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 本作『アメリカン・サイコ』は、その名前の通り、亜米利加実写版多重人格探偵である。サイコキラーも含む多数の人格を有する雨宮君と言う難しい役所を、我等がクリスチャンベールが演じ、話題となった作品だ。
 勿論、嘘だ。

 本当は、表の顔はエクササイズが趣味の理想的なエリート証券マン、しかし本当の顔は嫌悪感、劣等感から来る殺人衝動に駆られて夜な夜な娼婦や乞食、同僚や果ては出会い頭の人々を殺して回るサイコキラー、パトリックベイトマンの話である。

 亜米利加実写版吉良吉影と思ってくれていいだろう。原作となった小説が発表されたのが1991年であり、第四部が95年から始まった事を考えると、逆にモチーフとしているかもしれないがな。まぁベイトマンと吉良は、その趣向的に似て非なる存在ではあるけれど。

 さて、そのベイトマンを演じるのがクリスチャンベールであり、今回この映画を借りて来たのもひとえにベールが主演であり主役であるからなのだが、流石ベール、実に良かった。

 証券マンとして俗物的ながらもクールなキャラを演じたかと思えば、音楽の解説を振り付け付きで行いながら、ノリノリで同僚の脳天を銀の斧でかち割る姿には惚れ惚れした。更には、3Pを楽しみながら鏡に映った自分の姿にYeahするナルシストっぷりを披露したり、白い靴下一丁(靴だったか。勿論それ以外は何もはいてない)にチェーンソーを両手で持って娼婦を追い掛け殺すと言う、笑ってはいけないのだが笑ってしまう様な、黙っていれば実に二枚目なのに良くぞここまでと言う様な演技までしっかりとこなしている。繰り返しになるが流石ベールだ。伊達に三ヶ月で三十キロのダイエットに成功した後、バットマンの監督に『とりあえず太れ』と言われて本当に太った天然ボケ常人じゃとても真似出来そうに無い事を平然とやる男だけはある。

 また、ベイトマンベールから離れて、映画全体の雰囲気についてだが、あのスタイリッシュな感じは良かった。特に出だしの白い画面に滴り落ちる真っ赤なソースは綺麗だった。監督が女性だそうだが、その所為であるかもしれないな。

 そしてベイトマンやその周囲を通して語られる、当時の、いや今でもかもしれないが、消費社会、大衆社会に対する皮肉。名刺に拘り、レストランに拘り、表面上は美しく、綺麗な言葉を言っていても、裏ではどろどろと言う具合で、成る程、風刺である。ただ、最後の呆気無いあの終わりが、風刺と言うにはちょっと弱い気がするがな。サイコキラー的側面が前面に出ているのも、また同様だ。

 そう言う訳で『アメリカン・サイコ』なかなか面白い映画であった。風刺云々は置いておくとしても、ベールが実に良い映画である。ある意味ではそれだけの映画(根本的にベイトマン=ベールの存在が全てであるからな)であるのだがしかしそれだけでも見ておくべき映画である、と言えよう。

 所で余談であるが、ベールのやる役(特に主演)は、格好良いのに何処か抜けてる役が多い気がするのだが気の所為か。小枝の様な手足を懸命にふって逃げるトレバー(マシニスト)とか、子供でも(だから、かもしれないが)簡単に見抜ける様な嘘をつき、犬一匹の為に警察一個小隊を瞬殺するジョン・プレストン(リベリオン)とか。まぁ、だからこそあの格好良さが映えるのだがな。ジョニー・デップと彼は、ただ出演すると言うだけでも見るね。

 更に余談。パトリック・ベイトマンリアルフィギュアは、スーツじゃなく真っ裸にチェーンソーだろ常識的に考えて。
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