たげな音が地に響いた。
「…………………………………………なんだと。」
 暁徒の口から、憮然とした声が漏れた。
 在り得ない事が起こったのだ。
 少女の姿が、その地に拘束する鎖も含めて目の前から消えていた。
 魔王は華麗に空振り、空しく大地を抉っていた。
 きゅらきゅらと、獲物を取り損ねた魔王が情けない声を上げながら停止する。
「何が起こったってんだ、一体……。」
 ほぞを噛む暁徒。
 
「『迅速な調停活動のために一時的に傘下契約を下しました』って所か。良い言葉だね、全く。」

 その背後で、声が発せられた。
 黒衣を翻しながら、慌てて振り向く。
 そこには、暁徒と年の頃は同じ位の、セミオールバックの青年が立っていた。
 洒落気等感じようにも感じられぬ学校指定と思しきジャージ姿に、量販店で容易に入手出来そうな安っぽいスニーカー、シルバーアクセをゴチャリとつけた姿は、実にイマドキの若者である。
 外面としては兎も角、内実として暁徒はこの手の手合いが余り好きでは無かった。
 だがその両手に握られた二つの器具を持ってして、この青年はただの『イマドキの若者』では在り得なかった。
 右手に握られているのは、拳銃である。そう呼ぶには、少々抵抗の感じさせる、旧世紀に造られた機械的な無骨さと油臭さを兼ね備えた鉄塊が如きデザインをした大口径の拳銃だ。
 もう一つ、左手に握られたそれは、試験管か、それとはやや短い程度の銀の柱である。くるりくるりとペンを回す要領で、青年の指の中で踊らされている。
 銀柱……そこに、能力では無い何かを嗅ぎ取った暁徒は、紅い丸眼鏡越しに青年を睨んだ。
「……てめぇがあのゴーストを取ったのか、何者だ。」
 声には怒気が篭っている。
 餌をお預けされ、空腹も絶頂の狗と言う所か。
 そんな暁徒とは対照的に、青年は穏やかにうーんと顎に手を当て、
「危険そうだったから保護したよ。何者かって言えば名前は流邪無銘(つじななし)だ。調停士をしてる。」
 こう言うののね、と銀柱を揺らしながら、無銘は付け加えた。
「調停士……だと?」
 そんな職業(ジョブ)は聞いた事が無かった。
 ただ、あの少女の地縛霊を保護したと言う流邪無銘…何てふざけた名前だ、と暁徒は自分の事を棚上げして思った…と言う青年の言動から、銀柱の中に少女が居ると言う事は解った。
 それから察するに、
「あんた、東京の霊媒士か?」
 銀誓館に把握されていない能力者が居ない、と言う事はあるまい。だが、イグニッションカード及び詠唱兵器の技術は一般的にはあそこでしか得られまい。しかい、あの奇妙な形をした(恐らくは)詠唱銃に銀柱からして無銘の背景には何かしらの技術力があると考えられ、暁徒は端的且つ大仰に『東京』と冠してそう呼んで見たのだ。
 無銘の方はと言えば、何とも微妙な顔をして、
「……うん、まぁそんなとこ。」
 そう応えた。
 実の所、彼は霊媒士とは似て非なる存在だったのだが、目の前に居る相手…『こう言うのの』調教師と名乗った彼にとって、暁徒の姿はいたいけな『一般市民』に襲い来るたちの悪いヤンキーにしか見えない…には、詳しく言っても通じないだろうと、適当に言を濁した。
「そうかい……日本も狭い様で広いんだな。」
 暁徒の方も、それについては深く言明せず、さらりと流した。それ以上に関心のあるものが、他にあったから。
「で、だ。」
 くっと紅い眼鏡を上げながら、暁徒は魔王で銀柱を指した。
「俺はそいつに用があるんだ。渡してくれないか?」
「保護すると言っただろ。それは出来ないね。」
 指された銀柱を、懐に仕舞いながら、無銘が応える。
「調停士としては、無闇矢鱈に狩るのを見て見ぬふりは出来ないんだ。」
「あぁそうかい。」
 無銘の返事と共に、魔王が咆哮を上げた。
「だったら力尽くで解決するしかないなっ!!!!」
 無数の牙から成る黒刃が、無銘目掛けて振り払われた。

 思い起こせば短くもあり、思い返せば長くもある前幕。
 思考から脱し、現実へと立ち返って、暁徒は奔る。
 奔って、そして、無銘の前へと至る。
「ハァッ!!!!」
 気合と共に放たれた魔王の一撃に向けて無銘は、
「ぐっ!!!!」
 狙い済ました弾丸を、至近距離でぶちかました。
 褐色の火花が上がり、魔王の進路が逸れた。
 虚空を切裂く刃。
「ちぃぃぃっ!!!!」
