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「おや、暁徒さん。どうしました、そんな疲れた顔をして。」
 銀誓館学園にある結社『Laboratory』の一室にて。
 団長・朱烏詩人は、窓辺にうっそりと身を投げ出す塩森暁徒に向けてそう尋ねた。
「あぁ、解る?やっぱり。」
 苦笑いを浮かべながら応える暁徒の眼には、薄っすらとだが隈が出来ている。
 病気や怪我、と言う訳では無い様だが、何処か気だるそうである。
「いやね、最近鬼軍曹にしごかれててさ。寝てない訳じゃないんだが、疲れが取れなくてね。」
「ほう。鬼軍曹と言いますと、つまりはハートマン?」
「いや、金髪のシスターなんだがよ。」
「美人でしょうか?」「まぁ美人だと思うね。」
「何ですか、その羨ましいシチュエーションは。私と変わりなさい私と。」
 真顔で言う詩人に、暁徒は言ってろと更に苦笑い。
 その顔が窓の向こう、空をふと見て、ぎしりと固まった。
 おや、と詩人も空を見た。
 雲一つ無い、素晴らしき初春の晴天である。
 そこに、おかしなものが浮かんでいた。
 巨大な文字である。
 航空ショーで見られる煙を用いたものでは無く。大気が歪んだ様な形で青い板に刻まれていた。
 刻まれている文字は、『Come』…来い、である。
 かなり大きく書かれているが、一般人には見えないらしい。窓の外、グラウンドで練習に励む野球部員達、息を滾らせながらせかせかと走る陸上部員達は、空を見上げようともしない。
 と、なれば、それが何であるか、能力者達にとっては明白である。
 最近銀誓館学園に認知された光の使者、ヘリオンの本業能力。空に文字を刻む『ヘリオンサイン』である。
「初めて見ました、あれがヘリオンサインですか……暁徒さん?」
 探求者としての知識欲の元に、じっくりと空を眺めていた詩人は、ふと暁徒の姿が消えている事に気が付いた。
 見れば、彼は窓の外を校門に向けて走っていた。
 どうやら、窓から飛び降りたらしい。Laboの部屋は一階にある為、兎角言う程の事では無い。
 ただ、普通そんな所から出入りはしないが。
「塩森さんどうしたのですか?」
「悪い旦那ちょっと急用だい。」
 背後から来る詩人の声に、暁徒は手を振りながら、そう応える。
 速い。
 その背中は、あっと言う間にグラウンドを横切ると、校門を抜け、そして見えなくなった。
「……例の美人鬼軍曹さんから、ですかね。」
 残された詩人は、ぽつねんとそう呟いた。

 そして舞台は学校から教会へと移る。

「はぁっ!!!!」
 天井近くの窓から差す光が、光指さぬ場と合わせて縞模様を作り出す礼拝堂。
 そこを疾走する一つの影。
 握るのは繋鎖剣。百の牙を持って、一の刃を成す機構剣。
 纏うのは聖黒衣。体にぴたりと合った、喪服の如き黒衣。
 影…塩森暁徒は、繋鎖剣『疾風怒濤』を下段に構え、白と黒の中を交互に抜けて行く。
 眼前に居る相手、艶やかな金髪と透ける様な黒い瞳のシスター、塔間・A・久喜へ向けて。
 久喜の姿は暁徒と違って普段と変わらない、彼女の職業を示す制服、修道服姿だ。
 違う所と言えば、その右手に持たれた円形状の盾と、彼女が発する気配だろう。
 窓から光に照らされて神々しいまでのオーラ、そう、オーラと呼べる様な気配を発している。
 その彼女目掛け、暁徒が迫る。
 距離は既に三メートルまで近付き、もう一歩でも踏み込めば、彼が握る疾風怒濤の間合い。
 そして踏み込む。
 跳ね上がる繋鎖剣。
 向き上がる円状盾。
 ガッと言う衝撃音と共に、チッと言う舌打ち。
 百の牙を持つ疾風怒濤は、久喜の丸盾によって受け止められた。
 いや、正確には盾によって、では無い。
 剣は盾には触れておらず、その前方の空間で止まっていた。
 止まっていた、と言うのもまた正確では無い。
 何故ならば、その空間には、既に剣でも盾でも無いものがあったからだ。
