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 It is going man or it is much more.
 ↓
 それは行っている男性であるかそれがはるかに多いです。


 と言う訳で、検索結果にBlogや個人HP、掲示板のコメントが出ると、二割の人ががっかりするらしい。
 このがっかりと言うのは、恐らく調べ物をしている時に、期待していた応えが得られなかった事に対するがっかりと思われる。それ故に簡単なものならばWIKIを見る、「~とは」と語尾に入れる等の己の検索能力が無いせいではないか、深い知識を得たいのであればネットよりも書物の方が適任だからそちらを調べない自分が悪いのでは無いか、と穿った考えを抱く自分であるが、ブログが出てがっかりと言うのは、何と無く解る。

 自分の事を棚に上げて言うが、多くのBlogはただの日記に落ちている。

 無論の事、Blogとはそもそもが日記である。ただ環境さえ整えば誰もが読めるネットにて公開されている、誰もが読める=読まれたい=反応が欲しいと言う訳でコメント機能が付いている、自分の意見を広く読んで貰いたい、同じ事について記事を書いている誰誰に自分の意見を知って欲しいと言うトラックバック機能が付いている為、豪華な日記と呼ぶべきであろう。

 それでもしかし、普通の日記とは違い、他人に読まれる日記がBlogなのだ。厳格たる読み物であるのだ。その意義において、Blogは日記とは決定的に違う。何ならネット随筆と呼んでもいい。

 思春期のお嬢ちゃんが秘められた恋心を書き綴り、中二病の少年が最強の必殺技とか考えてニヤニヤしながら書き殴り、そして大人になって見返して悶絶するのが日記であって、それは他人に見て貰う為では無い。と、言うか他人に見られたら終わりなのが、日記とも言える。

 ただ、多くの者はその手軽さから、その辺りが解っていない様に思う。

 『読まれている』と言う事実はBlogを形作る基本骨子だ。今日~に行った楽しかった、で終わる作品等面白くも何とも無い。今日~に行って××して○○が発生、□□しちまったぜいや全く△△の如しだなYeahと起承転結を盛り込む、語彙を捻る、有名な台詞を(パロディとして)引用する、笑い所を入れる等工夫しなければ読むに耐えられるものとはならず、Blogとしては失格である。

 こう言う事を思うのが特に多いのは、当Blogにおいて世象録と称し、エキサイトニュースの記事を元に記事を書き、同じ様に引用して記事を書いているBlogをトラックバックで見ている時である。

 何が酷いか、と言えば、Blogの肝である己の心情、そのニュースを見て何を思い、感じたかと言う感想の部分が、引用記事十数行に対して二、三行で終わっているBlogが間々ある事だ。酷い所になると、ただ引用して終わりと言う所もある。

 映画に対する感想なんかでも、たまにだが、公式HPから映してきた様なあらすじが殆どで、感想はほんの少し(そしてその後ろには広告がずらずらずらと)と言うBlogがあったりする。

 真に遺憾であり、上のリンク先のがっかりとは違う意味だとは思うが、がっかりを感じる。

 Blogは手軽さから知識を晒すものと言うよりも、心情を晒すものと言う方が的を射ているだろう。だが晒すと言う事は読まれていると言う事、読み物と言う事であり、極端に言えば文学作品を発表するのと何ら変わりない行為だ。そこには読者を楽しませるものを書く、良い作品を書くと言う、作者としての責任がある。

 まぁそう言うお前はどうなんだ、と聞かれれば、何とも応え難いがしかし、努力はしている。羊飼いになろうと一生懸命努力してる。その努力を、他人にも強要する気は全く無いが、忠告はしたい。良いものを書けば、自ずとその結果は現れると思うから。得られる結果こそ、Blogを書くと言う自己顕示欲を満たす為に必要なものだから。
 
 お互い読んで面白いものを書こうじゃないか折角のネットと時間だ、と久々にまともな事を言いつつ終わる。

 傲慢に。
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