 そのまま飛び出しそうな魔王の柄を握り。
 力任せに切り返す。
「あぶねっ。」
 無銘は後ろへと跳躍。
 迫り来る刃を、弾丸の連発で受け止める。
「っ!!!!」
 一発でも相当な威力を持つそれを受け、魔王が止まった。
 剣に奔った衝撃は担い手へも奔り、暁徒の体を後ろへと下がらせる。
 爪先に力を込め、立ち止まる。
 その間に無銘は、更に後方へ下がった。
 拳銃と言う武器が、その真価を発揮出来る位置まで。
 軽く息を整えながら、魔王を構え直す暁徒。
 その額から、一滴の大きな汗が垂れる。
 厄介なエモノだった。
 遠距離より攻撃が出来、連続で撃つ事も可能で、更に威力も申し分無い。
 最初にあれが放たれた…暁徒が先制攻撃をした…時には魔王の一撃よりも力強い事に驚いていた。
 最も、無銘の方もその威力は想定外だったらしく、
「お前一体何人殺したんだ。」
 と発言した。
 曰く。
 無銘の拳銃から発せられるそれは、対象が抱かれている怨念であるらしい。それを弾丸として形成し、発射するものである、と。霊媒士に意思も定かでは無い雑霊を凝り固め、弾丸として放つ術式技能(アビリティ)で『雑霊弾』なるものが存在するが、それと良く似ていた。『怨霊弾』とでも呼ぶべきだろうか。
 暁徒はそれを聞き、憮然として、
「生憎まだ前科モンじゃなくてね。」
 と応えたが、彼は自分と相手の立ち位置を失念していた。
 無銘にとっては、ゴーストもまた『~人』と数えるべき存在なのである。
 ゴーストを殺した数では、既に三桁を軽く超えている事だろう。
 どちらにしろ、怨霊弾が暁徒にとってきつい代物である事に変わりは無かった。
 きつい、と言えば、無銘の立ち振舞いもまたきつかった。
 彼は、機先を制す為先に撃つ事はあっても、基本的に守り一辺倒だった。何処か及び腰であり、次弾を撃ち込める状況であっても、決して深追いはしない。あくまで相手に合わせている。
 それが暁徒にとっては気に食わない所であり退屈だった。
 余り長く戦闘が続けば、危ういのは体力の乏しい自分でもある。
 ただ、それは無銘の方も同じであった。元より彼に戦う気は無い以上、暁徒が矛を収めなければ永遠に銃と剣を重ね続ける事となるのだが、そこまで時間を掛けたく等無い。
 どちらも、これ以上戦いを続ける事を望んではいなかったが、しかしそうせざるを得なかった。
 この循環を打破するべく、先に動いたのは暁徒の方であった。
「……なぁ、いい加減よ、」
「ん?」
「終わらせるべきだと、思うよなぁ。」
 訝しがる無銘を尻目に、自ら後方へと跳躍。
 二人の距離が20m程に離れる。
 そのまま暁徒は、開いた左手を前へと伸ばした。
 同時に、魔王をゆっくりと右肩に乗せる。
「こいつで、蹴りを付けさせてもらうぜ。」
 ざっ、と構え、無銘を睨む暁徒。
 それに合わせる様に、魔王の刃に魔力が集う。
「あれは……ちょっと、不味いかな。」
 そう言って、無銘が拳銃を手元に寄せるのとほぼ同時に、
「はぁっ!!!!」
 片手で振るわれた魔王が、虚空を切裂く。
 鎖は発動されておらず、距離も離れたまま。
 唯の空振り。
 そう思われた一撃の、軌跡に合わせて空間が裂けた。
 みしみしと裂けて、中から現れ出でたのは、燃え滾る無数の茨。
「あぁ、これは不味いな。」
「まだまだっ!!!!」
 台詞の割には穏やかな無銘の言葉を掻き消して、暁徒が叫ぶ。
 振り終えた魔王を、手首を返してもう一度、先の一撃に対して水平に斬る。
 ひゅんと言う風斬り音と共に、虚空から湧き上がる炎の茨。
 だが、そこでも終わらない。
 振り終えれば忽ちに振り返し、ぶん、ぶんと虚空に傷跡を残して行く。
 わらわらと生い茂る紅き茨、茨、茨、茨、茨……。
 炎狐士の術式技能『フレイムバインディング』の多重発動。
 横も縦も大いに広がり、路地裏を殆ど完璧に覆い尽くす茨の壁となって、それは無銘へと襲い掛かった。
 拘束のみを目的とする技能である為、当たっても負傷する事は無い。
 だがしかし、今この状況で身動きを取れぬ事がどう言う事かは、考えるまでも無かった。
 その様な事等知らぬ無銘であったが、
「炎術か……影守の派生かな。だったら、」
 最早津波とすら形容出来る茨の群れを一瞥し、落ち着き払った態度で、拳銃の、シリンダー部を開いた……
 ……シリンダー部だと?