 ただ陽光に照らされていた為に見え難かっただけである。
 それを例えるべきものを見つけるのは少々難しいが、見たままを形容するならば、光で出来た正八角形である。色は淡い赤、青、緑が織り交ざったもので、特定の色を持たず、絶えず変化を続けながら輝いている。
 良く見ればそれは、盾の前だけでは無く久喜の周囲にも浮遊していた。
 数にして四つ。
 それが何であるか、同じ術を使える、いや、教わった暁徒にとっては良く解っていた。
 ヘリオンが術式技能(アビリティ)『リフレクトコア』。
 光を形として固定させ、身体を物理的に護る障壁と成すと同時に、自らの神秘的な力を増幅させる術。
 それを打ち砕く事は久喜が相手では、自分の力では絶望的に厳しい事もまた暁徒は良く知っていた。
「流石に硬ぇな、だがっ!!!!」
 だから彼は、疾風怒濤をコアから離しながら、一歩引いた。
 空いている左の掌を、ばっと広げながら、前方に構える。
 途端、彼の周囲に異変が起こる。
 大気が音を立てて歪み、それに巻き込まれる様に光が凝縮して行く。
 そして、崩壊。
 パキィインと硝子を砕いた様な音が響き渡り、余剰な部位(ひかり)を解き放って、四つのコアが造られた。
 暁徒の周囲を旋回する四つのコアは、バリバリと放電。彼の体に力を与える。
 その輝きも、造詣も、久喜のそれとは比べられる様なものでは無く、事実そのバリアとレンズとしての効果は、決して大きなものではなかったが、それでも無いよりはマシと言う所だろう。
 四つのコアは暁徒の周囲をぐるりぐるりと廻っているだけであったが、
「はぁぁぁぁっ。」
 と言う暁徒の呼気と共に、彼の体から、振り上げられた疾風怒濤へと焦点を変えた。
 衛星の如くコアは刀身を中心に廻り、光の力が放電となって百の牙、鎖へと宿る。
「せいっ!!!!」
 暁徒は、気合一発疾風怒濤を振り下ろした。
 同時に、ガキリと引かれる引金。
 撃鉄が下ろされ、紅玉状の動力部から鎖へと力が送られる。
 鎖は回転し、一気に加速。
 最早人の眼では一つの刃にしか見えない程までと成る。
 だが、真の刃は鎖では無い。
 鎖の刃に纏わり、四つのコアが増させる、鋭利な大気の塊だ。
 振り下ろされると共に解き放たれたそれは、ブォンと音を立てて久喜に迫る。
 距離は至近。 
 更に放たれたのは、尋常ならざる神秘の力。
 避ける事は、殆ど不可能と言ってもいい。
「無駄ですね。その程度で突破出来ると思っている訳でも無いでしょうに。」
 だから、久喜は受けた。
 盾で塞がった右手の代わりに、何も持たぬ左手を指揮者の如く振るい、コア達を操作。
 四つのコアを一点に集め、より一層強固な大障壁を成した。
 大気の刃が大障壁に当たり、二つに分断。
 久喜を中心に左と右に分かれて行った刃は最早刃では無く、突風となって礼拝堂全体を揺らす。
「流石っ!!!!」
 その様を見ながら、ヒュゥと暁徒の唇から、甲高い口笛が漏れる。
 久喜が指摘した様に、攻撃が利かないと言う事は先刻承知であったらしい。
 乏しい体力が為だろう、疲労が伺える玉の様な汗を、弾の如く全身から発しながら、彼は疾風怒濤を振った。
 先程と同じく、神秘の力によって織り成された大気の刃が、久喜へと迫る。
「愚かですよ。」
 利かなかった攻撃を二度続ける行為を端的にそう指摘しながら、ヒンと彼女の左手が動いた。
 くるんとコア達が旋廻し、刃を受け止め、掻き消す。
「まだまだっ!!!!」
 だが、二度だけでは無かった。
 暁徒は、刃が掻き消されたと解ると、すぐさま手首を返し、刀身を振るって、第三の刃を造った。
 第三に留まらない。
 ブォンブォンと振っては返し、幾つもの刃を織り成して行く。
 何重にもなって迫る大気の壁は、正に疾風怒濤と呼ぶべきだろう。
 それでも尚久喜は一切の表情を変えず、
「数を撃てばどうにかなる、と思っているのなら、本当に愚かです。」
 ヒィンと左手を振るった。
