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2007.03.09 特殊
 ある男の奇妙な独白。



 ――さて、何から話すとしよう。
 そうだな……お互い名前も知らぬ身だからね、まずは自己紹介と行こう。
 私の名前は、朝倉朝信。
 年齢は28歳。
 結婚歴は無し。
 鎌倉のとある証券会社で働いている者だ。
 こんな時代だから仕事があるだけありがたいんだが、私の場合はその上結構給金も良い。
 おかげで、なかなか快適な暮らしを送っているよ。
 しかし、勘違いしてもらっては困るが、毎日こんな夜遊びをしている訳じゃない。
 精々一週間か、二週間に一回、それも明日会社が休みである土曜日位だ。
 毎日遊び呆けていては、精神に、それ以上に肉体に良く無い。
 私は健康にとても気を使っているんだ。
 毎朝六時には起きて、軽い体操の後、ジョギングをするのが私の日課だ。
 きっちり三十分、マンションの周りを走ってくる。
 適度に汗をかき、新鮮な空気を吸う事で、体も心もしゃっきりとなる。目覚めには最適だ。
 そして帰ったらシャワーを浴びる。
 当然だね、汗臭いままで会社になんて行く訳にはいかない。
 ゆっくり、と言いたい所だが、そうも言っていられない。
 手早く、だが念入りに、髪と体…特に、右手は…良く洗っておくんだ
 それが済んだら、お湯を沸かし、紅茶を淹れる。
 葉はダージリン、勿論粗悪品じゃない、一級品だ。淹れ方も完璧。
 たっぷりのミルクを入れて飲む時のその安堵感は、筆舌に尽くせないな。
 珈琲?馬鹿を言わないでおくれ。
 味も匂いもきつい、おまけに健康にも悪いあんなものを好き好んで飲む奴はどうかしている。自分はこんなに苦いものを飲めると言う事で大人を気取りたい餓鬼か。そうで無ければ、眠気覚ましにカフェイン摂取を目的に飲んでるんだろうな。どちらにせよろくでも無い。まともな舌があるなら、あんなものは飲めたものじゃない。
 と、失礼、話が逸れてしまったね。
 何の話だったかな……そう、朝の話だ。
 ジョギングにシャワー、それから紅茶。これが私の朝の定番と言う所だね。
 では、昼の話でもしようか。
 紅茶を飲んで一段落したら着替えて…服に対する私の拘りは、今着ているものを見てくれればいいだろうからね、あえて何も語らないよ…仕事に行く。
 乗って行く車は、アルファ・ロメオのジュリエッタ。
 色は赤。既に何年も乗っている。見たまえ、あのフォルムを。まさに芸術的と言っても過言ではあるまい。
 家から会社まで三十分、込んでいたら四十分運転する訳だが、その間は私の一日の中でも至福の時だ。
 時間がある時なんかは、少々寄り道をする場合もあるよ。
 そして会社だ。
 ここで言う事は、まぁ余りあるまい。
 私は優秀だし、それに仕事なんて言うものは人生において、ほんの些細な事でしか無い。時々労働を至上の幸福と思っている輩がいるが、哀れと言う他あるまいな。ほら、有名な言葉があるだろう、『人はパンの為に生くるに非ず』ってね。彼等は、人生の楽しみを知らないのさ。
 私の楽しみ、か。勿論君とこうやって話している事もあるが、そうだな、食事もまたその一つだ。
 会社の近くに、味が良くて、値段もそこそこのイタリアレストランがある。大抵そこでランチを取っている。会社に食堂もあるが……とても食えた様な代物じゃないからね。それに、会社には顔見知りが多い。この国の人間は何故ああまで群れで行動しようとするかな。食事の時位、独りで食べたいと思わないのだろうか。
 おっと、君の様な人間だったら、何時でもご一緒願いたいがね。
 ランチが済んだら、午後からの仕事に取り掛かる。
 それが済めば、そのまま家に帰るさ。煩わしい人付き合いは嫌いだからね、上司と酒だなんて真っ平だ。何が悲しくて仕事が終わった後で、また仕事をしなくてはいけないのか……全く持って理解に苦しむ。
 そして家に帰ったら、軽い晩酌を楽しむ。余り飲んでも、次の日が辛いからね。
 で、シャワーを浴びて一日の疲れを取り、軽い柔軟体操を終えた後、そのままベッドに入る。
 そんな所が、普段の私の一日、と言う所かな?
