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 三月三十一日。鎌倉駅構内。
 時計の長針は夜の九時を指し、構内に居る人も疎ら。
 後数時間で四月になるのだが、吹き抜けて行く夜風に春の心地良さは無く、湿り気が肌に纏わり付いた。
 首を上げれば、空には星も月も時折にしか見えず、ただ雲が流されて行くのが見えた。
 雲は多く、天を覆う程であるが、しかし今の所まだ降ってくる様な感じでは無い。
 とは言え、明日はどうなるか解らないがね。
 紅い丸眼鏡ごしに夜空を眺めながら、塩森暁徒は心の中でそう呟いた。
 黒の皮ジャンに紫のTシャツ、ジーンズ姿で足元にボストンバックを置いている。
 それはこれから何処かに旅行に行くと言う印象を与えるものであり、そして事実そうであった。
 ただし、旅行と呼べる程生易しいものでは無かったが。

 土蜘蛛戦争。
 人類の敵たるゴーストの一勢力『土蜘蛛』との総力戦が明日四月一日に行われるのである。
 双方共に切り札たる秘宝『メガリス』を使用し、多数の敵味方が入り乱れての戦いだ。
 それは正しく、戦争と呼べるものとなるであろう。

「……なんだがねぇ、実感沸かねぇな。」
 決戦の地は暁徒が住む鎌倉からは短くない距離のある、奈良県御所市。明日までに行かなければならないのだが、暁徒が選んだ移動手段は寝台急行『銀河』を使って東京まで行き、そこから通常線で行くものであった。
 寝台列車で行くと思うと…実際は待遇の違い位であるが…戦いに赴く、と言う風にはなかなか感じられまい。
「あらでも暁徒ちゃん、肩に力が入っていないのは良い事でしょ?」
「そうそう。ガチガチでも兄さんらしくないしね。」
 更に別の要因。
 二人の姉妹、和葉と美代も一緒なのである。
「おいおい、それじゃまるで俺が不真面目な人間みたいじゃないかい。言っておくが俺程、」
「ろくでも無い人間はいないと思いますわねぇ、なかなか。」
 ついでもう一人。
 独逸からやって来た旧知の仲たるエリカ・ヴァンシュタインである。
「あのなぁ。」
「そうね。暁徒ちゃん、お酒も煙草も呑むし、学校も良くサボるから。」
「いやお酒は姉さんも飲む…まぁいいけど、勝手に人の頭撫でるし。」
 最後のは違うだろ、と突っ込もうとした暁徒であったが、
「満場一致で認められました。これ以上の異論は一切認めませんわ。」
 さも楽しそうなエリカの台詞によって、遮られた。
 男一人に対して、女三人では分が悪い。
 暁徒はやれやれと苦笑いを浮かべながら首を横に振り、三人娘はその様にくすくすと笑い合った。
 和葉、美代、エリカもまた私服姿である。
 薄い緑色のカーディガンを羽織り、黒のロングスカート姿の和葉。
 男物のYシャツに、ジーンズを穿いて、赤い帽子を被った美代。
 緑のセーターに、赤黒のミニスカート、黒のタイツで脚を覆うエリカ。
 それに暁徒も加えて、談笑し合う四人の姿は、修学旅行へ行こうとする学生のそれとも見えた。
 だが、事実は違う。
 今から行く所は、場合によっては修学旅行ならぬ終愕旅行にもなるのだ。
 笑い事では無い。
 実際戦いに赴くのは暁徒だけで、他三人は後方にて支援応援を行う予定である。
 とは言え、今話してる四人が三人になるかもしれないと言う可能性は変わらない。
 それでも尚笑い合う彼等は、あえてその事実から眼を背けようとしているのかもしれない。

