上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 紀元、戦記と来たドラキュラ三部作最後の崩御は、タイトル通り死の物語だ。
 まず時代が大幅に飛ぶ。紀元から戦記までもかなり飛んでいたが、そのレベルでは無い。既に近代の香りは完璧に消え去った、戦後(戦記と被ると思ったのだろう、一大ビッグイベントは飛ばされた)1950年代と言う現代を舞台としている。

 それに伴って、相変わらず多数登場する人物の様相も変わった。怪人奇人はかなり少ない。また文学よりも、戦中、戦後期に黄金時代を迎えて、絶頂へと向かう映画が出展となっている者達が多い。アメリカ人俳優ケントさんや、『エクソシスト』ランカスター・メリンが有名ところか。一番のサプライズに、”ヘイミッシュ”ボンド中佐(女運がボウルガードに流れっぱなしの為余り活躍出来ないが、本編並のアクションを見せてくれるのが見所か。「二度死ぬ」には笑った)。まだ、今でも記憶に新しい実在の人物もかなり出て来る。

 舞台も変わった。白いカーテンに包まれた陰鬱な都・倫敦でも、血と泥の匂いが周囲に充満してする塹壕でも無く、暖かで文化的な永遠の都(そしてある意味では映画の)羅馬である。

 最早十九世紀は死んだ過去のものとなり、二度の大戦を経て、新たに生まれ変わったと言えよう。

 だが、それは同時に、近代から現代を英国の為に駆け抜けた彼の偉大な人物の死でもあった。正しくそれは崩御だ。紀元、戦記と読んで来た者にとっては衝撃以外の何物でもない。何時か来ると解っていたのに、いざ来ると心に重く圧し掛かる。最後の台詞が、かつて語ったあの台詞と重なるのも涙腺を緩ませる。しかもそれを中盤に持ってくるのだから凄い。そもそも、その状況まできっちり書く事も容易ではなかろうに。また更には彼と対になって生きて来たあのお方も崩御する。これもまた驚きで、彼の崩御の後も物語は続いて行く。彼とこの人の終焉こそ物語の終焉であると思っていただけに、衝撃は大きい。

 そんな大き過ぎる二人の死を超えて、後半、残された者達の活躍が描かれて行く。人間から吸血鬼への転化に死が必要である様に、死とは次なるステップに至る過程に他ならないのだ。

 この後半部分が、たまらなく良い。チャールズとジュネの愛が切り裂きジャックの狂った愛と、ドラキュラの自己愛にも似た強欲さの間を駆け抜け、その愛の別の形がウィンスロップをリヒトホーフェンに滾らせ、戦場の狂った土に汚されるも、やがて光へと至り、哀しき死と理不尽な真の死の権化を超えてその先を目指すのだ。正しく三部作の最後に相応しい物語であると言えよう。

 黒幕の存在自体の突発さや、前々作・前作との余りの毛色の違いが故余り評判の宜しくない崩御であるが、自分は物語の完結と、新たな物語に至るだろう、穏やかなラストを評価したい。

 最早ジュヌヴィエーヴは永劫を孤独に過ごす化物では無い。彼女の胸中には常に彼がいるのだ、永遠に。

 失恋を経て、友情を得たケイトはますます強い女性となり、ジャーナリズムを武器に駆け抜けるだろう。

 男達の楔から解き放たれたペネロピは、より強かに、より狡猾に、そしてより自由に生きて行くだろう。

 時間は彼女達を置いて流れ去り、全てのものは過去となって死に行くだろうけれど、それを乗り越えて未来へと進んで行く彼女達までこの物語を持って来て、そして終わらせた、キム・ニューマンに万感の思いで込めて、感謝と賞賛と拍手を送りたい。久々に良き名作に巡り合え、読書と言う行為に熱中させて貰った。

 所で、四作目を執筆中とあとがきにあるが、崩御出版から既に五年立とうとしている。どうやらまだ英国でも出ていないらしいのだが今どの様な感じなのか。是非詳細が知りたい所である。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://tasogaremignon.blog79.fc2.com/tb.php/362-fc799014
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。