 普段じゃない時、か。
 それは言うまでもあるまい。
 こうして、君の様な美しい女性に声を掛け、一夜を楽しむのさ。
 ま、楽しむと言うより、私が生きる為に必要な事ではあるんだがね。
 どう言う事か、って。いい質問だね。応えてあげよう。
 私は実はもう死んでいるんだ。
 死んでいるのに生きている……おかしいだろうね、でも本当なんだ。
 嗚呼、そんなお腹を抱えて笑って欲しくないな、君。そら、今一番危険なのは君なんだぜ。
 何故って、私は人を食べるからさ。比喩なんかじゃなく、本当にね。
 人間が生きている…植物だって生きているのさ…モノを食べなければ、死んでしまう様に。
 私も、生きている人間を食べなければ、死んでしまうのさ。
 はは、実はもう死んでいるんだがね。
 交通事故で呆気無く、さ。
 だからこそこんな存在になったんだが…結局、人間である事には変わらない。
 食べなければ、死んでしまうのだからね。
 だから今までにも何人も、そう、何人も食べてきた。
 脚が付くと行けないからね、それはもう脚から齧って、全て平らげたさ。
 男や老人は硬くて食えたものじゃないが、若い女性はとても美味しい。私好みだ。
 まぁ選り好み出来る身分で無いのは解っているが、やはり食べるなら美味しい方が良いだろう。
 食事は、私の楽しみだからね。
 それに、実は別の条件もある。
 食べる人間は、私を愛してくれている者で無ければならないんだ。
 理由?理由は知らない。
 飢えて飢えて仕方が無かった頃、沢山食べても少ししか満たされない事に気付いた時にね、我慢出来無くて母親を食べたんだ。その時だよ、明らかに小柄な彼女を齧った瞬間、胃が確かに満たされるのを感じたのは。
 後は夢中で貪ったさ。本当、彼女は素晴らしく美味しかった。
 彼女も本望だろうさ、父親が早くに死んで私を溺愛していたからね、私の血肉に成れたんだから。
 ただ、その間順風満帆だったって訳じゃなくて、手痛い…文字通り…失敗をしてしまったが。
 ほら、見てくれ。この右腕だ…見えるだろう?この傷跡。手の甲から肘までに出来てる…殴った様な跡。
 昔私がまだ東京の方にいた頃に押し入った家に居た少女に付けられたんだ。
 親、だろう、を殺して…兄かな?少年が鬱陶しく突っ掛かって来たのを払おうとした時に、彼女にやられた。
 何が起こったか解らなかったよ。それはもう凄い衝撃だった。
 丈夫な体になっててね、並大抵の怪我なら負いもせず治るんだが、それは別だった。
 そうだな、鹿の群れに思いっ切り轢かれた、と言う感じかな。
 我ながら良いたとえでは無いが、そうとしか言えなかった。正に蹂躙だよ。
 で、結果はこの様さ。今は機能に支障は無いし、傷は治ったんだが、跡が残ってしまった。
 当時はまともに動かす事すら適わなかったよ。他にも怪我をした部分は沢山あったしね。
 本当、手痛い失敗だったと思うよ。
 調子に乗って健康を疎かにし、味をしめて暴飲暴食していた私に神様が下した罰だったんだろうさ。
 全く。
 あそこで少年に邪魔されなければな、彼女を食べる事が出来たんだが。
 一目見て思ったね、嗚呼何て美味しそうなんだ、と。
 実に惜しい。今でもそう思う。
 その少女、今はこの鎌倉に居てね。
 機会があれば是非、と思っているんだが、はは、まぁ今は我慢って所さ。
 と……もう時間かな。
 それじゃそろそろホテルに行こうか……あぁ、質問?何かな。
 ……成る程、何故その様な事を話したか、と。そう君は聞くんだね。
 黙っていればばれなかったのに、と。
 何、簡単な事さ。
 ほら、その微笑みだよ、君。
 そう、君は信じちゃいないからね、こんな世迷言。
 上等のワインに酔った君に確かな思考能力なんて無いし、あったとしても私が酔ってると思うさ。
 酔った私が、女を釣る為に奇特な事を言っている、ってね。
 まさかと思いながら、決して同時にもしやなんて思わない。
 それが、この世界に生きる者達の常識であり。
 だから、こんな会話に最初から意味なんて無い。
 ただ私が言いたかっただけでね。
 私は多くの人間がそう望む様に、幸せに過ごしたいだけなんだ。
 そして世界の仕組みなら理解している。
 派手に動けば、世界に勘付かれれば、命を取られる危険がある、と。
 幸せに過ごす為には、穏便に、あくまで穏便に生きる必要がある、と。
 だがね、君。世界に知られなくとも、それでも誰かに聞いて貰いたいのさ。
 誰にも本当の私を明かせないと言うのは、なかなかに辛いものだから。
 それに、君だってただ食べられるのは嫌だろうと思ったからね。

 ま、それもこれも何の事は無い、軟派な男の世迷言に過ぎないのだがね。
 忘れておくれ、君。
 忘れて、さぁ、私と共に楽しい一夜を過ごそうじゃないか。
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