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「そういえばさ。お久喜さんは何で盾なんて装備してるのさ?」
 麗らかな春の空気に満ちた、教会の庭。
 黒のタンクトップにジーンズ姿と実にラフな格好で、十字架の装飾が施された銀の錫杖を枕代わりに寝そべりながら、塩森暁徒は、盾を膝に乗せ、傍らで正座する金髪黒眼のシスター、塔間・A・久喜に向けて問い掛けた。
 それは、既に二桁を超える回数行っている、かの『特訓』の後の事である。
 暁徒がかような質問をしたのには、特訓の結果が絡んでいると見て間違いない。
 彼の全身には、湿布の様にラテン文が刻まれた無数の羊皮紙が張られていた。
「前にも語ったと思いますが、それはただ単にあなたと私のベクトルの違いです。痛いのは嫌いですしそれに、」
 久喜は諭す様に語ると、すっと胸元に右手をやった。
「私の胸には既に強い武器がありますから。これ以上、他者を傷付ける為のものは要らないのです。」
 そこにある暖かな何かを感じ入る様に、彼女は瞳を瞑る。
 暁徒は感心する様に頷きながら、突如口元を吊り上げて言った。
「だが見た目は貧相だね……あぁ嘘ごm、」
 ばぁん、と。
 一瞬何の事か理解出来ずきょとんと目を丸くした久喜は、直ぐに暁徒が言った意味を理解すると、わなわなと肩を震わせながら、徐に両手で盾を抱え込み、実に景気良く円形のそれを彼の顔面に叩き込んだ。
「……やはりあなたは、念入りに修正して行く必要がある様ですね。」
 薄っすら頬を紅葉させながら、彼女は古典的顔面陥没表現が相応しい暁徒にびたんと治癒符を張り付けた。
「嘘だと言っただろうに……もうちっと位、冗談が通じてもいいんじゃないかな?」
「嘘と冗談をまるで空気か何かの様に取り扱うあなたに言われたくありませんね。」
 頭の硬い事で、と暁徒は苦笑い。
 そして直ぐにその表情を戻して、逆に聞いた。
「なぁ、なんであんたはヘリオンになったんだい?」
「それはつまり、何故私は今の『私』の様な人間になったのか、と言う事でしょうか。」
「ま、そう言う事だね。」
 暁徒の興味深げな視線が注がれる中で、久喜は唇に手を当てながら、その眼を己が内へと向けた。
 物理的な光では無く精神的な光を、過去からの光を黒い瞳が捕らえる。
「……私の父と母は、私が幼い頃に死にました。」
 死、と言う言葉を耳にして、暁徒の顔からさっと表情が消えた。
 久喜は構わずに、淡々と事実のみを語る様に告げて行く。
「私の目の前で、車の衝突事故に巻き込まれました。父も母も、兄も即死。そして私は、同じく修道士であった祖母の元に引き取られたのです。最初は……ずっと塞ぎ込んでおりました。何故あの人達は死ななければならなかったのか、何故私だけ生き残ってしまったのか。でも、そんな私に、祖母は親身になって接してくれました。よく近くの公園に遊びに連れて行って貰ったものです。同時に、彼女は教えを、今私が信奉する宗教の教えを教授してくれました。口さがない者は宗教を弱き者がすがるもの或いは阿片と言います。ですが、その時の私にとっては、教えこそが心の支えであり、そして今の私を作る礎となったのです。」
 久喜が語り終えるまでの間、暁徒はただ黙ってその言葉を聴いていた。
 以前も言っただろうが、彼の宗教観は日本人的なそれである。
 故に何か特定の宗教、絶対的な宗教を信奉する訳では無いし、かといって宗教自体を否定する訳でも無い。
 この辺りの感覚は、独逸生まれとは言え、日本の血が強いが故だろう。
 欧米人及びアラブ人が見聞きすれば、激怒しかね無いあやふやに見える考え方。
 それでも、家族を失った悲しみを乗り越えた久喜とその宗教には、特別な態度を示さずには居られなかった。
「嗚呼、だからあんたはそんな風になったんだな……口五月蝿い誠実な奴に。」
 暁徒は、哂った。
 笑ったのでは無く、哂った。
 唇の両端をくっと吊り上げ、困った様に眉間に皺を寄せて。
「……あなたも、そう、ゴーストに?」
 その笑みが、自分では無く、本人自身に向けられている事に気付いたのだろう。
 久喜は、紅い眼鏡ごしに暁徒を見つめた。
「……あぁ。」
 彼女の観察眼の尋常で無い様は、出会った時から知っていたので、暁徒は素直に頷いた。
「……成る程。それで理解出来ました。何故あなたがあの様な、無鉄砲な戦いを続けるのか。」
 両親をゴーストによって殺された復讐が故に、全てのゴーストを倒すと誓った。
