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2007.02.26 近似
『乾杯。』
 雑多な物が乱雑に溢れる薄暗い部屋にて、かちん、と合わさる二つのコップ。
 それに注がれた琥珀色の液体……ウィスキーを、くいっと飲み込んで行く青年が二人。
 コップから喉へ、こくこくごっごっと送り込まれて行くウィスキー。
 全てを飲み干した瞬間、申し合わせた様に二人……塩森暁徒と朱烏詩人は、ふぅと小さな溜息を漏らしながら、テーブルの上に、こつたん、とコップを置いた。
「いやぁしかし、ラボの地下にこんな私室があるたぁね。」
 空いたコップに、とくとくと二杯目を注ぎながら、暁徒は感嘆した様に辺りを見渡した。
 そこは、結社『Laboratry』通称ラボの地下室。団長たる詩人のプライベートルームである。
 その状況を形容するならば、一人身の男部屋と言う所だろうか。
 電灯以外の明かりを持たぬ密閉された部屋は、お世辞にも整頓されているとは言えない。
 塵の処理はしっかりなされているが、それ以外…雑誌や書類等…は、無秩序に置いてあると言う有様。
 潔癖症患者が入ったら、いや、一目見ただけでも発狂しかねない様な惨状。
 しかし、人間は思う程に綺麗では無い。
 その様な状態にあるからこそ、見た目は兎も角、気を張らず、居心地は良いのかもしれない。
 暁徒と詩人は、すっかり寛いでいた。
 二人は何処ぞの塵捨て場からでも拾ってきたのか、年季が入って所ところに皹が入った、しかし機能としては一向に変わりない合成皮革製の椅子にそれぞれ座っている。中央には同じく何処からか拾ってきた小さな円卓が置かれ、二人のコップ置き場となっていた。
「自身が望む事を実現させる為ならば、どの様な物であれ、その力を最大限に活用するのが私ですよ。」
 仮にもラボは結社棟にあり、この様な地下室を作るならば、その前提から一階に設ける必要がある。
 それ以前に、既存の建物の一室に結社を作る訳であるのだから、既にそこに地下室が無ければ話にならない。
 暁徒の質問に直接的には応えず、しかし間接的に自分が何をしたのかを明言する詩人は、身を乗り出して彼の分のウィスキーも注ごうとする暁徒にコップを掲げながら、にやりと頬を吊り上げて見せた。
 自覚的に作った、悪代官の笑みである。
 所で悪と言えば、彼等が今こうしている行為をこそ、そう呼ぶべきであろう。
 未成年の飲酒は、国としての法的罰則は存在しないとは言え、禁止されてはいる行為だ。また仮に見つかれば、国が罰則を与えなかったとしても、彼等が所属する組織、即ち学校側が何らかの措置を取る事は明白だ。
 とは言え、古今東西、未成年の飲酒はある程度暗黙の了解として黙認されているのも事実である。
 海外であれば、アルコール度数の弱い部類に限り、十五歳から呑む事を許されている国もある。
 そして何よりも、現状において飲酒行為を咎める者はこの場には誰一人としていなかった。
 当然だ。
 このプライベートルームに入る事が出来るのは、マスターキーを持っている詩人のみであり、また今に至るまで煩わしい他人を入れた事等…そう今部屋に居る暁徒を抜かして…皆無なのであるからだ。
 きっかけは期末試験が終わった事であり、最初に言い出したのは暁徒の方からだった。
 折角だからパァっと打ち上げようぜと彼は言い、詩人はなら丁度いい場所がありますよと応えたのである。
 そして、今に至っている。
 尚全くの余談だが、暁徒は傍らに水の入ったグラスを置き、ウィスキーの方をストレートで飲みながら水を飲む事で純粋に酒の味を楽しみつつ喉や胃に負担を掛けさせない『チェイサー』と呼ばれる呑み方を、詩人の方は氷を入れる事で、徐々に溶け行く水とウィスキーが交じり合う事で変化して行くその味を楽しむ、かなりポピュラーな『オン・ザ・ロック』で呑んでいた。