 合わせ、衛星どころか流星と化したコア達が踊り狂い、刃を悉く打ち消して行く。
 刃は久喜には届かない。
「くっ。」
 それでも、暁徒はその両腕を止めない。
 徐々に息を乱し、大量の汗を飛ばしながら、それでも尚、腕を振り続ける。
 流石におかしい。
 彼が、何時までもこんな無意味な事を繰り返す筈が無い。
「いい加減に、」
 怪訝そうに久喜が顔を顰めた時、彼女は暁徒が何をしようとしていたのかを理解した。
 放たれる無数の刃は壁であり、つまりは光を歪ませ、遮断するもの。
 大気が刃としての形を失って、周囲へと四散すると共に舞い上がる埃が、それを更に助長する。
 十数本目の刃を防ぎ切った後、久喜は、暁徒が目の前から消えている事を察した。
「目隠しですか。」
 自分の周りを流し目で見渡しながら、そう漏らす彼女の顔に、焦りは無い。
 その漆黒の瞳には難解を解こうとする生徒を見守る教師の様な、厳しさとある種の優しさが湛えられていた。
 と、その瞬間、バッキィインと言う荒々しい音が響く。
 反射的に、久喜の左手が音の方に動いた。
 四つのコアが一丸となって、そちらを向く。
 音がしたのは彼女の丁度左側から伸びる長椅子の奥。
 成る程アレを影としましたか、と思いながら久喜は身構えた。
 だが、飛び掛ってくるべき相手の姿は見られない。
 何処に、と疑問詞が脳裏に浮かぶより早く、彼女の頭上を影が覆った。
「上っ。」
 真左から真上へ、さっと左手を伸ばす久喜。
 その時彼女が見たものは、逆光の所為もあってか、一本の線の様な影にしか見えなかった。
 だが横から見れば、それは棒では無く、円である事が解っただろう。
 そう、円だ。
 回転する円盤。
 旋廻する円形鋸。
 つまりは廻る暁徒。
 体操選手がやる回転宙返りを、高速で、更には幾度も幾度も行う。
 握られた疾風怒濤は、百の牙で一の刃を成しながら、竜巻の如く振り回される。
 しかもただ振り回されるだけでなく、鎖の高速回転による遠心力もまた暁徒を振り回し、回転に力を与える。
 止めに、四つのコアのレンズとしての機能も、加速に一役買っている。
 廻る風車の大回転。
 その挙動は、少しでもかすればかすり傷とは到底呼べぬ傷を与える代物であった。
 およそ能力者だから出来る業、いや、もう一度やれと言われても恐らく出来ないだろう。
 最初にして最後、奇抜にして絶大な一撃。
 正しくそれは、塩森暁徒の必殺技であった。
「っ。」
 四つのコア越しにそれを見た久喜の顔が、色目気だった。
 当然だ。
 常識として考えて、誰がこんな曲芸めいた技をまともに喰らうと思うだろうか。
 いや、それを言えば、そんな技をやる方もやる方であるが。
 だが、現実にそれは行われ、そして目の前に迫っているのである。
 耐えねばなりません、と久喜は己の左手を、ぐっと握った。
 合わせてコア達が、がきりと重ね合わさる。
 その最中にも迫り来る大風車。
 その瞬間を待ち構える大障壁。
 そして暁徒と久喜は、紅と三原色のレンズを通して、互いを見た。
 彼女は彼が何か叫んでいる様に見え、彼もまた彼女が何か叫んでいる様に見えた。
 だが、どちらの声も、相手には届かなかった。
 音よりも光の方が格段に速い様に。
 各々の耳を大気が震わす前に、事は起こった。
 衝突。
 突風が吹き荒び、閃光が飛び散った。
「うぉっ!!!!」
 同時に、暁徒の体が宙に投げ出された。
 物理的常識から言えば不可能、いやあえて無理と言ってもいい技を行使したのだ
 彼の体に跳ね返った衝撃もまた凄まじいものであったのは、想像に難くない。
 先の大回転さながらに、彼は長椅子を巻き込みながら飛んで行く。
 がらがらと長椅子を崩して行く最中、繋鎖剣が回転しながらあらぬ方向へ飛んで行く。
「ぐへっ。」
 暁徒がコンクリートの壁に当たって漸く止まるのと、剣がガキっと床に突き刺さったのはほぼ同時である。
「が、はぁ…。」
 右上半身をしたたかに打ち付けた衝撃に、暁徒の喉から苦悶の吐息が搾り出される。