 そうやって四人は、東京行きの電車が来る残り僅かの時間を雑談に費やした。
 そして暫しの時が過ぎ、後もう少しで電車が来ると言う頃。
 天を覆っていた雲が流れ、隙間から月がその姿を見せた時、
「愉しそうですね。」
 かつん、かつんと階段を下りてホームへとやって来た女性が一人。
 彼女は月光に輝く長い金髪を靡かせながら、透ける様な黒い瞳を一行に向けて歩いて来る。
 塔間・A・久喜である。
「あれ、お久喜さん?何でこんな所に居るのさ。」
 少し驚いた様な声を上げながら、輪より抜け出、久喜に近付く暁徒。
 久喜の方は、軽く頬を膨らませた仏頂面で、
「何で、とは失礼ですね。折角貴方を見送りに来ましたのに。」
 そう告げた。
「あー、悪ぃ悪ぃ。後何だい、見送りって事はあんたは来ないのか?」
 両手を合わせ、軽く謝る暁徒に、久喜ははい、と小首を縦に振った。
「私は正確には銀誓館学園に属してませんから。それに、一応最悪のケースを考えてありますので。」
 最悪、とはつまり何らかの理由によって生徒全滅乃至戦闘続行不能な状態になると言う事だ。
 その場合、ヘリオンや月のエアライダーの様に、独自の集団を持つらしき者達が表立って戦う事となろうか。
「穏やかじゃないね、そりゃどうも。まるで俺がくたばる様な言い方じゃないかい。」
「万が一程度ではそうならないと思いますし、そうさせない為にここに居るのですよ……手を出してください。」
「手?」
 クツクツと苦笑いを浮かべる暁徒は、久喜の指示に半信半疑で右手を差し出した。
 その手に、ぽんと銀の装飾が付いた長方形のカードが二枚、乗せられる。
 一枚に描かれているのは黒い機構剣である。
「まだ貴方は改善し切れてませんが、返して起きます。戦場で愛用の武器が無いのは辛いでしょう。」
「こりゃ助かる。危うく錫杖で戦う所だったさ……んでこっち、は、っと。」
 懐かしそうに愛剣『疾風怒濤』が封じられたイグニッションカードを摩る暁徒。
 彼は、更にその下にあるもう一枚のカードを見た。
 そこには一冊の古びた聖書が描かれていた。
「私が祖母から貰ったもので、かれこれ十年以上使っているものをカード化させました。お守り代わりに、と。」
「良いのかい?こんなものくれて。」
 申し訳なさそうに久喜の顔色を伺う暁徒に、彼女は再びはい、と小首を縦に振った。
「教えは既に、ここと、ここにありますから。」
 頭と胸を指差す。。
「それにこれ位しか上げるものはありませんから。まぁ貰っといてください。」
「まぁそう言う事なら。後で返せって言ったって、もう遅いからな?」
 暁徒はささっとカードを二つ、素早くその懐に仕舞い込んだ。
 久喜の口元に薄っすらと微笑が浮かび上がり、そして直ぐに消える。
「……暁徒。」「ん?」
 途端厳粛な面持ちで、久喜は暁徒を見た。
 怪訝そうな顔をする暁徒。
「何をすべきか、は解っていますね。」
「……あぁ。敵を理解しろ、だろ。」
 その彼も、久喜が何を言いたいのか直ぐに理解。
 表情をくっと厳しくさせて応えた。
「何日か前にそう言いましたね。それを、忘れないでください。光は常に貴方と共にある。冷たい焔に惑わされず、歪んだ正義に振り回されず、光差す道を行くのです。それが、貴方を哀しみから解き放ってくれる道なのだから。光の中で、相手を理解しようとする心を忘れないで。」
「……Ja.」
 真摯に語り終え、薄い唇を閉ざした久喜に対し、暁徒はただ一言肯定の意を示す言葉を紡いだ。
 更に久喜の白い手を取ると、その手の甲にそっと唇を押し当てた。
 一瞬びくりと震えた久喜であったが、頬を染めたまま、成すがままにさせる。
 手の甲へのキスとは尊敬を示すものである。
 さながら中世の騎士の様なその行為を暁徒が行ったのは今までの人生で二度。
 それは彼にとって、最も優れた感謝と愛情の意を示すものであった。
 丁度その時、遠くの方からガタガタと言う振動音が木霊した。
 東京行きの列車が近付いて来ていた。
「……それじゃそろそろ行ってくるよ。」
「はい。それではいってらっしゃい……必ず帰ってくるのですよ。」
 列車が構内に止まり、ぷしゅぅと扉が開く。
「兄さーん速く速く。列車出ちゃうよぉ。」
 時間的に、これに乗り遅れると『銀河』出発の時刻には間に合わない。
 先に列車に乗り込んだ美代の言葉に、応と返答しつつ、暁徒は鞄を右肩で持った。
 そして列車に向かって走ろうとして、首だけ後ろに向けて言った。
「勿論帰って来るさ。んで、そん時はあんた倒すから、ご褒美の準備宜しくな。」
 そこでその話題が来ると思っていなかったのだろう、久喜はやや応えに窮す。
 だが直ぐにえぇ、と頷き返すと、列車に飛び乗る暁徒の背中に向けて、微笑を浮かべた。

