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「また派手にボロボロになって来たものですね。よもやこれ程とは……。」
「五月蝿ぇな。ちゃんと電話で言って、つぅ、叩き付ける様に貼るんじゃねぇっ。」
 濛々と立ち込める黒雲から降り注ぐ春の雨が窓を叩き付ける、鎌倉郊外の教会、その礼拝堂にて。
 塔間・A・久喜は、至る所に包帯を巻き込んだ暁徒に向けて、治癒符を叩き込んでいた。
 左右二列にして並ばされた長椅子の、一番前にて座る暁徒と久喜。
 元来結構な人数を収容出来る広さを持つ場所だが、今はこの二人しかいない。
 周囲からは雨音しか聞こえないその中で、バチィインと言う景気の良い音が響いた。
「無茶をする貴方が悪いのです……まぁ、こんなもの貼っても無駄でしょうが、念の為に。」
 能力者は、世界結界の影響か、どれ程の重傷を負おうと五日で回復出来る。
 無論の事生きているから起こる現象であり、死んでしまった者は何日立とうと蘇る事は無い。
 或いはゴーストとして蘇る事はあるだろうが、その場合蘇ると言うよりも生まれ変わると言うべきだ。
「何か余計傷が悪化した気ぃするがね。まぁ、痛みは和らいでるがね、確かに。」
 思いっきり符を貼り付けられた頬を撫でつつ、苦言を漏らす暁徒。
 その顔には歪んでいるものの、笑みが浮かんでいる。
「その為のものですから……こちらの方はもう良いでしょう。」
 手に持っている、ラテン文が刻まれた羊皮紙をすっと消しながら、久喜が告げた。
「こんな雨の日にわざわざ訪れたのは、私にその間抜け面を見せに来ただけでは無いでしょう?」
「そりゃ勿論。ちゃんと電話で言ってあるだろ?」
 暁徒は、鼻先に乗せた紅い丸眼鏡をくいっと押し上げながら応える。
 笑みは消えていた。
 そして、言う。
「俺を、ヘリオンにしてくれ。」
 彼が初めて彼女と逢った日に言った言葉を。

「今度は目を隠す必要無いはでしょう。」
 彼の御方の前で、久喜と暁徒はその額を重ね合わせた。
 何時か、暁徒のファイアフォックスを、ヘリオンに転じさせた時と同じ儀式である。
「少々天気が良く無いのが残念ですが。」
「……いいから早くやってくれ。」
 暁徒の言葉に促され、久喜はこくりと小さく首を振った。
「では……と、やる前に一つ言って置く事があります。」
 ん、と暁徒の眉がかすかに動く。
「今から貴方のヘリオンとしての力に私のヘリオンとしての力を注ぎ込む事で、ゾンビハンター、狩人としての力との主従を逆転させるのですが……その折に抵抗を試みるかも知れません。狩人としての貴方が、その心が。その牙は、恐らく貴方に向けられるものと思われます。」 
 覚悟しておいてください。
 そう言う彼女に、暁徒は無言で頷いた。
「……では、始めましょう。」
 彼が頷いたのを確認すると、久喜はすっと瞳を閉じた。
 見えぬ『光』が二人の間を流れて行く。

 最初は何も見えなかった。
 当然である。
 そこは闇なのだから。
 だが、以前見た時とは明らかに違う。
 闇は白かった。
 つまり、それは光なのである。
 己と彼女の『光』が重なり合い、眼を眩む様な世界を見せている。
 明るい。
 そして暖かい。
 暁徒は、眼では無く、全身でそれを感じた。
 己がまるで楽園にいる様な感触。
 だがそれを掻き消す様に、背後から怖気が迸った。
 光差せば闇が出来る。
 見なくとも解った。
 後ろに現れたそれは己が影である、と。
 ゾンビハンター。
 狩人としての塩森暁徒。
 紅い眼で追い詰め、魔王の牙で敵を断つ者。
 影が叫んだ。
 忘れたのか、と。
 あの時の光景を。
 あの時の憎悪を。
 何と言う腑抜け。
 その手に握った『魔王』を振り翳し、影は暁徒に向けて斬り掛かる。
 ガキリ。
 硬質の物がぶつかり合う音。
 黒い剣と白い刃が交差する。
 影の魔王を、暁徒の手より伸びる光が『疾風怒濤』に受け止めた。
 戦う気は全く変わっていない。
 剣を手放す気等毛頭無い。
 忘れるものか、とその眼が雄弁に語る。
 ならば、と言う影に、暁徒は、だが、と応える。
 相手もまた、自分と同じであるかもしれない。
 だったら、解り合う事も出来るのでは無いか。
 重要なのは『理解』。
 敵を斬る事は簡単。
 だが、もしかしたら、と言う可能性がある限り。
 その剣を振るうのは、ほんの少しでも待てないか。
 愛する者を失い、もう一度得て、助言の元、敵を見た。
 それが暁徒が答えの一つ。
 彼の中で光が吹き荒れる。
 殺してやりたい偽善者だ。
 閃光の中、形を失い、元の姿へと戻って行く影がそう零す。
 俺だってそう思う。何せ、俺だから。
 それに応えて、暁徒はへっと笑った。
 影もまた、同じ様にへっと笑う。
 二人の暁徒は、同じ顔で笑い合った。

「……気分はどうでしょうか?」
「良かぁ無いな。」
 気が付けば、暁徒は久喜の膝の上に頭を乗せて横たわっていた。
 どうやら途中で倒れたらしい。
 脳が軋み、眼が痛んだ。
 雲に遮られているというのに、世界に満ちる光が眩しかった。
 顔の上側に手をやり、うぅと唸る暁徒の頭を、久喜が優しく撫でる。
「でも、答えは出せたのでしょう?そして、貴方は光を得た……本当の意味で、私の同胞となったのですよ。光の使者ヘリオンに。」
「……あぁ。」
 その問いに暁徒は、小さく、だがはっきりと応えた。
 何時か久喜が自分の胸の中に強い武器がある、と言っていた事がある。
 あの時は茶化したが、今なら真面目に理解出来る。
 今暁徒は己の胸が奥、心の臓に確かな暖かさ、明るさ、『光』が渦巻いている事を感じていた。
 その彼女の手が髪から頬に移る。
 髪の毛では感じられなかった柔らかく、人肌の篭った手の感触が当たる。
 顔を挟み込む様に左右の手で抱えながら、彼女は彼を覗き込んだ。
「でも、それは始まり。」
 慈母の如き黒い瞳から注がれる視線を、暁徒は薄っすらと開いた眼で受ける。
「大変なのはきっとこれから。貴方自身もう解っているとは思いますがね。」
「勿論解ってる。だが、」
 その眼を完全に閉じ、眼鏡を外しながら顔を横に背ける暁徒。
「今は少し寝かせて……。」
 力の変質は、心にも体にも影響を与え、当然疲労を生む。
 そして、久喜の手に安心したのだろう。
 言い終える間も無く、彼の意識は途絶えた。
 雨音に掻き消そうな、小さな寝息が久喜の膝に当たる。
「はい、今は。」
 かすかに笑みを作りながら、久喜はその頬を、額を、髪を優しく撫でた。
 彼が選んだ光の道には、常に影が付き纏う。
 今降りしきる雨が、何時か必ず晴れる様に。
 その影と何時かはっきり折り合いを付ける時が来る。
 それは困難なものとなるだろうが、けれど今は…
 今は、どうか安らかに。
 はるか彼方で途切れる雲から、差し込む光の筋を眺めつつ。
 窓に当たり、地へと垂れて行く雨を見つめながら、久喜はそう想うのだった。
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