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ぎぃ、と。
 重々しい木の扉が開いて行く。
 隙間から差し込む光は、徐々に幅を広げ、全体を照らして行く。
 そこは教会だった。
 礼拝用の長椅子がずらりと並び、その奥には彼のお方の御姿が、十字架に張り付けられた格好で居られる。
 天井に近い所に付いた窓から幾多の光が彼の御方の御姿を照らし出し、影と相俟って一層神々しく見せた。
 厳粛にして清潔な空気に満ちた場。
 正に神の家に相応しい場所では無かろうか。
 そんな稀有たる空間を乱すかの様に、カツカツと足音を立てて進み行く者が一人。
 塩森暁徒である。
 学校帰り…いや、時刻はまだ昼過ぎである事を考えれば解答は自ずと出よう、その格好は黒い制服姿だ。
 後ろに撫で上げ切れずに垂れている、数束の前髪を歩みに合わせて揺らしながら、奥へと進んで行く。
 紅い眼鏡越しの視線は、歩む先におわす彼の御方を捕らえて離さない。
 靴音を木床に響かせながら、彼は窓の光と間の影を通り抜けて行く。
「何用でしょうか?」
 ぴたり、と止まる靴音。
 黒い双眸が彼の御方の像から、その側、礼拝堂の奥に続く扉の影へと移る。
 そこには、修道服に身を包んだ女性が佇んでいた。
 いや、女性と言うのは誤りだ。年齢的には暁徒とそう対して差は無い様に見られる。
 だが、落ち着いた態度が、そう思わせているのであろう。
「姉貴から聞いたのさ。うちの近くの教会に、新しいシスターが来たらしい、ってな。」
 眼鏡をくっと上げながら、暁徒は彼女の方を見た。
 口元にかすかな笑みを浮かべながら、足早に長椅子と長椅子の間、礼拝堂の中央を歩いて行く。
 カツカツ、と。
「えぇそうです……その前に私の質問への解答を。何用でしょうか。学生が、この様な時間に。懺悔でも?」
 血の宿った人形の如き顔に一切の表情を浮かべさせずに、彼女は応えた。
 異国の血が混じっているのだろう、長い金髪を震わせ、黒い眼を真っ直ぐに向けながら、暁徒の方へ行く。
 コツコツ、と。
「そんな事をしに来た訳じゃ無ぇさ。まぁこれは俺の勘、なんだがね。」
 カツカツ。
「勘とは、幾多の経験から来るものです。信頼して良いでしょう。そして今一度。何用でしょうか?」
 コツコツ。
「あんた、ヘリオンって奴だろ。」
「そう、と応えたらどうするのですか?」
 カツコツ。
 二つの足音が止まった。
 お互いに、眼前に居る相手をじっと見つめる。
 暫くの沈黙の後、口を開いたのは暁徒であった。
「俺を、ヘリオンにしてくれ。」

 ヘリオンとは、能力者達の学び舎たる銀誓館学園において、ごく最近その存在を認知された能力者だ。
 世界の根源を成すとされる聖なる光を操る能力を持っており、その力を持って善を成すと言う。
 意外な様だが、このヘリオンの様な未知の能力者と言うのは別段珍しいものでは無いらしく、ヘリオンよりも更に最近になって、また新たな能力者『月のエアライダー』なる存在が認知されたばかりである。
 銀誓館学園も、万能では無いらしい。