 茨の群れの隙間から、かすかにそれを覗き見た暁徒の顔に疑問が浮かんだ。
 詠唱兵器は、その所有者の魔力を増幅する動力部と、増幅した魔力を発動させる為の武具の二つに分けられる。詠唱銃、ガンナイフの類であれば、シリンダーの代わりがそれである。
 もしあれが詠唱銃であるならば、弾丸の装填も廃莢も、元よりその様な部位自体無用の長物。
 だが、現にそれは存在し、開かれ、銀柱と同サイズの弾丸らしきものを装填している。
 詠唱兵器では無いのか。
 或いは、新たな機構なのか。
 どちらにせよ、あれを撃たれては面倒だっ。
「行けっ、『野薔薇』(Heidenroeslein)!!!!」
 暁徒の咆哮と共に、計七発分のバインディングがウジョウジョと迫る。
 無銘との距離は殆ど無く、最早目の前。
 だが、それでも尚彼は落ち着き払って拳銃を元に戻して、
「火には氷、熱気には冷気、って言うのは古来からのお約束、てね。」
 ガキリと引金を引き絞った。
 巻き上がった粉塵と共に響く銃声、そして放たれた弾丸。
 その中に、一瞬だけだが青い蛇が如き姿が映って見えたのは気の所為か。
 直ぐに虚像は消失し、後には吹雪を担った弾丸のみが残された。
「魔弾……氷の魔弾かっ!!!!」
 驚愕する暁徒の前で、炎の茨と氷の礫が激突。
 本来熱を持たぬバインディングが、無銘の弾丸で自然現象を起こしたのは、それもまた魔的が故か。
 吹雪は茨の群れを受け止め、滾る熱気に冷気は唯の大気へと戻って行く。
 蒸気が上がった。
 対極たる属性のぶつかり合いに生まれる衝撃波で、白い煙は暁徒と無銘の両者を満たした。
「くっ!!!!」
 白い闇の中で、暁徒は目を凝視させた。
 濛々と広がる蒸気の中では、能力者の視力を持ってしても見通せはしない。
 ただ、これだけは解った。
 自分の技は、未発に終わった。
 状況を打破すべく打った手は、敵の打った魔弾…かどうか解らないが…に打破された。
 幕が上がれば、また綻びの見えない循環が始まる。
 否。
 これが『綻び』だ。
 先の手が失敗に終わったとしても、今で止めては、次の手に回さねば意味は無い。
 そう、ここで決着を付けねばっ。
 魔王の引金を握り込みながら、暁徒は白い世界を奔った。
 咆哮を上げて回る牙に、蒸気は喰われてはたまらんと脇へと逸れる。
 幾許かの距離を奔り終えた時、唐突に白煙が途切れた。
 蒸気を引きながら白の世界より路地裏へと舞い戻る。
 目の前には無銘が居た。
 彼もまた、ここで終わらせなければならないと判断したのだろう。
 既に廃莢し終えた拳銃に、新たな弾丸を装填しようとしていた。
 眼前に迫った暁徒が、魔王を振り被るのと。
 無銘が、拳銃の銃口を向けるのはほぼ同時。
 剣と銃。
 刃と弾。
 二つの軌跡は、互いの担い手の敵対手へと向けられて、

 カツッン

「っ!!!!」「!!!!」
 ぴたりと停止した。
 暁徒は両手で無理矢理魔王を止めながら。
 無銘は銃口を暁徒の方へと向けたままで。
 二人は、既にお互いを見ては居なかった。
 今、彼等が見ているのは路地裏の遥か向こう。
 夜の闇が満ちている為、何も見る事は適わぬ筈、だったが。
 やばい。
 と、暁徒は能力を超えた直感で理解した。
 やばい、と。
 くだらない戦いに時間をくれている内に、より強い狩人に目を付けられた。
 それ…誰と呼ぶ気すらしない…が何かは解らない。ただ濃厚な気配のみが漂ってくるのみだ。
 しかし、それだけで充分だ。
 自分が就く『屍狩人』等、それに取っては他愛の無い児戯に過ぎ無い。それと戦えば、まず間違い無く恐るべき『暴力』によって無残にも喰われる。気紛れで喰われはせずとも、勝つ事等絶対に在り得ない。それこそ、『魔王』等と名を騙る紛い物なんかでは無く、本物、それも王を超えた皇帝たる『魔皇』でも連れて来なければ、戦いにすら成らない。
