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 第八章第九章:上がり行く暗幕
「嗚呼もう、何だって言うのよっ!!」
 そう叫びながら、ドルトヒェン・ヴィルトはぐいっと白ワインが並々と満ちたグラスを傾けた。黄金の光沢を放つ液体が、薄い唇の隙間を通り、細く白い喉元を過ぎて行く。一杯を一息で飲み干すと、彼女はそれを叩き付ける様に円卓に置いた。
 周囲から不穏当な視線が集まる。だがそんな事等気にならない。どうせ皆直ぐに自分達の話の中に戻って行くだろうから。だがヴィルヘルムがここ、レストラン『A・アルニム』から”自分を置いて”何処かに行った事は、何時までもドルトヒェンの内に燻っていた。
「嗚呼もう……。」
 先程自分が口にした言葉をもう一度呟きながら、彼女はぶすっと頬杖を付く。
 本当に、何故こんな事になったのだろう。あの仕事一筋に生きる朴念仁が食事に…尤も、半ば自分がせがむ形となったのだが…誘ってくれてた時はどれ程嬉しかった事か。そこにはある種の好意があった。ドルトヒェン自身、それが兄妹の愛なのか、男女の恋なのか判断出来なかったが、好きであると言う意識は変わらない。そんな彼女であったからこそ、ただ食事をすると言う事だけでも、天にも昇らん気持ちであったのだ。ヴィルヘルムにしたら些末な事だったかもしれないが。
 だからお気に入りのドレスを引っ張り出し、結構頑張っておめかししたと言うのに、その当人は何処かに消えて、
「まぁまぁ、ドロテーアさん。飲み過ぎは良くありませんぞ、それも一応未成年が。」
 あろう事か、この嫌味ったらしい中年刑事、ベルトルト・サヴィニーと二人っきりになるとは。
 これは彼女の人生において、間違いなく最悪の一日の一つに数えられるものだった。
 因みに他のを上げるなら、あの四月の夜の日と、両親の葬儀の日が上げられよう。
「……五月蝿いわね、ちょっと黙っててよ。」
 ドルトヒェンはぷいっと首を横に向けると、頬杖を付いたまま空を眺めた。
 煉瓦造りで二階建ての建物が並ぶ街並みの向こうに、底の抜けた様な青が広がっている。素晴らしき快晴だ。
 そして円卓の上に並べられた料理に目を向ける。流石解鎮絃(ゲッティンゲン)でも有名な店。良い腕前だ。
 だが、ここに肝心のあの青年は居ない、居ないのだ。
 思わず目元が潤んだ。自分は一体何をやっているのだろう、と言う感慨が小さな胸を容赦無く小突く。
 そこでベルトルトが口元を吊り上げて笑っている事に気付くと、彼女はさっとハンカチで雫を拭った。こんな男に妙な勘繰りを…きっと配慮の足りないこの中年は、自分の事を恋する乙女とでも思っているのだろう。半分位間は違っていないが…させるのは癪だったし、何よりも涙顔等見せたくなかった。
 拭き終えハンカチを仕舞ったドルトヒェンは、内心の動揺を隠す様にこっこっと自らワインを注いで行く。
 だが結構な量を飲んだ為か或いは別の理由か、瓶の口は途中で狙い外れた。
 円卓の上に薄い金色の水溜りが広がって行く。
「あぁあぁ勿体無い。折角のワインが台無しですぞ。」
「黙ってて、って言ったでしょっ。」
 おどける様にそう言うベルトルトをきっと睨みながら、ドルトヒェンは再びハンカチを取り出し、それを拭き取った。本当に、自分は一体何をやっているのだろう。義手の操作が上手くいかない。動揺し過ぎにも程がある。
 そんな様子を眺めながら、ベルトルトはやれやれとばかりに肩をすくめて言った。
「ヴィルヘルム先生の事が、気になるのですね?」
「あなたには関係無いわ。」
 つっけんどんに応える彼女に、引き攣った笑みを浮かべる中年は、その笑みを湛えたままにこう返す。
「……あの人が今何処にいるか、何をしているか……そもそも何者なのか。知りたくはありませんか?」
「ぇ?」