 それを合図に、今までろくに呼吸をしていなかったのだろう、心臓が恐ろしい速度で鼓動を放った。
 暁徒は、肩どころか、全身を上下、前後させながら、空気を貪った。
 途中ゴホゴホと咳き込みながらも、水を呑むが如く酸素を取り入れる。
 変わりに、滝、いやあえて荒波と言おう、の様な汗が全身より噴出す。
 そうして数分後。
 彼の心臓は漸く収まった。
 取り込まれた酸素は上から下まで、全身をくまなく直走る。
 充分な活力を得て、停止していた暁徒の頭脳は己の状況を理解した。
 勝ったのだ、と。
 刹那に感じた確かな手応えを思い出しながら、彼は愉悦の篭った微笑を浮かべた。
 そして、手応えを目で確認しようと、軽く上半身を起き上がらせながら、自分が飛んできた方を見た。
 盾があった。
 いや、これは暁徒から見ての話だ。
 常識を逸した動きをした後である、彼の頭はまだしっかりと動いてはいなかったのだ。
 だから改めてこう形容しよう。
 盾の向こう、その盾を持って佇む久喜が居た、と。
「……おいおい……。」
 信じらんねぇと言う、いや事実そう思っているだろう、顔で暁徒は彼女を見た。
 あの時感じられた衝撃は、幻等では無かった筈である。
 いや、よく見れば変化はあった。
 久喜を護っていた四つのコアが、跡形も無く消えていた。
 そして、その右手に握られた盾もまた無傷とは言えず、亀裂が刻まれていたのである。
「後一歩…いえ、後一回転と言いましょうか…でも進まれていれば、危なかったでしょう。」
 そう漏らす久喜の頬から、一筋の汗が流れ、顎から床に落ちた。
「でも、」
 ぽちゃりと雫が小さな王冠となって消えると同時に。
 彼女は、両手で盾を抱えると、ぶんと頭上へ高々と投げた。
「げっ!!!!」
 そこから何をされるのか理解したのだろう、露骨に暁徒の顔が青くなった。
 疲労により、まだろくに動かせぬ体に鞭打って、何とか立とうとする。
「これで、私の九勝です。」
 だが遅い。
 光は何者よりも、何物よりも速いのである。
 彼の御方の像と放たれた盾が一直線上に並んだ瞬間、そこから盾を中心に、上下左右に光が伸びた。
 リフレクトコアを何かに例える事は難しいが、しかしソレは容易に例える事が出来る。
 光の十字架である。
「だぁ、からって、全力で止め刺す必要「主よ、我に力をっ!!!!」
 暁徒の悲鳴にも似た叫びは、久喜の叫びと、轟音を立てて迫り来る十字の光に掻き消された。

「……ちょっとやり過ぎましたか。」
「断言する。ちょっと所じゃねぇ。」
 そこは久喜の部屋だろうか。
 必要最低限の家具しかない殺風景な部屋。
 白いカーテンが揺れる窓際に設置されたベッドの上に寝ながら、暁徒は久喜にそう悪態をついた。
 彼は、衣服と呼べる様なものを着ていなかった。
 あるのは局部を守るトランクスと、全身に張り巡らされた羊皮紙である。
 羊皮紙には黒い文字でびっしりと何やらアルファベットらしきものが刻まれている。
 読む人が読めばそれはラテン語であり、更に聖書における主の奇跡を記した節が映されている事が解る筈だ。
 それは古代東洋を起源とする能力者、符術士が使う技、治癒の効能を秘めた符を用いる治癒符である。
 久喜は、本業としてヘリオンであると共に、補助(バイト)として符術士でもあった。
 聖書を引用しているのは、彼女なりのアレンジと言う所だろう。
 そしてそれは良く利くらしく、暁徒の体に一切の怪我は見当たらない。
 ただ治り切っていないのか、或いは疲労は残っているのか、彼は気だるそうに腕枕をしている。
 いやそれは肉体的疲労よりも、精神的なそれによるものであろう。
「しかしお久喜さん、ありゃせこいだろ。何だあの鉄壁っぷりは。」
「それが私の力、ですから。それに、そうでもしないと特訓にならないでしょう。」
 苦々しげに顔を顰める暁徒に対し、久喜は済ました顔でミルクと砂糖たっぷりの紅茶を啜った。