「成る程ねぇ。確かにここは良い感じさ。灯台下暗しだしな。だが一つ足りないものがあるね。」
 くっと水を飲み込み、先に呑んだウィスキーを胃の腑に収めながら、ぴっと右の人差し指を立てる暁徒。
「ほう、それは何でしょうか。」
 からんからんと氷を回しながら、人差し指に視線を送る詩人。
 暁徒はさぞや重要な話であると言わんばかりの真剣な顔付きで詩人に向きながら、こう言った。
「女っ気が無ぇ。」
「何だ、その様な事ですか。」
 はぁ、と溜息交じりに軽く苦笑しつつ、詩人が応える。
「ならば私がメイド服に着替「大却下だドクター・ストレンジラブ。実写版メイドガイなんて見たくもねぇ。」
 冷戦なんて俺らが生まれた頃合に終結してるんだぜ、と暁徒は即座にその言を遮った。
「そこまで否定する事無いでしょう。それならあなた、依空さんだったらどうなのですか。」
「依空のなら、問答無用で良いに決まってるだろ。一緒にするもんじゃぁ無いさ。」
 突出してますね、と詩人はやや呆れ顔を浮かべつつ、コップを唇に運ぶ。
 合わせてウィスキーを口に含みながら、ぴっと暁徒は詩人を指差した。
「そう言う自分はどうなんだい?え?」
「誰の事を言っているのか予測は付きますが、念の為聞いておきましょう。どう、とは?」
「自明の理を聞くのは愚か者のする事さね。白玖蛍の事だよ。」
 詩人は嗚呼やはり、と今度は本当に呆れ顔を浮かべて、
「同じ事を何度も言わさせるのもどうかと思いますが。彼女と私は幼馴染です。」
 それ以上でもそれ以下でもありません、と続ける詩人は、その特別な関係に対する否定文に、特別では無い関係ならば少々考え難い程の熱が篭っている事実に果たして気付いているのだろうか、それとも否か。
 その様子に暁徒はあからさまに肩をすくめて見せながら、
「まぁ、そう言う事にしておくさ。因みに、今年のヴァレンタインにゃ、幾つチョコ貰ったよ?」
「え、と……義理ですが、十個以上は貰っているかと思います。そう言うあなたは幾つなのですか?」
「全く、あいつが色々な意味でヤキモキするのも解らなくは無いねぇ、それじゃ。嗚呼俺?俺かい。そうだな、義理が二つに本命一つばかしかな。姉貴と妹から一つずつ。そして勿論依空から一つ、さ。」
「お熱い話ですが、それを私に持ち込まないでください。」
 先程よりも若干…本当に若干…小さくなった氷を鳴らしながら、ロックを飲み干す詩人に向けて、暁徒はへいへいと明白に聞き流している事が受け取られる態度で、水をごくりと飲み込んだ。
「しかし沢山貰うと後で返すのが大変そうだねぇ。ほら、三月にゃホワイトデーなんてイベントがあるだろ。」
「えぇ、ありますね。ですが、貰ったものを返すのは当然ですから、しっかりと返しますよ。」
 流石自他共に認めるフェミニスト、と苦笑を浮かべる暁徒は、そういえば、と何事かを思い出して告げた。
「三月のイベントっていや、その頃合にプールが開放されるって話があったね。」
「正確には二月末位にですが、そろそろ開かれるのでは無いか、と言う噂ですね。聞き及んでいますよ。」
 そう言いながら、顔を上に、視線を天井に向ける詩人の顔は、
「何でもゴーストタウンを模した場で、生徒同士の戦闘が行えるもの、と言うではありませんか。まだ開かれてはいませんが、楽しみで仕方がありませんよ。何なら、今すぐにでも開く事を願うばかりです。」
 笑っていた。
 さも楽しそうに。
 さも愉しそうに。
 明日は何して遊ぼうか。
 そう夢想する子供の様に、無邪気な笑みを浮かべた。
 こつん、と言う音。
 コップをテーブルに置く暁徒の眉が、わずかにだが釣り上がった。
「……模擬線でもね、そんな風に楽しそうに言うかね。戦わないなら、それに越した事ぁ無いんだからよ。」