 一瞬何の事を言っているのか解らず、ドルトヒェンはベルトルトの方に向き直った。
 彼は笑っているには笑っているが、良く良く目を見ればそれは口だけである笑顔をしつつ、更に進める。
「だから、ヴィルヘルム先生の事ですよ。失礼ながら、あなたどれだけあの人の事知ってますかな?」
 失礼なと憤慨しそうになったが、しかしこの男の言う通りだ。
 ドルトヒェン・ヴィルトがヴィルヘルム・グルムバッハについて知っている事は驚く程過ぎない。
 義体職人として工房でひっそりと義体を造り、老人達の相手をする、生真面目な男。
 その真面目さが余りにも過ぎるので、まともに女性と会話した事が無い勿体無い男。
 精々これ位である。だから彼女には彼が今何処に居て何をしているか等応えようが無いし、先程の遣り取りの中で出て来た『七人教授』(ジーベン・マイスター)や兄だと言う『JG=ヤーコプ・グルムバッハ』の存在に、何故彼があそこまで動揺したのかも全く検討が付かなかった。
 ドルトヒェンは眉を潜め、考える様に唇に手を当てながら言う。
「……えぇそうね、その通り、だわ。私は彼の事を何も知らない……あなたは知っていると言うの?」
 ベルトルトはそれに対し、にやりと皇帝髭を上げながら応えた。
「少なくとも、『上の連中が知っている程度には』ですよ……何なら、教えてあげましょうか?」
 ぴくんと彼女の眉間に皺が寄った。この男に頼み事等したく無かった。何か一つでも借りを作ってしまうと、ユダヤ人の強欲な金貸しの様に、際限無く返済を求めてきそうだったから。それと同時に、彼の事を知りたいと言う想いは確かにあった。
 どうするべきか、暫く思い悩んだドルトヒェンは静かに唇を開いた。
「……解ったわ。聞かせてくれるかしら。」
 すっと軽く頭を下げながら彼女は言った。背に腹は変えられない。それに、ベルトルトのみがヴィルヘルムの秘密を知っていると言う事実の方に腹が立ったのだ。この男だけ特別扱いなんて、不公平にも程がある。
「あなたが頭を下げてまで願い出るとは思いませんでしたよ。」
 ドルトヒェンの態度が余りに特殊だったのか、ベルトルトはくつくつと笑った。
「いいから。あなたの知っている事を教えなさいよ。まさか出任せじゃないでしょうね。」
「いや失礼。ちゃんと教えて差し上げますよ。」
 それに憮然として応える彼女に、指で唇を押さえ、彼は表情を正した。
 取り繕った笑みが消える。そこには中肉中背の中年男では無く、解鎮絃刑事警察の姿があった。
 奥に冷たい火を宿らせるその瞳にドルトヒェンの背筋がぞくっと震える中、彼は自らの髭を弄りつつ、口を開いた。
「まずはそう……『七人教授』についてお話しましょうか。」
「……そうね、それからお願いするわ。」
 ドルトヒェンが頷くと、ベルトルトも深々と頷いた。
「『七人教授』とは、風土戦争勃発から終結より一年余りの間に行われた、国家主導による義体研究計画『鉄血計画』における研究の中心人物達の事です。彼等は僅か二年の間に義体技術を恐るべき段階にまで進ませました。無くして義体大国・土壱としての今は在り得ない。鐘琳(ベルリン)の研究所に集まった彼等こそ、真に英雄と呼べる者達でした。」
 そう言うと彼は、浪々と歌う様に『七人教授』の名前と、その二つ名を上げていった。
 『歯車式人工頭脳の祖父』クリストフ・フォン・アッシェンバッハ。
 『神経糸の生みの親』リヒャルト・フリードリヒ・ダールマン。
 『超蒸機関への革新家』ハンス・エーヴァルト。
 『極小要素の変身者』グレゴール・ゲルヴィーヌス。
 『混血の人形造師』モリ・ヴェーバー・T。
 そして、
「工学と医学、細分化すれば更に多くの学問の知識がいる義体技術のほぼ全てに精通し、他の者達の研究を支援、纏めた者達。『鉄血計画』の中心人物達『七人教授』の中でも、更に中心となって研究を進めた二人の兄弟。『万能の天才』、」
