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 プロローグB第一章:義体職人ヴィルヘルム・グルムバッハ
 醒歴1878年 四月 土壱(ドイツ) 解鎮絃(ゲッティンゲン)

 石畳と煉瓦で築かれた街辻の間を、春らしい爽やかな風が吹き抜けて行く。
 皇路覇(ヨーロッパ)の中央に位置し、地理上直ぐに天候が変わる土壱(ドイツ)にしては珍しい快晴だ。
 ゴシック建築の教会と市庁舎を中心とした広場には人々が集まり、日の光を浴びて寛いでいる。
 ある者は屋台で買ったヴルストに舌鼓を打ちながら、新聞に眼を通す。またある者は、石段の上に座り、甲高い叫びを上げながら駆けて行く子供達を眺めている。ガチョウ姫の像が前で仲睦まじく会話している男女の若者は学生だろう。大学都市として知られる解鎮絃らしいのどかな光景である。
 そして広間の一角に出来た黒山の人だかりから、歓声が溢れた。
 覗いてみれば中年の人形師が、器用にも両手で二つの人形を操っている。
 一つは白い紳士服を着た青年の人形で、もう一つは黒いドレス姿の少女の人形だ。幾多の眼に見られながら、二つの人形は自動蓄音機から流れる曲に合わせ、華麗なワルツを踊る。糸は上から垂れているが一度たりとも滞ったりする事無く、まるで本当に生きているかの様に二つの、いや二人の人形はステップを刻む。
 やがて曲が止まり、青年と少女の人形もまたポーズを取って停止。
 自動蓄音機の円筒から無音が放たれると共に、割れんばかりの拍手が起こった。
 人形師はにこりと笑いながら、人々に向かって何度も何度もお辞儀。
 人形達もそれに合わせてぺこりと頭を下げた事で、拍手は更に増した。
 やがて拍手の波が引き始めた頃、彼は帽子を裏返しに持つと、人々に差し向けた。
 にこやかに笑う人形師に人々もまた笑顔で応えながら、帽子の中に1ペニヒ程度の硬貨を投入して行く。
 チャリンと硬貨と硬貨がぶつかり合って高鳴る音を聞いて、人形師は更に微笑みながら会釈をした。
 よく見れば帽子を取ったその素顔には、右目を中心に顔半分が欠如していた。
 その代わりに、写真機を思わせるレンズが付いた鉄製の機械が、仮面の様にぴったりと張り付いている。
 近年の進歩著しい、義体技術による産物だ。
 機械をして人体部位の代わりとさせる、医学的知識と工学的技術の融合体。
 彼にお捻りを渡す者達の中にも体の一部を機械に置き換えている者が何人も居た。多くは片腕か片脚であるが、他にもゴングを思わせる耳当てを付けた者や、小指だけ、人差し指だけ機械と言う者も見られた。
 皆どちらかと言えば年配であり、それも男が多かった。
 恐らくは、風土戦争で負った傷が原因で、義体化したものと思われた。
 1871年の斧炉西(プロイセン)中心による土壱帝国統一のきっかけとして、世に『鉄血宰相』と謳われる宰相オットー・フォン・ビスマルクが風蘭守(フランス)に対し、巧妙且つ絶妙な『エムス電報事件』を仕掛けた事で会戦となった風土戦争は、ビスマルクの外交的根回しによる政略と将軍大モルトケの卓越した戦略により、先の斧殿戦争、斧翁戦争に続き、土壱側のほぼ圧勝で終わった。
 しかし末端の兵士達に損害が無かったか、と言えばそれは嘘である。風蘭守と土壱の一大決戦たる戦いと見れば少ないとは言え、それでも相応の負傷者が発生した。
 そこでビスマルクは社会福祉政策に乗り出し、その一環として戦時中…勿論戦前、その遥か前から技術自体は存在していたが…『鉄血計画』と称して試験的に行われていた義体化敢行を、戦後にも広く無償で執り行う事を決定。更に老年者や障害者に対しても、義体化敢行に際してかなりの額の補助金の提供を行ったのである。
 実際の所これは反斧的な南土壱のカトリック弾圧政策、通称『文化闘争』と言う鞭から眼を背けさせる為の飴であったのだが、ともあれこれは国民に歓迎され、土壱において義体は世界でも類を見ない程広範囲且つ深層に渡って受け入れられる事となった。