 列車の扉が、来た時の様にぷしゅっと閉まる。
 幾許かの間を置いた後、ガタゴトと音を立てて、列車は鎌倉駅を後にした。
 構内では、金髪黒眼のシスターが、その列車を長い間見送っていた。

 窓から見える景色が、急速に移り変わってゆく。
 前から後ろへ、昔懐かしい八ミリカメラのコマが、からからと流れて行く様に。
 ただ遥か遠くにある空の風景はゆっくりとしか変わらない。
 天を覆った雲の間からは、何時消えてもいいだろうに、先程からずっと月がその光を讃えている。
 暁徒は赤い丸眼鏡ごしに、列車の窓からその月を眺めていた。
 その顔は何処か憑き物が落ちたかの様な晴れ晴れとした顔である。
 戦場に相応しからぬ表情には違いないが、先程のそれと比べれば、歪さが感じられなかった。
「あれが暁徒ちゃんが言ってたお久喜さん、ですか。」
 そこに、和葉が声を掛けた。
 その顔には、満面の…普段絶やさないが故に殊更満面と言いたくなる笑みが浮かんでいる。
「あー、そうだな。そっか、言ってたけど見るのは初めてか。」
 姉の顔に、若干の違和感を感じるながらも、暁徒は普通にそう応えた。
 和葉は、成る程成る程と二三頷いてから言った。
「色々疑問だったのですよ。行き成り初対面の人と…仮に運命の糸とやらで結ばれていたとしても…師匠弟子の関係になって、長い時間過ごす様になるなんて。でもガッテン。彼女、暁徒ちゃんの超タイプじゃない。」
「…………はい?」
 今姉は何を言ったのか、暁徒は本気で理解出来ずにただ呆然とした。
 しかし、周りに居た美代とエリカは即座に思い当たったのだろう。
 あーあーと言いながら、和葉の言葉に続ける。
「金色でサラサラだったよね、あの人の髪。顔も外人さんとのハーフっぽくて綺麗だったし。」
 と、美代。
「体の方も余り肉付きが無くてスレンダーでしたわねぇ。こう、全体的にスラーっとした感じで。」
 そう、エリカ。
「儚げな、でもしっかりしてそうな雰囲気とか……あぁ、恋人君に似てるかもしれないですね。」
 最後に和葉の言葉に、三人娘はねーと相槌を打った。
「……勝手な事言ってんじゃねぇよ。」
 既に自分ではこの三人相手に勝てない事等実感している。
 暁徒は何も応えず、ただぷいっと首を横に逸らした。
 沈黙はまた肯定と同意であるが、彼はそれを甘んじて受けるのだった。

 そうして、列車は進んで行く。
 東京へと向けて。
 禍根渦巻く場所へと続く、銀河が待つ場所へ。
 永劫かと見紛う、月の光に照らされながら。
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