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 第五章幕間:W.Gの回想2
 愚かな自分への問い掛け。 
 今、私は一体何処で、何をしているのだろうか。
 答えは実に明白で眼前にそれが広がっていると言うのに、私は応えられない。
 脳を構築する幾多の歯車が噛みあっておらず、私の思考は鈍いものとなっていた。
 だが時間を掛けてその歯車は廻り、漸く応えが紡がれ始める。
 今…今は深夜だ。恐らく日は今日から明日に変わり、新たな今日になっている。
 私が居るのは鐘琳の郊外にある森の中。
 私はそこを歩いている。
 群生する樹々の一つ一つを支えに、一歩一歩。
 どうやら私は疲れている様だ。
 我ながら気付くのが遅過ぎる。
 どうやら相当に疲れているらしい。
 しかし体に外傷は見当たらない。
 筋肉も疲労が溜まっている訳では無い。
 では何処かと、ここまで言えばそれは簡単に応えられる。
 つまりは頭の中だ。
 私の脳は、下に列なる体に影響を与える程に疲労していた。
 だが何故。
 と、新たな問いが生まれた瞬間、私は背中に熱と光を感じた。
 振り向けば歩いて来た道の先、森の奥の方に赤い城の様な建物が見えた。
 いや赤いと言うのはおかしい。
 遠目からでも堅牢だと伺える建物全体を、焔が覆っている。
 元々赤では無く、あの焔がそう見せているのだ。
 だが待て。
 何故私はアレが赤い色では無いと知っているのだろうか。
 私はあの建物を知っているのか。
 この問いはどうやら一つのスイッチであったらしい。
 頭の中の歯車が軋み、背景が回転する様に舞台は一転。
 私は建物の中に居た。
 小さなランプの明かりだけが灯る、薄暗い部屋だ。
 どうやら地下であるらしく、息苦しさと狭苦しさを感じた。
 辺りを見渡せば、様々な道具や材料、設計図が、実用のみに拘った家具の上に所狭しと並べられている。
 それらは全て義体を造る為に必要な物だった。
 合点した。
 ここはあの燃える建物、鐘琳義体研究所の第七研究室。
 かつてここで、私は技術と叡知の研鑽を積んでいた。
 だがおかしい。
 何かが足りない。
 この部屋に本来あるべき筈のモノ…いや、者がいない。
 彼が、彼こそがこの場所の主である筈なのに。
「……ねぇ。」
 そう私が思ったその時、足元で声が聞こえた。
 下を向いた私の驚く顔を見た時、声の主である彼はどう思っただろうか。
「ヴィルヘルム……。」
 そこには私の兄、ヤーコプが居た。
 居た、と言うよりも、横たわっていると言った方が正しい。
 彼は床に寝転がり、その左右で若干色の違う…左目は義眼なのだ…青い瞳を私に向けている。
 真新しげに輝く白衣の胸元を、真っ赤に染め上げた姿で。
 口元には昔から変わらない、穏やかでいて何処か嘲笑的な笑みを浮かべて。
 そんな姿を見て、驚かない者等居る訳があるまい。
「駄目だよヴィルヘルム……。」
 今でもゆっくりと、その赤い染みは拡がって行くと言うのに。
 ヤーコプは平然とした様子で体を起こすと、呆然とする私の右手を掴んだ。
 そこには何時から握られていたのだろう、一丁の回転式拳銃があった。
 兄の惨状と右手の銃。
 結び付けるには余りに充分過ぎたが、私の頭はそこまで付いて行けない。
「重敷(エジプト)の外科医じゃないんだ……ここじゃ、駄目だよ……。」
 そんな私を無視して、ヤーコプは唇を震わせながら、拳銃の先を赤い胸に向けた。
「心臓じゃ…それもわざと外したね…駄目なんだ……。」
 そこから彼は、ゆっくりと銃口を額へと持って来た。
 銀に波立つ髪を揺らしながら、硬い銃身をそこに押し付ける。
「魂が宿るのは心臓じゃない、頭脳だ……。」
 私は言い知れぬ恐怖に襲われた。
 ヤーコプの手を離そうと、右手に力を込める。
 だがその手は万力の様に硬く、びくりともしない。
「僕の魂を……誓いを止めたければ……。」
 がちがちと閉ざされた歯が打楽器の様に軽快な音を発している。
 二つの力に苛まれた右手はガクガクと震え、その手首は血の気を失って行く。
 そんな私がさも愉快だと言わんばかりに、ヤーコプの口は三日月状に裂けた。
 金縁の片眼鏡越しで、義眼がそれ単体の生き物の様に膨れ上がり、見開かれる。
 その機能(ちから)を私は知っている。
 何故なら、同じものが私の右目にも納まっているのだから。
 見るだけで思考すら読み取れかねない、恐るべき魔眼だ。
 全身を舐める様に見つめるその視線に堪りかね、私は悲鳴を上げた。
「ここを撃ち抜かなくちゃ……。」
 そして彼は私を突き飛ばした。
 私は背中から、近くの脚の低い机にぶつかった。
 上に乗っていた様々な器具が床に音を立てて落ちて行く。
 痛みに眼を瞑り、再び開いた時には、胸元を押さえて後ずさるヤーコプが見えた。
 逃げるつもりだ。
 私は咄嗟に拳銃の引金を引いた。
 既に撃たれた相手に向けて引き続けた。
 だが一発でも彼に当たる事は無く、五発の弾丸は全て見当違いのものに当たった。
 その中の一つにランプと、そして何かの液体を入れた瓶があった。
 床にぶちまけられた二つのそれは結び合い、焔の蛇と成って私と兄の間を阻む。
 熱さを避ける為後ろに下がった私は、赤いカーテン越しに微笑むヤーコプを見た。
「それじゃ、僕は行くよ……次に逢う時は解り合えるといいんだけど……もしまた止める気なら……。」
 苦しそうな呼吸をしながらヤーコプは、私が最後に聞いた彼の言葉を紡いだ。
「今度は……ちゃんと頭を撃ち抜くだけの覚悟が……君にあるかな?」
 密閉空間の僅かな空気を貪って肥大化する蛇から逃れるべく、私は更に下がった。
 最後に見えたのは、それだけ言って倒れ込む様に部屋の奥に消えたヤーコプの姿。

 そして視界は紅蓮に染まり、私は、今の光景全てが過去をなぞる様に点された夢である事に気付くのである。

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