 かく言う訳であり、街中で義体者を見る事は大学都市だからでも無ければ、また決して珍しい事でも無く、寧ろある一定年齢より上の者であれば、その半数以上が何かしら義体の世話になっているのが土壱の現状だ。
 それは敬虔なカトリック教徒や保守主義者達であれば眉を潜めるだろう。
 無理も無い。ビスマルクの社会福祉政策で浸透したとは言え、本来無い筈のものを機械で代用するのが義体技術である。土壱以外の国で義体化が進んでいないのは技術的な理由よりも宗教的、もっと言えば生理的な理由に他ならない。ざっくばらんに言えば、気持ち悪いのである。それとは別に様々な弊害もある。その意識は義体技術先進国である土壱においてもやはりまだ根強く残っていた。
 しかし多くの国民達がどう思っているかは、人形師とその周囲の人々を見れば一目瞭然である。
 そんな笑い声溢れる一団とは正反対に、仏頂面で横を通って行く男が二人。
 一人は金髪碧眼の青年であり、小奇麗な白のスーツ姿で、右手に持った山高帽を扇代わりに使っている。
 もう一人は茶の皇帝髭が眩しい中肉中背の中年男で、黒のスーツ服と山高帽をぴっちりと着込んでいる。
 二人とも、その襟には金色に輝くバッチが付けられていた。
「人形か。楽しそうですね。と言うか、何だってこんな日に仕事しなきゃならないんですかね、僕達。」
「こんな日だからさ。太陽が燦々と照り付けるならば、月光もまた降り注ぐ。狼達が遠吠え吼え上げて狩りを開始するにはうってつけと言う訳だ。解ったな?解ったなら、黙って歩け。無駄口は叩くな。」
 見た目も対照的ならば、その考え方も対照的である様だ。
 実に低く渋い声が中年の喉より毀れ、青年は眉間に皺を寄せながら肩を上げた。
 やがて二人は広場を抜けると、そこから四方八方に伸びる路地に足を運んだ。
 土壱の都市は教会と市庁舎がある広場を中心とし、そこから無数の道が蜘蛛の巣の様に伸びながら、全体として城壁に囲まれた円い形をしているのが普通であり、広場に行けばそこから街の何処へでも行く事が出来る。
 彼等二人が進む路地は、大通りと言う程大きくは無いが、それ程小さいものでも無く、堅牢な四、五階建ての建物が続いている。多くの建物は、一階を商店として肉やパン、服飾や本を売っていたり、酒場や小料理店を経営しており、それらを示した記号が描かれた看板が掛かっている。二階以降は住居となっていて、窓辺には土壱夫人達が好みそうな色取り取りの花を咲かせ、またやはり綺麗好きと称される彼女達らしく、傍目には塵一つ無い窓硝子を尚拭き続ける微笑ましい老婦人の姿が見られた。
 穏やかな市街の風景の中を二人は歩き続け、やがてとある煉瓦造りの建物の前に止まった。
 並大抵の雨風や地震ではびくともしない様な作りは、市民が生活を営む為のものと言うよりも、ある特定の目的の為と思える建築の仕方である。二階を見ても花は見られないし、窓を拭く老婦人もいない。ただ少し目線を下げた、木製の扉の上方には歯車を意匠化した絵が描かれた看板が掛かっている。
 皇路覇の店では、文字が読めぬ者にも一目で解る様に、看板に工夫が成されている。例えば土壱のパン屋のそれは8、と言うよりも∞の様な形をした塩味のパン、プレッツェルを記号化したものが使われている。
 歯車の看板は義体職人の工房を表すものであった。
 余談だが土壱以外の皇路覇でこの看板を見るのは極めて稀である。
「ここだな?」
「えぇ、義体職人ヴィルヘルム・グルムバッハの工房、です。」
 中年の確認の台詞に、青年はやや上ずった声で応えた。
「ユンカー出身の青二才は義体職人なんてものが恐ろしいのかね?」
 義体嫌悪は、ユンカーと呼ばれる保守的な地主貴族達に多く見られた。中世の封建主義の精神を色濃く残す彼等に、古典的魔術と前衛的科学、即ち医学と工学…もっと言えば荒唐無稽な、しかし精神としては通ずるものがある錬金術…の性質を持ちながら、確たる自由市民、都市市民としての形態を持ってして生活を営む義体職人を理解しろ、と言う方が難しいだろう。
 だが、そこは貴族だ。例え理解出来なくとも、まして納得出来ぬとも胸を張って進む様教育されている。