 その気配は、あってもいない存在への身の毛も弥立つ恐怖を暁徒の脳裏に染み渡らせるに、充分であった。
 ぽたりと顎を伝って、汗が毀れた。
 ごくりと直ぐ側で生唾を飲み込む音が響く。
 同じ事を…自分程では無い様だが…無銘もまた感じている様だった。
 ちらりとこちらを見ながら、彼は口を開いた。
「なぁお前……ここらで停戦にしないか?」
 間に、解っているよな、と言う雰囲気を込められた言葉に、暁徒は、
「はっ怖気づいたか……だが、俺もそうしようかと考えていた所さ。」
 口から出任せと直ぐに解る表情で、そう応えた。
 言うが早いか、その左腕から万が一に取って置いたフレイムバインディングを発動させ、魔王に巻き付けると、
「それじゃ、さっさと逃げるとするかっ。」
 ブゥンと渾身の力を込めて、横に聳えるビルの屋上目掛け、それを投げ上げた。

 カツゥン、と。
 誰も居ない、いや居なくなった路地裏に足音が響き、暗闇から一人の男が現れる。
 所謂アルビノ、と呼ばれる類の、白髪に赤眼の青年だった。
 ゴシック調にデザインされたフリルのワンピースを纏った体は異様に細長く、色彩を抜かした顔立ちとは裏腹に、日本人離れしたすらりと伸びる手足がその女性的な服装に良く合っていた。
 しかし、じゃらりと道端…暁徒と無銘がつい先程まで戦っていた場書だ…に手を伸ばしたその表情は、繊細とも表現出来る見た目とは裏腹に、憎悪にも近い怒りの感情で醜く歪んでいた。
「っんだよ、終わってんじゃねぇか、おい。」
 己の不愉快さを隠す事無く言葉に載せた彼は、けっと口元を吊り上げると、ゴッと壁に一発蹴りを入れた。
 それで少しは気が治まったのか、くるりと踵を返して、元来た道を帰って行く。
 ビキビキビキと。
 蹴られた壁がその周囲も巻き込んで粉々に砕け散ったのは、それから直ぐ後の事である。

「怖ぇな、何だあいつ。」
 ビルの屋上から身を乗り出して、眼下を眺める暁徒の呟きに、
「まぁ俺の知り合い、みたいなもん。知り合いたくなかったんだが。」
 隣に佇む無銘は、さも嫌そうにそう応えた。
 フレイムバインディングを、本来の使用用途とはかけ離れたロープとして利用し、インディ・ジョーンズもかくやのアクションを見せて、ビルの屋上へ逃げ込んだ二人。
 元居た場所に現れた男に、先の直感を信じて良かったと、暁徒は戦闘状態に成らなかった事に安堵した。
 無銘の方も同じ様子で、記録更新しなくて良かった、等と良く解らない独り言を呟いている。
 そして沈黙。
 暫く立ってから、無銘が口火を切った。
「で、まだやる気?」
 すっと、銀柱を取り出しながら、暁徒に向けてそう尋ねる。
 尋ねられた方は、ふぅと小さく溜息をついて、頭を振った。
「いや、止めとくわ。何か、変な横槍が入って、やる気が削がれたさ。」
 と、言うのは半分本当であり、半分嘘である。
 厳密には、活性化した技能を使い切った上に疲労もあって、全力で戦える状態では無かったのだ。
 無銘は別に詮索もせず、ただそうかい、と返してから、こう言った。
「お前は、何でこいつらを狙うんだ?」
 くるんくるんと、銀柱が指の間で回る。
 突然の質問に一瞬虚を突かれた暁徒だったが、かちゃりと紅い眼鏡を上げると、何時に無く真顔で、
「親の、敵だから。それだけだ。」
 その解答に、ふむとやや考える無銘。
 思考の末、彼は言う。
 それは調停士として出た言葉か、それとも彼自信の生い立ちから出た言葉か。
「この女の子が、お前の敵なのか?」
「……いや。」
「この女の子と同じ種だった奴がお前の敵なのか?」
「……そうだ。」
「それじゃお前の言ってる事は破綻してるな。」
「…………。」
「お前は、たった一つの個体に対する恨みを、全体の種族に対する恨みに置き換えてる。親が誰かに殺されたから、人類全てを皆殺す、って言ってるのと同じじゃんか。」