「それがヴィルヘルムと……ヤーコプ、と言う訳ね。」
 ベルトルトの台詞にドルトヒェンが合わせると、彼はぐっと頷いて見せた。
 この答えは、彼女にとって少々意外であった。ヴィルヘルムは確かに優秀な人間、非凡な才能を持った人物であると思ったが、まさかそんな国家規模とは。だがそうすると、何故彼は解鎮絃なんて片田舎に居るのだろうか。
「そんな彼がこんな場所に……さぞ不思議でしょうな。」
 どうやって疑問を察したのか、ベルトルトは彼女の心情を代弁した。ドルトヒェンの顔が曇る。嫌いな人間に、心の内を見透かされ、読み取られる事程不快な事もあるまい。いや、だからこそ嫌いなのかもしれないが。
「怖い顔しないで貰いたいですな。刑事なんて仕事をしてると、自然とその辺りの勘が身に付くのです。」
「……あなたに対して口は必要無いかもしれないわね。」
 不快感すら読み取られ、ドルトヒェンは呆れた様子で皮肉を言った。
 大して、それ程でも、と返すベルトルト。この男も相当な皮肉屋である。
「まぁあなたの疑問は尤もだ。彼の様な逸材なら、鐘琳の様な所に居るべき筈……だが居られなかったのです。」
「その通りよ……ねぇ何故かしら。」
「計画は中止されたからですよ、途中でね。鐘琳にあった研究所が火事により、幾つかの資料ごと焼失してしまったのです。これをきっかけに義体反対派の貴族達の圧力もあって、ビスマルクは研究を止め、多くの研究者達は地方に戻って行った。」
「成る程……って、でもそれはおかしいわ。」
「ほほう?そう言われますと?」
 ドルトヒェンの疑問に、ベルトルトは薄っすらと笑みを浮かべながら応えた。不思議と不快感は感じない。
 まるで教師と生徒ね、と内心ほくそえみながら、彼女はほっそりとした顎に指を当てながら言った。
「……研究が止められたって、鐘琳に居ればいいじゃない。何で解鎮絃なんかに戻って来たのよ。」
「良い質問です。まぁ一つ訂正するなら、解鎮絃は彼の故郷じゃない。彼はハーナウの出身で、解鎮絃には出身校があるのですよ。ほら、そこ。有名じゃないですか、あの大学。」
 そう言いながらベルトルトは人差し指を立て、近くに聳える解鎮絃大学の方を指差した。
 振り向けば校舎の全様が見える距離にある解鎮絃大学は、1737年に建てられた大学である。既に年季が入り始めた煉瓦造りの立派な校舎には日曜だからだろう、生徒の姿は見られない。
 そう言えばここは法学、哲学、数学、物理学に並び、義体学でもまた有名である事をドルトヒェンは思い出した。同時に、ヴィルヘルムの学生時代を想像した。きっと彼は女の子に見向きもせず只管勉強に勤める青年だった事だろう。今と殆ど大差無い学生としてのヴィルヘルムの姿に、ドルトヒェンは噴出しそうになるのを懸命に堪えた。
「……私ゃ、何か面白い事でも言いましたかね?」
 唇を軽く指で覆い、肩を震わせるドルトヒェンを訝しがり、ベルトルトが聞いた。
「いいえ、何でも無いわ……うん、本当、大した事じゃないから気にしないで。」
 そう応えてみたが、声が震えている。
 小首を傾げたベルトルトは、まぁいいでしょう、と空咳を一つ入れながら、続きを語り始めた。
「では……先程言った火事に、ヴィルヘルム先生が絡んでいる、と言ったらどう思いますか?」
「……何よそれ、どう言う事。」
 ベルトルトの言葉に、緩んでいたドルトヒェンの顔も一気に引き締まる。
「その前に……鐘琳の研究所には妙な噂がありました。」
「妙な噂?」
「極々一部の者が非道な人体実験を行っている、と言う噂です。」
 それは具体的に言うとこうだった。