 それが暁徒の戦う目的。
 だからこそ、自分の命を含むその他は手段以外の何物でもないのだ。
「何と哀しい。」
「……。」
 それは愛する者の為に、と言えば聞こえはいいが、その実歪んだ理念でもあった。
 死者に殺されたかつての生者、つまりは今の死者の為に、今の生者が命を張ると言う歪曲構造。
 そしてもう一つは、
「もしあなたの両親を殺した相手が、ただの人間だったら、あなたは自分を含む全ての人間を殺すのですか?」
 そう言う事だ。
 人間を、例えば自動車と言い換えてもいい。
 要するに暁徒は。一が起こした事を全が起こした事とし、一の報いを全の報いにしているのだ。
 ただその相手が、根本的に現代人類の敵であった為に、気付かれ難いだけの話。
 個人の敵が、共通の敵であったと言う偶然。
 故に、倒す。
 見も蓋も無く言えば、それは八つ当たりに等しい。
 種族を選ぶか選ばないかの違いだけで、その在り様は彼が憎むゴーストと大差ない。
 後一歩踏み込めば、恐らくは同一に成り果てているだろう。
「……言いたい事は解ってるよ、ずっと前から。」
 しかし、暁徒は既にその事実に気付いている。
 久喜や何時か何処かで出会った調停士に言われるまでも無く、その矛盾を理解している。
 だが頭が理解する事と、心が納得するのとは大違いだ。
 だからこそ、久喜は暁徒を哀しいと称する他無く、彼は彼で己を哂う事しか出来ない。
「……あなたは、」
 暫しの沈黙の後。
 久喜は円盾を小脇に置くと、すっくと立ち上がった。
 そのまま暁徒の頭上まで歩み行くと再び正座して、
「……ぉ?」
 彼の頭を、己の膝の上に乗せた。
「あなたはもうヘリオン、光の使者。私の、同胞です。」
 久喜は覗き込む様に暁徒を見ながら、暁徒の鼻先に乗った眼鏡を外した。
 十六歳と言う年齢に相応しい、少年と青年の中間的顔立ちが露になる。
「ならば私と同じ様に、光を見る事が出来る筈です。いえ、既に出来ている。後はそれを受け入れるのです。」
「それは『右の頬を打たれたら、左の頬を出せ』って事かい?とてもじゃないが俺ゃ、」
 眩しそうに眼を細め、聖書の一節を持って返す暁徒の応えに、久喜はいいえと首を横に振った。
「教えを強制はしません。『敵を愛せ』とも言いません。あなたには酷でしょう。ですが、」
 そこで一呼吸置いた後、彼女は厳として言い放った。
「理解はしなさい。その身は許せずとも、せめて想いだけは、受け止めてやるのです。そしてお斬りなさい。」
「結局斬るのか。だったら一緒じゃないかい。」
「いいえ。敵を敵として斬るのと、故あって敵として斬るのとでは、違いましょう。」
 久喜は、軽く眉間に皺を寄せる暁徒の額を、ぐりぐりと親指で撫でながら告げてゆく。
「ゴーストにしても全てのゴーストが敵であるとは限らない。能力者の味方になる存在も居ます。例えば使役ゴーストがそうですね。逆に、もしかしたら同じ人間が、あなたの敵にならないとも限らない。」
 ふむ、と暁徒の眉間から皺が消えて行くと共に、久喜はその指を止めた。
「理解するのです。ゴーストとてそうなりたいと思ってなった訳では無い。理由があって、そうなってしまった。その理由を知り、その上で敵とし、あるべき姿に戻してやる様心がけなさい。現世に彷徨っている亡霊を天上乃至は地獄……この世界では無い世界へ、帰してやるのです。それもまた一つの愛ですから。」
「……難しいな。」
 語り終え、唇を閉ざした久喜を見上げながら、暁徒は悪意も嘲笑も無い澄んだ苦笑いを浮かべた。
 彼女の言った事は、キリスト教の教義からすればかなりずれたものであろう。
 それは暁徒の宗教感に合わせる形で、語ったものである。
 だとしても、はいそうですかと受け入れる事は今の暁徒にとっては困難であった。
「大丈夫ですよ。あなたなら出来ます。」
 それでも尚、久喜は出来ると言う。
 唇の端を僅かに吊り上げ、子を見る母親の様に暁徒を覗く。
 そして赤子をあやす様に、彼の撫で上げられた髪の毛をしゃらしゃらと撫でた。
「……善処はするさ。」
 心地良い暖かな風と優しげな白い指に、その黒髪を撫でられながら。
 半ば世辞、半ば本心で、暁徒はそう応えるのだった。

 『土蜘蛛』との決戦が、来る四月一日に行われると暁徒達が知ったのは、この日より僅か数日後。
 そしてその中には、『巫女』と呼ばれる土蜘蛛に味方する人間の姿が存在した。
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