「誰が恐ろしい等と言いましたか。本当にそうなのかと考えていたまでです。さぁ、入りましょう。」
 青年はにやっと言う笑いを浮かべる中年に向け鼻息荒げに言うと、ぎっと扉の戸を力を込めて開けた。
 中では彼等二人、特に青年が想像していたものとは全く違う光景が広がっていた。
 小さな開業医を思わせる清潔感漂う小さな待合室には、義体化した老人達が犇き合い、もごもごがやがやと世間話に花を咲かせている。年若い者も一応居るが、全体に比べれば少なく、やはり年配の方が多い。その中には特に義体化をしていない様な人物までいた。つまりそこは人生の終局を迎えようとする者達が、ひっそりと己達だけで過ごす為の寄り合い場なのである。
 青年は、何年もの間樽の中で寝かされた大量の酢漬けキャベツの中に浸かっている気分を感じた。
「どうしましたか?」
 呆然と突っ立っている二人組を怪訝に思ったのだろう、看護婦らしき中年女性が声を掛けて来た。
 あ、と青年が何か言おうとするが、それよりも早く中年が帽子を取り、胸にやりながら口を開く。
「解鎮絃刑事警察のベルトルト・サヴィニーです。こっちで突っ立てるのは同じく刑事警察のエミール・フォン・ヴァンシュタイン。ちょっと御宅の先生に用がありましてな。今直ぐお会いしたいのですが構いませんか?」
 言い終えると、中年、ベルトルトはくいっと深い皺が刻まれた顔を、診療室だろう、奥の扉に向けた。
 途端、あれ程騒がしかった待合室が北皇の氷山の如き無音に包まれる。
 無機質な、生気を感じさせぬ瞳が一斉にベルトルトとエミールに向けられた。
 うっと一瞬たじろいだエミールであるが、ベルトルトの方は流石年齢が上なだけあって場数を踏んでいるのだろう。いやいやと笑いながら両手で被りを振りながら告げた。
「何やら誤解されてる様ですが、別に逮捕しようだなんて言っちゃいません。ただちょっとその……急患でね。ここら界隈じゃ相当腕の立つ先生らしいじゃないですか。そのお力をお借りしようと思った訳でして。」
 はは、と空笑いを浮かべるベルトルトに老人達の敵意も萎えたのだろう。無言で睨む事は止まった。それでも尚疑心暗鬼に満ちた眼を向けながら、ざわざわぼそぼそと自分達だけが聞こえる様に囁き合う。
「やれやれ、これはこれは、御宅の先生は相当好かれている様ですな?」
「はぁ、申し訳ございません。」
 困惑した様子でいる看護婦にベルトルトはウィンク一つ。彼女は心底申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや気にしてはおりませんよ。それよりも、先生に取り次いでくれませんかな?」
 ベルトルトの頼みに、看護婦ははい畏まりましたと律儀に頭を下げ、診療室に入って行く。
「いいんですか?急患だなんて言って。ここの人達、口軽そうですよ。」
「始めから人の口に蓋を付ける事なんて出来ないものだ。あんな事件の場合特にな。それに『急患』と言っても色々だ。」
 そうやってベルトルトとエミールが小声で話していると、件の看護婦が戻って来た。
「宜しいそうですよ。丁度診察は終わった所ですから。」
「あぁ、そりゃどうもどうも。」
 BitteBitteと頭を下げながら、二人の刑事は奥の扉を開けた。
 入れ替わりに杖を突いた義足の老婆が出て来るのを避けながら、中へと入る。
 診療室には簡素なベッドと椅子、大机とセットになった椅子が置かれている清楚な部屋だ。白亜のカーテンが開け放たれた窓より入る風に煽られ、ひらひらと美しく舞う。壁際には分厚い本が何冊も並んだ木製の本棚が添え付けられ、また剣か何かを飾る様に鋼鉄の義手が飾られていた。その義手以外に工学から連想される鍛冶的機械的なものは一切無く、本当に病院の診療室に思えた。
「急患、と言う割りには余り急いで無い様ですね。」
 そう辺りを眺める二人に声が掛かる。
 低く、それでいて実に良く通った美しい声だ。
 ずっと大机の前の椅子が床を擦って動き、そこに座っていた人物が立ち上がった。
 くるりと振り返ると、来訪者達に顔を向ける。
 ほう、と、へぇ、と言う感嘆詞が、ベルトルトとエミールの口から零れ出る。