「ほう……私達の同胞、になりたいと言う事ですか。それは何故?」
 感嘆の吐息を漏らしながら、それでも表情は変えずに、シスターはそう聞き返す。
 先程から疑問詞が多い。
 その事実には、暁徒も気になっているらしく、僅かに眉間に皺を寄せながら、軽い感じで応えた。
「さぁ…何と無く、だな。ちょっと興味が沸いたと言う所さ。それで、それっぽいのに「嘘ですね。」
 流暢に紡がれる台詞を、シスターの端的な一言が打ち消した。
「……何?」
 暁徒の顔が、怪訝そうに曇る。
「あなたは心では無く、頭で動く人です。そんなあなたが、何の理由も持たずに動く訳が無い。いや、仮にあったとしても、それならば『理由が無い』と言う理由が存在する筈。『何と無く』等と言う、曖昧な理由では決して無い。もしあるとすれば、それは、その理由は、心のもっと奥深い所から来ているものであるか、或いは……そう、頭で理解しても心が理解出来ず、故にそれを否定して、適当に誤魔化したのか……どちらか、です。」
「初対面なのに、随分とまぁ冗舌に人の事を語るじゃないかい。で、俺からも聞くさ。その根拠は?」
「私の勘です。」
 これでは答えになっていませんか、と、そう首を傾げて見せるシスター。
 相も変わらず無表情な彼女に対し、暁徒の表情はますます曇って行く。
「ヘリオンって言うのは、あんたみたいにろくでも無い奴が多いのかい?」
「私がろくでも無いかどうかは置いておくとしまして。私の勘を無視するのは、図星だからでしょうか?」
 暁徒の罵詈雑言に対しても、シスターは軽くあしらう。
 最早『曇っている』等と言う生易しい言葉では現せない程に、暁徒の顔は歪んでいた。
 それは、彼女の言う通り図星であった為だろうか。
 是非の次第は、彼本人にしか解らなかったが。
「……話に成らんね。」
 その暁徒の表情が、憑き物が取れたかの様に和らいだ。
 同時に、右足を軸にくるりとシスターの方へ背を向ける。
「逃げるのですか?」
「無駄と解ったからね。そっちも無駄な時間を使わせて悪かった。じゃぁな。」
 シスターの声を背中で受け止めながら、暁徒は元来た道を戻って行く。
 その背中を、じっと見つめながら、彼女の唇が動いた。
「……あなたの中に、焔が見える。」
 ぴたり、と暁徒の脚が止まった。
「あなたの中に焔が見える。それは強々と音を立てて燃え盛りながら、しかし手を翳しても決して熱くは無い。いや寧ろ、背筋がぞぅっとする程に寒々しい、青い焔だ。あなたはそれを必死で抑えている。様々な手段を講じて……だが逆に、抑えているからこそ、あなたはその焔に縛られている。従っている。茨の如く。鎖の如く。」
 浪々と紡がれるシスターの言葉に、暁徒はじっと耳を澄ましている様だ。
 彼の背中を見つめたままで、彼女は更に言葉を綴る。
「しかし、その焔の中に、別の光がある。それは周りに燃え盛る青い焔とは違い、暖かな光だ。焔等、それの前には何の意味も持たないであろう。あなたはそれが何であるのかを既に知っている。察している。だが、焔を消して光を掲げる事等出来ない。どうしようも出来ない。それは何故か。もしあなたがその光を受け入れたならば、今の、今までのあなたの存在、焔に縛られ従ってきたあなたそのものが、それを培ってきたあなたの世界が危うくなってしまうから。それならばまだこの焔を受け入れるべきだ。そうする他に、自分を、自分の周りを守る事は出来無い、と、あなたは考えている。思っているのでは無く考えている。そして、ここへ来た。その光が、強い光を発する焔の影で、ささやかに輝く小さな光が、ここにやって来させた。私と、あなたを、運命の糸で、運命の意図で結び付けた。だから、あなたはここに居る。ここに来た。焔を破る為に。光を得る為に……違う、でしょうか?」
「……。」
 全てを語り終え、シスターの口は閉ざされた。
 暁徒の方は依然黙ったままで、神妙な面持ちで佇んでいる。
 その脳裏に映し出されるのは、過去の自分。

 両親を、特に父親を慕った幼い自分。
 父親の様に成りたいと願った自分。
 独逸から日本に戻り。
 平穏な中で、父親の背中を追った自分。
 その果ての破局。
 両親の復讐を誓い、剣を取った自分。
 上辺だけでも陽気に振舞おうと思った自分。
 そして、復讐を理由にゴーストを狩って来た自分。
 ゴーストを、愉悦のままに殺そうとした自分。
 そもそも根底が間違っていた事を再度思い知った自分。
 それでも尚、許す事等出来ぬ自分。
 許したくとも、出来なくなった自分。

 幾多にも渡る己の姿が、プリズムの如く輝いては消えて行く。
 そうして、前よりも長い間を取ってから、彼は振り返った。
「……あんたの名前、聞いてなかったっけな。俺の名前は、塩森暁徒。」
「シオモリアキト、ですか。面白い名前ですね。私は塔間・A・久喜。」
「どっちもどっちだろうが……そんな事はどうでもいい。トウマ・A・クキ。」
「何でしょうか?」
 シスター、久喜は暁徒の顔を見る。
 無表情な顔から発せられる、無機質な視線。
 だからこそそれは、全てを平等に見守る慈母の如き視線、と言っても良いのでは無かろうか。
 真っ直ぐで、故に透明である視線。
 その瞳に見守られながら、ふぅと軽く溜息を漏らした後、暁徒は言った。
「今一度言う。俺を、ヘリオンにしてくれ。」

 暁徒の申し出は、即座に了承され、早速儀式の準備が催された。
 とは言えやる事は二つしか無く。
 一つは、邪魔が入らない様に扉に鍵を掛ける事。
 もう一つは暁徒の目を布で覆い、光を閉ざす事。
「おいおい、こりゃ何のプレイだ?」
 ぐるりと瞼の上に巻かれる黒い布を感じながら、暁徒はそう苦笑いを浮かべる。
 勿論、そんな下世話な冗談に付き合う人物等、この場にはいなかったが。
「私達の力の源は光。普段有り触れているものだからこそ、隠す事でそれを顕在化させるのです。」
 久喜はそう言って、きゅっと布を縛り終えると、暁徒の前に回った。
「さぁ、感じるのです。眼と言う肉体的部位では計れない光を。」
「ブルース・リーだな、Don't Think. Fee、っ。」
 尚も軽口を続ける暁徒の口がふいに止まった。
 それは、額に当たる軽く、しかし硬い感触。
 鼻先に、さらさらと触れて流れる、細いもの。
「静かに。暗闇を見るのです。その先に見える、光を。」
 そして、直ぐ目の前から聞こえる声と、頬に当たる吐息。
「……応。」
 不自然にも早まる心音を抑えるかの様に、暁徒は軽く深呼吸した。
 そして全ての思考と、視覚以外の感覚を洗い流し、ただ目の前に広がる闇を凝視した。