 風土戦争当時は味方も敵も含めて実験素材となる者達…実に嫌な言い方だが…は文字通り腐る程存在した。だが平時になって、人命を軽視した激しい実験は遣り難くなった。義体の技術も戦闘用よりも日常用、高性能高価格では無く統一された性能に安価なものを造る事が求められる様になり、研究者達が望む様な研究も行い難くなった。そこで鐘琳研究所の一部の研究者達は、更なる技術革新の為、己の知己好奇心を満たす為にに夜な夜な街に住む浮浪者達を浚って来ては、密かに凄惨な実験を繰り返しているのだ、と。
「嫌な噂ね……でも噂じゃなかったのでしょう?」
 眉間に皺を寄せて聞いていたドルトヒェンは、ベルトルトを軽く睨むようにそう言った。彼はぐっと頷き、
「火の無い所に煙は立ちませんからな。そしてその『一部の研究者』の中に、彼がいたのです。そう、」
 ベルトルトはそこで一呼吸置くと、まるで魔法の言葉であるかの様に慎重に呟いた。
「……ヤーコプ・グルムバッハです。」
 一気に核心に触れる名前が出て、ドルトヒェンの背筋に電流が直走る。
 かすかに残っていた酔いも一瞬で覚めた。
 それでっ、と彼女は一見素っ気無く、だが急いで次を喋らせる様に早口に促す。
「彼は類稀な才能の持ち主だ。『万能の天才』の名は兄弟二人に当てられていましたが、実際は兄の方が技術も知識も上であった様です。だからこそその実情に耐えられなかったのでしょうな、深夜にまでそこらを歩き回っている様な”善良”な市民の目撃証言や、研究者達の様子から、ヤーコプが中心となって活動している事は解りました。だが彼はかなり上手くやっていまして、確たる証拠を得られなかったのです。研究者達も我々に非協力的だった、いや寧ろ率先して妨害してくれましたよ。多くの者達は今も昔も『実験等知らない』と言いますがね、普通何かしら気付く筈だ。それすら無いと言う。多分、自分達でやる技術も勇気も無い彼等は、ヤーコプに期待していたのでしょう。彼なら偉大な事を成し遂げてくれる筈だ、とね。」
「そんな頭でっかちな奴等の事はどうでもいいわ。大事な事はただ一つ、よ。」
 冗舌に語るベルトルトの台詞に、ぴしゃりとドルトヒェンが突っ込みを入れた。彼は首を竦めて言った。
「ええそうですね、失礼。大事な事は……それにヴィルヘルム先生がどう絡んでいるのか。」
 そこまで口にしてから一旦止めた彼は、ここから先は本当に一部の者しか知らない国家機密だ、と何処まで本当なのか解らない事を言いつつ、徐に口を開いた。
「当局は、もといビスマルクは、ヤーコプを止めるべく、その弟に言ったのですよ。奴を殺せ、と。」
「!!!!」
 殺せ、なる剣呑な言葉に、ドルトヒェンは思わず後退った。椅子が石畳の床の上を滑り、ガタガタと音を立てる。
 そんな彼女から目を離し、何処か遠くを見ている様な視線でベルトルトは続けた。
「政府はヤーコプをどうにかしたかった。だが出来るだけの証拠が無い。無理に研究を止めれば、反発は免れない。義体化は反対派も多いですが、賛成派も少なくなかったのです。そこでヴィルヘルム先生が槍玉に上げられた。あの人もやはり兄が良からぬ事をしているのは解っていた様ですよ。ただそれを止める勇気が無かった、他の者達の様に。そこでビスマルクがその肩に手を掛けた。兄の責任は弟の責任、止めるのは義務である、と。優しく肩に手を掛けながら、」
 言いながらベルトルトは右手で銃を象り、それを己の額に向けた。ドルトヒェンがごくりと生唾を飲む。
「その右手に銃を握らせて、ね。」
「……それで……彼は、撃ったの?」
 あの雨の日ちらりと垣間見た様に、銃を向けるヴィルヘルムを想像し、青褪めるドルトヒェン。
 ベルトルトはそんな彼女に向けて、小さく首を横に振った。
「もう六年も前になる研究所消失の前夜。その日何があったのか、それは本人達しか解りません。ヴィルヘルム先生が引金を引いたのか否かは、ね。だが事実から推測すれば恐らく、彼は撃ちました。そして研究所は焼失し、ヤーコプは姿を消した。焼け跡から死体は出て来ませんでした。墓は主無しに、ハーナウの地に築かれたそうです。」