 その台詞は、暁徒にとっては致命的とも言える台詞であった。
 確かにその通りである。
 だが、
「……解ってるさ。」
 頭では解っていた。
「だが、納得したからって止められるもんじゃない。」
 それでも、心の方は納得していない。
 例え理屈では間違っているのだと理解していても、だ。
 ふーんと、やや興味成さそうに聞いていた無銘は、最後に一言問うた。
「歩み寄る気も無いのかい?」
「あぁ、無いな。」
 ここでの遣り取りにも、二人の認識の違いが少なからずあった。
 だが心情としても、今の所そんな気は毛頭無かった。
「悲しいものだな。」
 その台詞を受けて、無銘が応え、
「悲しいものだよ。」
 と、暁徒が返した。
 その刹那。
 ぽつり、と、暁徒の肩に何かが当たった。
 雨か?と思って、空を見上げ、そのままそこで固まった。
 彼の遥か頭上、星と星の光の間に、ぽっかりと開かれた夜より暗い闇。
 それが何かと理解するより早く、彼の意識は急速にぼやけて行った。

 気がついた時、暁徒は殆ど夜の闇に包まれた、明瞭過ぎる光を発するコンビニの横に佇んでいた。
 振り返れば遊園地へと続く薄暗い路地裏が広がっている。
 筈であったが、そこには何も無くただの壁が築かれていた。
 時間は、全く経過していない。
 塵の様な人だかりも、あの時のままである。
「……何だったんだ、一体……。」
 結局の所。
 あの遊園地も、路地裏も、無銘と名乗った調停士とやらも、突如現れて横槍を暮れてったおっかない輩も。
 思い返して見れば、何が何だったのやら、さっぱり理解出来なかった。
 東京の上空に現れた結界の歪みから通じた『外』であったかもしれない。
 平行して並び、決して交わらぬこことは別の世界であったのかもしれない。
 気付かぬ間に、地縛霊が作り出した異空間に引き込まれていたのかもしれない。
 或いはそれこそ、慣れぬ東京が見せた、白昼…既に夕暮れだが…夢であったのかもしれない。
 確証は何一つ無かった。
 ついでに言えば、得たものも何も無い。強いて言えば、じんわりと足腰に溜まった疲労と、腹の奥から発せられる空腹感、位だろうか。そしてもう一つ上げるとすれば、
「……解っているさ。」
 今では存在すら定かでは無い青年が発した、説教とも言えるあの言葉だろう。
 誰かに面と向かって言われるのは初めてだった。
 尤も、そもそも自分がゴーストと戦う…いや、狩る理由を知っている人間自体数少なかったが。
 自分で思う事考える事と、他人に言われるのとでは、大違いである。
 ぎゅっ、ぎゅっ、と魔王の強烈な鼓動を感じる様に、幾度か右手を握る。
 あの青年とも、横槍が入らなければどちらかが倒れるまで戦い続けていたろうに。
 我ながら、度し難い。
 そうやって解っているつもりでも、本当は決して解って等いないのだから。
 それが解っているのに、解ろうとも、解り合おうともしていないのだから。
 それでも、と。
 思考の深淵に脚を掛けて、暁徒は思った。
 やはり、俺は俺のままなのであろうな、と。このままであれば、最後の一線を踏み越えぬ事は無いとタカを括るとしても、その一歩手前まで訪れる状況となる事は目に見えているのに。俺は、俺のままで、この心が言えぬ限り、ただ剣を振るい、敵を狩り続けるのだろうな、と。
 そう、思う。
 思った後で、これ以上耽るのは不味い、と深淵から思考を引き戻した。
 続けても、ろくな事にはなるまい。
 全く、実の所慣れぬ地での活動は、相当自分をナイーブにしてしまったのかもしれないな。
 そう考え、脳を沈静化させながら、暁徒は雑踏の中に身を入れた。
 こんな時は、酒でも呑むに限ると、人ごみを沸けながら進んで行く。
 やがてその姿は、夜の闇と群集の中に溶け込み、見えなくなっていった。
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