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「見ず知らずにも関わらず、この様な場にお招き頂き、真にありがとうございます。私の名前はアナベル・ハルトマン。こちらの彼、ゲオルク・フォン・ボルクの助手をしておりますわ。」
「ゲオルク・フォン・ボルク、です。急なお願いをお聞き頂き、真に感謝致します。」
 そう言いながら小柄な姿が可愛らしく、結い上げられた金髪が女性的美しさを感じさせる快活そうな女性…まだ十代の面影を残す辺り、少女と呼ぶべきかもしれないが…アナベルは、ベルンシュタイン家の者達に頭を下げた。ゲオルクと呼ばれたノッポで線が細く、何処か頼りない感じのする茶髪の青年は、彼女の隣に並んで立ち、後に続いて礼をする。
 アナベルとゲオルクの二人は、ドレスデンに向かう道中、今も降り注ぐ豪雨によって馬車が壊れてしまったと言う。ドレスデンの市街まではかなりの距離がある。雨の方も、少なくとも今日中は止みそうに無い。当惑した彼等は、偶然にも直ぐ側にあったベルンシュタイン家に助けを求めにやってきた訳である。運が良いのか悪いのか、この辺り一帯に人家はここ一軒のみであり、後は平原か森か、農園が広がっているだけであった。
 かくして『素性も知れない人間を家に上げるのは賢い行為では無い』と言うアルフレートを抜かしたベルンシュタイン家の一同は訪れた二人を快く迎え入れた。
 クラウスはその生来の人の良さから、ゲルトは軍人としての尊大さ故に、マリアは己の退屈を紛らわす為。そしてエーリカは、アナベルが助手をしていると言う青年ゲオルクの職業に対する興味によって。
「では貴方のご職業は探偵なのですね?ゲオルク・フォン。ボルクさん。あのシャーロック・ホームズ氏やオーギュスト・デュパン氏の様な、謎を追い掛け、暴く事を生業とする。」
「そう言って差し支えなければ、僕の応えは決まっています。即ちはい(ヤー)、と。あの方々と比べるのは聊かおこがましいと思いますが、ね。」
 外部から閉ざされ、弛緩した空気を打破するべくお茶会に招かれた来訪者は、クラウス夫人の質問にそう応えた。多少はにかみながらも青い瞳をしっかりとエーリカの方を向け、肯定の言葉も淀む事無くはっきりと告げた時の表情は、最初に見受けられた頼りなさ等微塵も感じさせない。寧ろ、著名な劇の主人公を演ずる事を命ぜられた一流の役者の如き己の仕事への自信と誇りが、その色の白い頬に朱となってありありと浮かび上がっていた。ベンノが差し出した珈琲を啜るその仕草にすら気品が漂って見える。
 ただその直ぐ後に、雨で冷え込んだのだろう、大きなクシャミをした為、漂っていた気品は台無しとなった。エーリカがフフ、とそのギャップに向けて、おかしそうに笑った。ゲオルクも笑って返す。
「それはとても素晴らしい事ですわ。先程も、あの詠霧趣が生んだ稀代の名探偵シャーロック・ホームズ氏の活躍について話していた所ですの。ねぇ、ゲオルクさん。あなたはどんな事件を解決なされたのです?」
 そこに、実にタイミング良く現れた話題の種へ向けて、エーリカだけでなくマリアも飛び付いた。客人の直ぐ隣に座り、身を乗り出す様に返答を待つ。
「それに対して直ぐに応えるのは難しい事ですね。何故ならば、彼が解決した事件はここ土壱だけでも相当な数になるからです。外国、例えば翁巣禽や錘洲(スイス)至梨唖(イタリア)で解決した事件も上げれば、本当にキリがありません。具体的にどの様な事件を、と言われますと……」
 答えたのはゲオルクでは無く、アナベルの方であった。彼女はにこやかに微笑みながら中年婦人に向けてそう言うと、数あると言う事件を思い出して丁度良いのを選ぶ様、つぶらな茶色い瞳を右上に向けた。その答えにますます興味を持ったマリアが、期待を込めた眼差しを向ける。エーリカも同様の視線を向けた。
 暫くして、アナベルはぽんと手を打ち、答えた。
「……あぁ、それではこの様な事件はどうでしょう?土壱でのものですが、さる貴族が領土欲しさに当主である兄弟を殺した事件です。」
「……ほう、それは興味深い事件ですな。どの様な顛末を迎えたのです?」
 今まで隅でむっつりと黙っていたアルフレートが始めて口を開いた。アナベルはマリアに向けたのと同じ様な笑みを浮かべ、彼の方に向き直る。
「彼は当主を、自殺に見せかけて殺しました。まるで自ら首を吊った様に、縄でくくり、部屋の天上に吊り上げたのです。ちゃんと台座も置いて、しっかりと遺書まで書き残しておいて。殺す時も使用人や家族の方々が寝静まった時を見計らって行ったのです。巧妙且つ慎重な手口と言えましょう。けれど彼は、人間が首を吊るのには足場がいるがそれは適切な大きさでなければならない、と言う事実を失念していたのです。ゲオルクは台となっていた椅子の大きさではその役目を果たせない事に一瞬で気付きました。更に哀れな被害者の爪にほんの僅かに付着していた油絵の具のカスを見つけ、彼が何処で誰によって殺されたのかを知ったのです。あの貴族の部屋には先祖の肖像画か飾ってあり、その隅に引っ掻いた後が残されていました。これにより、ゲオルクは彼を見事に逮捕したのです。」
「それは、それは、よく目が利く事だ。」
「素晴らしい名探偵っぷりですわ。ホームズだって適わないでしょう。」
 話を聞き終え、アルフレートは二、三頷きつつ、賞賛の言葉を発した。エーリカも同意する。アナベルが、ありがとうございますわ、とまるで自分がそう言われたかの様に応えた。しかしマリアの方は少し拍子抜けしてしまった様だ。
「余り面白くありませんわね。もっと劇的な事件を期待していたのですが。」
「言われてみればそうでしょうが、しかしこの手の真実を零から導き出すのは得てして難しい事です、マリア婦人。まぁ件の犯人は逮捕されると偉い落胆振りを見せていたので、本人にして見れば、決してばれない、それこそ劇的な事件だったのかもしれませんが。」
 ゲオルクは不満そうな彼女に向けて、そう解説した。尤もこれは、世間一般の探偵ならばよく口に出すだろう言葉であるのだが。
 続いて発されたクシャミが、やはり感慨を台無しなものとしてしまう。解説されても尚納得していない様子だったマリアも、その姿を見て顔を緩めた。
「フン。その様な小賢しい事を考えているから駄目なのだ。土壱男子たる者――」
 話題が新参の者に移った事を芳しく思っていなかったのだろう、鼻を啜っているゲオルクの言葉をここぞとばかりにゲルトが繋げた。牛が唸る様な声で演説をして見せる姿に、マリアは我が夫ながら肩をすくめ、エーリカと二人の旅人は苦笑いし、そして今まで叔父の相手をしていたクラウスは、しっかりと彼の話を聞いている風だった。あくまで風、であるが。ただ一人、アルフレートだけは何の行動も示さず、むっつりと口を閉ざしているのみだった。


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