「……そして彼は帰って来たのね。兄が眠る故郷では無く、この街に。」
 俯き気味にそう告げるドルトヒェンの言葉を、無言で肯定するベルトルト。
「大学でも二人は一緒でしたけどね。仲は良かったらしいです……死ぬ時も弟によって、ですからな。」
 彼は実に黒い冗句を口にするが、その表情は曇り、瞳には何とも言えぬ同情の光が篭っていた。
 どうやら自分はこの男を少し誤解していたのかもしれない、と思いながら、ドルトヒェンは更に続けて言った。
「でも……死んでいないのでしょう?ヤーコプは。」
 右腕の義手が不意に軋んだ。『WG』と刻まれた手首をきゅっと握りながら、彼女は言う。
 あの男は生きているに違いない、と。何故ならこの四肢を喰らった者に刻まれていた言葉は余りに真新しく――
「そう、恐らくヤーコプは生きています。ヴォルフの資料を取り寄せる時にね、一緒に知ったのですよ。今、鐘琳を中心に義体の…それも戦闘用の、明らかに最近義体化した様な…犯罪者が多発しているらしいのです。性別、年齢、人種、国籍に一切関係無く、法を犯す彼等の共通項はただ二つ。義体化している事。そして、」
 ベルトルトはきゅっと目を細め、一拍間を置いてから厳かに言った。
「その義体の何処かにに『JG』の文字が刻まれている事。」
 右手首が、いや他の関節に奇妙な違和感を感じる。ぎっと押さえ込みながら、ドルトヒェンは立ち上がった。
「えぇ……解ったわ、今彼が何処にいるのか。確かめに行ったのね、あいつの所に。」
「恐らくは、ね。今聞けるのはヴォルフ・ティーク位だから……行きますかな?」
 ベルトルトは座ったまま、立ち上がって漸く頭一個上位の高さにあるドルトヒェンを見ながら言った。
「うん……もう聞ける事は大体聞いたと思うから。後は本人から聞く事にするわ。」
「そうですか……それでは御機嫌よう、また何時か何処かで。」
「えぇ、と、その前に。最後になるけど、一つだけいいかしら?」
 頭を下げ、去ろうとして立ち止まった彼女の問いに、ベルトルトは訝しそうに、何か、と応える。
 ドルトヒェンはにやりと笑って言った。あの意地の悪い少年の様な笑みだ。
「あなた結構重要な事も含めて色々話してくれたけど、何でそんな親切にしてくれたのかしら?」
 ベルトルトは皇帝髭を弄って、真剣に悩んでいる様子である。
「そうですな……はて、何故でしょう。別に教えなくとも良かったのに……。」
「もしかして惚れちゃったとか?私に。」
 そんな彼に向けて、ドルトヒェンは更に唇を吊り上げがら問い掛けた。
 突然の問い掛けに一瞬我を失ったベルトルトは、次の瞬間盛大に声を上げて笑い出した。
「それはいいそれはいい……ですがね、残念ながら十五歳の小娘に恋をする程飢えてはいませんなぁ。」
 その笑い声に、ドルトヒェンもくすくすと微笑んで応える。
「私もよ。あなたみたいなおじさん相手に、ときめいたりなんてしないんだから。」
「成る程。ではヴィルヘルム先生ならいいのですね。」
 む、とドルトヒェンは唇を閉ざした。年季の差か、この男の方が上手らしい。
「さぁね……あなたに教えてあげる必要は無いわ。」
「図星ですね。」「違うわっ。」
 にやにやと中年らしい笑みを浮かべるベルトルトに赤く染まった顔が見られないよう、彼女は背中を向けた。
 そのまま足早に去ろうとすると、後ろから叫び声が掛かる。
「では改めて御機嫌ようっ、無事に済むと良いですなっ。」
 一体何が無事に済むと良いのかは解らなかったが、言われて悪い気はしなかった。
 やはり、評価は変えておいた方がいいだろう。
 そうドルトヒェンは前を見て歩きながら、バイバイと後ろに手を振って応えた。

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