 義体職人ヴィルヘルム・グルムバッハ等と言う大仰な名前が全く似つかわしくない美青年がそこに居た。
 年の頃は20代後半と言う所か。後ろは首の辺り、前は眼に少し掛かるか掛からないか程度の長さに切り揃えられた銀髪は、窓から差す陽光に照らされ、美しく輝いている。左右で若干色彩が違う切れ長の青い瞳には、理知的な光が宿り、見る者を唸らせる。右側に付けた金縁の片眼鏡が、その光を益々助長させる。すらりと細やかに伸びた体躯にはぱりっとした白いスーツ。その上には一点の汚れも無い白衣をコートの様に羽織っていた。
 義体職人より義体医師と言った方がいいなこの風体は、と思いつつ、ベルトルトは右手を差し出す。
「今日はヴィルヘルム先生。私は「解鎮絃刑事警察のベルトルト・サヴィニーさん。それからエミール・フォン・ヴァンシュタインさん、だね。私はヴィルヘルム・グルムバッハ。話はブッフ夫人から聞いている。」
 彼の言葉を遮って、ヴィルヘルムは口早にそう言った。
 差し出された手をぎゅっぎゅと握ってから、同じ様にエミールとも手早く握手を交わす。
 その態度にエミールは、せっかちな、と眉を潜めて訝しがった。
 そんな彼に、片眼鏡を光らせながらヴィルヘルムが声を掛ける。
 チキチキと、左よりも色の薄い右目が困惑気味のエミールの姿を映し出す。
「それで、急患と言うのは何処に?見た所、あなた方は馬車では無く徒歩でここまで来た様だ。ズボンと靴が砂埃で汚れている。それに息を切らしている訳でも、特に汗を掻いている訳でも無く、至って平常である様子。外に患者が居る訳でも無いようだが、急がなければならないその患者は今何処に居る?」
 先程と同じ、捲くし立てる様に一気に話すヴィルヘルムにエミールは、うっと喉を詰まらせる。
 隣で眺め見るベルトルトはにやりと笑いたくなる頬を押さえながら、成る程と思った。
 冷淡に見えるその態度は、目の前に居る来訪者では無く、ただ患者だけを視ている為である。
 事実、患者についてを尋ねる彼の言葉には熱が宿り、語彙も強く、聞く者を圧倒させる力が篭った。
 これは好かれる訳だと考えるベルトルトだったが、ただ黙って見ている訳にも行かない。
 ごほんと咳払い一つすると、彼はエミールのすがってくる様な眼に応えて口を開けた。
「いや歩いて来たのは余り大事にしたくなかったからです。こんな所に警察の馬車を遣す訳にも行きますまい?それから、私どもが急患と言いながらも落ち着いているのは、その患者は既に別の病院で治療を受けましてな、命に別状は無いのです。ただその……患者はとある事件の被害者、でしてな。」
 事件の被害者と言う言葉に、キチリとヴィルヘルムの眉が釣り上がった。
「……患者は今どう言う状況に?」
「口にするのも憚る状況です。ま、そちらの方は先生の分野でしょうから実際に見てもらうとしましてな。重要なのは、体の傷よりも心の傷な訳です。その、患者の両親が事件で亡くなりまして……彼女自身も深い傷を負いました。その事がここに来てるんですよ、ここに。」
 ベルトルトは、とんとんと己の右胸を叩く。
「私どもとしましては、そこに弱っていましてね。つまり、事件の犯人を見ているのです。だが、見てしまった事で口を閉ざしてしまった。私どもとしましても早急に事件を解決したい訳で、」
「……今、『彼女』と言ったな。女性なのか?少女なのか?」 
 ヴィルヘルムの口がベルトルトが語り終えるよりも早く動いた。
 『私どもの都合』を悉く聞き流し、たった一字の単語について問う。
 そこが重要であり、それ以外は論外だと言わんばかりに強くはっきりと。
 片眼鏡越しに薄青い右目で視られ、ん、眉を潜めてベルトルトは言った。
「……十五歳の少女です。名前はドロテーア・ヴィルト。」
「成る程。解った、直ぐに彼女の元に連れて行ってくれ。」
 ベルトルトの言葉を聞くなり、ヴィルヘルムはそう応える。
 既に言うべき言葉が決まっていたかの様な、相手に有無を言わせぬ即答であった。

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