 先程の戦いは、そう、特訓であった。
 全ての技能を恙無く取得した暁徒、ヘリオンとしての同胞に対し、久喜が提案したものである。
 イグニッション、詠唱兵器、アビリティ。
 その他、地形効果を含む、ありとあらゆる行為を認めた上で本気で戦い合う。
 ついでに、何時如何なる時でも戦える様に、と適当な時間に暁徒を呼んでやりましょう、と。
 ルールを見れば解る通り、それは特訓等と言う生易しいものでは無かった。
 命と命を賭けた鬩ぎ合い、死闘と言って差し支えなかろう。
 勿論最初、暁徒は嫌がった。
 練習で命を賭け合うなんて馬鹿らしいし、俺は人を殺したくは無い、と。
 それは相手を心配する風な言い分だったが、その実自分の勝利を確信しての言葉でもあった。
 無理もあるまい。
 目の前に居るシスター、可憐な金髪の少女が、肉体的にはほぼ成人である青年に勝てると思うだろうか。
 だが久喜は否定する。
 命を賭けたものであるからこそ特訓となるのであり、あなたが勝つとは限らない、と。
 そして現にその様になった。
 能力者であれば、その様な差異等差異では無かったのである。
 今日の戦いを抜かせば、実に八戦八勝が久喜の戦績であった。
 暁徒の完全なる惨敗であるた。
 その事実に彼は苦悩した。
 元来負けず嫌いであった為であるが、そうで無くとも思い悩む結果であろう。
 暁徒は考察した。
 結果は何処から生まれたのだろうか。
 能力者としての差異であるのは間違いない。
 戦って来た年月の差異だろうか。学園の外で戦って来た差異か。
 だが久喜は、最初のその前提からして否定した。

「ベクトルの違いであって、あなたと私で能力に差は無い筈です。」
「だったら何で俺は勝てないんだよ?」
 事も無げに言う久喜に対し、暁徒が噛み付く。
 それを耳が聞こえないかの様に聞き流し、久喜は言った。
「だから最初から言っているでしょう。あなたは力に頼り過ぎているのです。」
「力任せ、って事かい?だったら、」
「それもあります。が、それは筋力的乃至能力的なものではありません。一言で言えば強引なのですよ、あなた。力に力で挑み、それを打ち勝てなかったから、工夫を加えた、と言う点は素直に褒めましょう。ですがそこからあの様な出鱈目な事をするだなんて、信じられません。」
 先の大風車の事である。
「いやぁ、ああでもしなきゃお久喜さんのコアは破れないと思ったからよ。」
 ハハと、符の張られた頬を掻きながら苦笑する暁徒に向けて、久喜はぴしゃりと言い放った。
「お黙りなさいっ。その体力が年齢に比べて著しく低い事は、自分だって解っているでしょう。それなのにあんな無茶をするっ。それで相手を倒せるのなら構いません、ですが倒せてないじゃないですかっ。一撃に頼って乏しい体力に鞭打ってフェイントを繰り返し、挙句倒し切れ無いで自分が倒れる。攻守のバランスが偏り過ぎなんです。だから力に頼り過ぎると言っているのですよ、この……この馬鹿っ。」
 最期の『馬鹿っ』を殊更に強く言い捨てると、彼女はくいっと紅茶を飲み干した。
 むぅ、と暁徒は何か言う事も出来ずに口を閉ざした。
 久喜が言う事が図星であった事もそうだが、刺々しい言葉に隠れ自分を心配している事が伺えたからだ。
 感情のままに正論をまくし立て続ける、それも根本的には相手を思って言っているのだ。
 これ程たちの悪い相手が居るだろうか。
 まぁ、だからこそ面白いのではあるが。
 まだ付き合い始めて然程時は経っていないながら、暁徒は彼女のその様を興味深く感じていた。
「……今私を良からぬ風に思いましたね。」
「思ってねぇ思ってねぇ。」
 そしてこの尋常ではない観察眼もまた、彼女の売りか。
 本来知覚すら出来ぬ様な『光』を見、操る存在なだけはある。
 或いはそれは、彼女のシスターとしての生活に依存しているのかもしれないが。
 そんな暁徒の考察を解ってか、解らぬか。
 久喜は、ふぅと溜息を付き、立ち上がった。