 最初は、何も見えなかった。
 当然である。
 そこは闇なのだから。
 闇とは、光が無い所だ。
 眼とは光によって世界を見つめる。 
 光が無ければ、何も見えないと言うのは道理である。
 だが、それは必ずしも正しい事では無い。
 見るとは光を通して、眼によって成されるものであるが。
 見ると言う行為自体は、人間の脳によって行われているものなのだから。
 つまりは、光と言う外的なものだけでは無く。
 脳と言う内的なものがあってこそ、人は世界を見る事が出来るのだ。
 であるならば、光無き所が闇であるとは言え、必ずしも見えないと言う事は無い。
 いや寧ろ、外的な光が無いからこそ、内的な脳、もっと言えば精神でしか見えぬ光を捉えられる。
 だから、その時暁徒の眼前にちらりと『光』が見えた事もまた、道理なのである。

 光が消え、闇が起こり。
 そして。
 闇が消え、光が起こる。

 分極性。
 対極の物が存在しているからこそ、己が存在する。
 全ては決して一つでは成し得ないと言うのが、真の道理、真理である。

 今。
 久喜から流れるヘリオンの力を受け、暁徒は光を見ていた。
 何処までも真っ直ぐで、澄んだ光。
 本来屈折、曲がっていなければ色は成らず、光を見る事等出来ない。
 だが、それでも、彼の閉じられた瞳は、燦々と降り注ぐ透明な光を捉えているのである。

「終わりました。これであなたは、私達の仲間。と言う事になります。」
 一応は、と付け加えながら、久喜は暁徒の眼に巻かれていた布を取り外した。
 彼女の声に、暁徒の瞳ははっと開かれ、世界を捉える。
 既に、あの光は消えていた。
 それよりも強い光を彼の双眸は感じていた。
 窓から差し込む光が妙に眩しい。
 暁徒は、きゅっと眼を細めながら、久喜を見た。
 彼女は、無表情のままで暁徒の方を見ている。
「……何も変わった気がしないんだが。」
 そして自らの右手に視線を合わせ、ぐ、ぐ、と指を握り締める。
 特別な力が宿った、と言う感覚は、無い。
「仕方が無いでしょう。ですが、」
 その無機質な、偏見も差別も持たない瞳で暁徒を見ながら、久喜は彼の頬に右手を伸ばした。
 頬を親指ですっと撫でる。
「考えるな、感じるんだ……あなたは確かに感じている筈ですよ。」
 言われ、暁徒ははっと気付く。
 久喜の白く細い指が撫で取ったもの。
 己の瞳から流れ出た、一筋の涙の存在に。
 自分の身に起こった事実に愕然としながら、暁徒は久喜を見た。
 彼女はきゅっと結ばれた唇の先を、ほんの僅かに吊り上げて笑っていた。
 途端、涙とは根本的に違う何かが頭に上るのを感じ、暁徒はぐっと顔を背けた。
「……やっぱりよく解ら無いな。」
「そうですか。でも徐々に解って行く事でしょう。あなたは確かに光を感じ……光の使者となったのだから。ですが私に出来るのは、光を気付かせ、感じさせる手伝いをする程度。焔を消してやる事は出来ない。あなたが変化を感じないのはまだ焔が燃え盛っているから。その焔を消すのは、あなたにしか出来ません。残念ながら。」
「……そうかい。」
 微笑み、そう言う久喜に対し、暁徒は精一杯の演技で素っ気無くそう応えると、すっくと立ち上がった。
「そろそろ行くさ。本当、手間取らせて悪かったな。さっき逢ったばっかって言うのに。」
「いえ、運命の糸で結ばれた者同士、ですから。それに、迷える子羊を導くのが私の役目です。」
「俺が子羊、ね。まぁいいさ、そう言う事にしておこう。」
 子羊と言う言葉から連想された己の姿に苦笑いを浮かべながら、彼はくるりと踵を返す。
「今度、また暇があったら来なさい。あなたにちゃんと、力の使い方を教えますから。それに、もっと話も。」
 カツカツと、来た道を戻って行く背中に向けられる言葉に、彼はぴっと指を振るった。
「Danke.」
 そう、彼にとっては最上の感謝の言葉を返しながら。
 暁徒は、木の扉を両手で軽々押し開けると、午後の陽気に満ちた外へと出て行った。
 背後では久喜が、扉が閉まり、その姿が見えなくなるまで、暁徒の背中を見つめていた。
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