 淡々と、あくまで冷静に告げられるその言葉には、だからこそ棘が含まれている。
 普段の陽気さとは裏腹に、冷淡なその口調は、彼もまた酔っているからだろうか。
 それに対し、詩人はいえいえと首を横に振りながら応える。
 以前、笑みを浮かべたままで告げる。
「模擬戦だろうと、実戦であろうと、闘争と言うのは須らく刺激的なものです。殊、根本的に飢えから解き放たれた、即ち死の気配が希薄になった現代に至っては、ね。平凡な日々では得る事の出来ない愉悦を、闘争は与えてくれるものです。あなたの口からその様な言葉が出た事の方に、私は寧ろ驚いていますよ。」
 普段から淀み無いが、今宵は一段と冗舌であるのは酔いが回ってきたからか。
 その台詞に対し、眉所か、眉間に皺を寄せながら暁徒は問うた。
「気に入らねぇ……それじゃぁ、旦那が戦う理由って何だい?」
「自明の理を聞くのは愚か者のする事、では無かったですか?無論、快楽の為です。」
 眉間の皺は更に深まる。
「まずます気に入らねぇな。世界結界とかどうでもいいって事か。」
「それは違いますよ。ただ……そうですね、二の次ではあります。」
 あくまで第一とするべきは快楽を得る事であり闘争はその手段である、と詩人は語る。
 闘争そのものが目的で無い事が救いであるかどうかは定かでは無い。
 だがその考えを受け入れられない理由が暁徒にはあった。
「……旦那よ。」
 暫しの熟考の後、ふぅと溜めた息を零しながら、暁徒は言う。
「俺と君は結構似てる、と思っていた。だが決定的に違う事があるってのが今解った。」
 最早眉間に皺は無く、ただ見ているだけ、と言う様子で、暁徒の黒眼が詩人の赤眼を見る。
「俺が戦うのは、復讐からだ。ゴーストによ。親父と御袋を縊り殺された、な。だから……戦いを楽しいだなんて思った事ぁ……いや……そもそも楽しんじゃぁいけない。そう思うのさ……。」
 普段の陽気な、飄々とした態度とは打って変わった発言を、頷きながら詩人は成る程、と聞いていた。
 全てを言い終えて、沈黙の中に沈もうとする暁徒に、彼は形容し難い笑みを浮かべて、
「でも私的理由で、手段としている点では一緒ですよ。あなたは復讐の為、私は快楽の為に。」
 くっと唇を吊り上げながら、そうかもしれんねと暁徒は苦笑いで返した。
 そうですよと笑い返す詩人は、
「何、どうせ死人が出る程激しい事をする訳ではありませんし、そう真剣に考える程でも無いでしょう。闘争、では無く、純粋な意味での勝負として考えれば、それもまた良いのでは無いでしょうか……、」
 ばたりと前のめりに倒れた。
「……そーだn、おいどうした。」
 詩人の唐突な行動に唖然とする暁徒は、詩人の直ぐ近くに駆け寄った。
 うつ伏せの状態で、横に向けられた詩人の顔は蒼白である。
「違う、と言えば、これもそうですね。」
 辺りに視線を泳がせながら、彼は告げた。
「私、余り飲めないのですよ。」
「何だ、それなら先に早く言やぁいいのによ。」
 ははと声を立てて苦笑する暁徒に向けて、詩人は更に言った。
 この場に置いては致命的な台詞を。
「と、言うか、酔うと吐きます。」
「……何?」
「胃袋からお酒がせり上がって来てですね。」
「いや待て。」
「げぽーっと口から飛び出すのですよ。」
「止めとけ。」
「ほらもう直ぐそこまで迫ってます。」
「せめてゴミ箱にっ。」
「いいや、限界だっ。吐くねっ!!今だっ!!!!」
 暁徒が静止する叫びと、多量の液体がぶちまけられる音が上がったのは、ほぼ同時であった。

 その後。
 詩人のプライベートルームで、良からぬ事がなされる事は二度と無かった、と言う。
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