「……どうやらあなたの力任せっぷりは、狩人としての本分、もとい武器に依存する様ですね。」
「……どう言う事だい?そりゃ。」
 思考を中断させ、下から見上げる形で暁徒は小首を傾げて、久喜を見た。
「敵を倒す目的が最優先されていると言う事です。だから、手段を選ばない。自分の生き死にすらも手段でしかない。違うと否定するかもしれませんが、しかしあなたの戦い方を見ているとそう見えます。恐らくは無意識に、倒すためだけのあの剣を振るい続けている内に自然と身についてしまったのだと私は思います。冷たい熱情、いえ、歪んだ正義でしょうか……『焔』よりもある意味恐ろしい。それが何に由来するのか、私には解りませんが、」
 そこで彼女は言葉を切って、懐から一枚のカードを取り出した。
 イグニッションカードである。
「それは?」
「錫杖です。」
 そう言うと、彼女は小さく『Ignition』と囁いた。
 刹那、白銀の閃光が部屋全体を包み込む。
 光が引いた時、そこには一振りの杖があった。
 色は銀色。長さは久喜の身長よりもあり、先端に十字架の装飾が施されていた。
「これをあなたに渡します。」
 ぽん、と軽く投げ渡したそれを、暁徒はおっとと受け取る。
「その代わり、チェーンソー剣を私に渡しなさい……何ですか、その顔は。」
 彼の顔は渋かった。
「……こんなの使ってても、意味無い気ぃするがね。」
「狩人の魂に引かれた人間が、何を言うのです。そら、これは預かっておきますよ。」
 暁徒が錫杖を持て余している隙に、久喜の左手がさっと動いた。
 素早く動くと、彼女は脱ぎ散らかされた暁徒の衣服から、黒い繋鎖剣が描かれたカードを抜き取った。
「あ、あんた何するさっ。」
「あなたを真人間にする為、こら、服を引っ張らないっ。」
 久喜の手に握られたカードを奪うべく、暁徒の手が伸びた。
 それを阻止するべく、久喜の細い腕が絡まり、行く手を遮る。
 半裸の男が修道女に迫る、と言うと実に背徳的だが、本人達にとっては別にそんな気概は無い。
 そして、状況がより悪化する前に、久喜の右手からジワリと黒い文字が浮き出た。
 更に掌から、皮がはがれる様に音も無く羊皮紙が浮き上がった。
「ええい五月蝿いっ。」
 それを久喜は、徐に暁徒の脳天に押し付けた。
「ぐは……な、何をする…だ、ぁ?」
 慌てて暁徒は取ろうとするが、恐ろしい接着性を持って離れない。
 そして紙は、何か妥協策を練るよりも速く効果を発揮させた。
 生物を耐え切れぬ睡魔が襲う『導眠符』だ。
 『二は一より強い』の単純な理屈で力に任せる暁徒は、魔術、神秘の方面に殊更弱かった。
 彼はぼふんとベッドに向けてうつ伏せに倒れた。
 その様を久喜は、溜息交じりに観察しながら、
「全く。これだから、と言うのもあるのですよ?」
 暁徒の体を仰向けに直すと、ふわりと布団を掛け、整えた。
 更にその上からばらばらと、治癒符を張り巡らせた。
 これだけやっておけば、問題は無かろう。
 子をあやす母親の如く、彼女は薄っすらと困った様な何とも言えぬ笑みを浮かべながら、暁徒の髪を撫でた。

「……凄ぇ強引な……。」
 さらさらと当たる白く細い指の感触を、殆ど途切れそうな意識の中で暁徒は感じていた。
 本当にたちが悪い、とそう思う。
 こんな風にされては、素直に言う事を聞く他無いでは無いか。
 まぁ、自分では解らなくとも、他人であれば解る事もあるだろう。
 彼女の言う事も解らなくは無いのだから。
 ちょっとの辛抱だろう、と。
 そう思いながら、彼はぴんと張った糸をぷつんと切った、
 暁徒の意識は、深く濃く、それでいて心穏やかな闇の中に解けて行った。



 後日にて。
 ほんの些末な会話の遣り取り。

「なぁお久喜さん。」
「何でしょうか?」
「学園黙示録で錫杖使ったんだがよ。」
「はい。」
「弱ぇよあれ。」
「我慢なさい。」
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