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1.
 醒暦1880年 九月 詠霧趣(イギリス)西南部 サマセット地方

 竜が架空の存在から現実の存在になったのは、一体何年前になるだろうか。
 いや、この記述は正確では無い。
 何故ならば、竜が現実の存在で無かった時は、あった時よりも確実に短いからだ。
 神話の時代において、彼等は神々と共に、人の身近に居た。しばしば敵対者として、時折は協力者として、多くは倒し、倒されるべき唯の相手として。古代においてもまた同様であり、中世においては時代と共に伝説として語られる様な存在へと移って行ったが、依然としてその実在は信じられていた。
 その信仰が揺らいだのは近世に入ろうとする時で、確たるものとなったのは近世に入ってからである。
 回教(イスラーム)圏への十字軍遠征の流れを汲むイベリア再征服活動(レコンキスタ)の熱狂は、人々を狭い半島から海の彼方へと押し遣り、そして訪れた大航海時代によって皇路覇(ヨーロッパ)は新大陸含む幾つもの地域と結ばれた。結果として旧来世界を構築していたシステムは変容を余儀なくされ、また人々も変わった。
 大海原を駆け巡るには技術が要り、技術は知識が齎す。知識とは知恵の具象であり、そして知恵は神々が人々に持つ事を禁じたものに他ならない。知恵を得る事は少なからず神々から離れる事で、それは即ち神々と共にあった竜の実在を揺るがすものだった。後々訪れる事となる啓蒙の光が、彼等を更に闇へと追い遣った。
 だが知恵の焔も啓蒙の光も、所詮は闇夜を照らすだけで、その存在を消す訳では無い。大航海時代突入と共に、『保因者』(キャリアー)が皇路覇に出現し、梅毒以上の速度を持って蔓延した。老若男女誰彼、後天的か先天的かに関わらず、少なくない者達が人では無い何者かへと変異した。変異の理由は不明であり、病でも無い為治療法も無く、ある種の因子の所為なのだろう、等と言う曖昧模糊な理由で変異者は保因者と呼ばれた。
 この古典を通り過ぎて神話の時代に回帰した様な者達の存在が、竜実在の根拠無き信憑性を生む。
 そこに確たる根拠が生まれたのは1842年、詠国の古生物学者リチャード・オーエンによるものだった。
 彼はそれ以前に、自らの元に持ち込まれた三種の化石が今までに発見されたどの生物でも在り得ないとし、新たな種族として『恐竜』と命名していた。その彼の元にある生物の骨が送られてきた。
 コーンウォール地方で発見されたと言うその骨は殆ど原型を留めており、全体の形状は恐竜と非常に良く似ているものだった。だがそれは実に真新しく、どう見ても恐竜が存在したであろう何億年も前のものには見えなかった。まさか現代のブリテン島に、恐竜の生き残りが存在していると言うのだろうか。
 ただ、このどう見ても造り物には見えない骨には二つ程、恐竜には在り得ないものが存在した。全長の三倍を誇る一対の大翼である。それはしかもしっかりと四足が存在する上で存在した。リチャードの脳裏にはある生物の名前が思い浮かんだが、あえてその名を口にしなかった。それは恐竜が今も生きていると考えるより馬鹿げたものであったからだ。しかし、現に彼の目の前には骨が存在する――
 リチャードは苦悩した。彼は元々保守的思想の人間である。同時代に存在した進化論の提唱者チャールズ・ダーウィンとは宿敵同然な程に。自分で連想しながらも、認める事等出来なかった。だが、最終的には認めざるを得なかった。それ以外に説明の余地が無かったのだから。
 彼は恐竜という新分類の発表の後、第四の骨を見せながら渋々とこう言った。
 これは紛う事無き正真正銘、真の竜の骨である、と。
 こうして近世の始まりに滅びかけた竜……因みに、学術的には恐竜との混同を避ける為、真竜と呼ばれているが、ここでは竜で統一する……は、再び蘇った。その後この波を受けて幾多の冒険家が秘境を訪れ、そして遂には生きた竜の発見にまで及んでいる。有名な所では我等が大詠帝国のチャレンジャー教授、そしてしばしば地底探検自体に目が向けられがちな土壱のリーデンブロック教授等である。
 だがしかし、竜の実在が確証されて喜ぶ者等、学者連中以外に果たして居るのだろうか。
 少なくともジョージ・サリンジャーにとっては悲哀と憤怒を生む存在でしか無かった。
 最初の疑問に応えるならば竜が現実から姿を隠し、再び現れるまでの間は精々百年か二百年、多くて三百年。そこから再び世に現れたリチャード・オーエンの命名の時期から考えると半醒紀ばかり経過していた。人の一生で考えれば長い様で短く、またその逆でもある歳月。どうせならばそのまま時の塵に埋もれ、化石として姿を現してくれたならばどれだけ良かった事だろうか、とジョージは真剣に思っていた。
 先に上げた竜発見の経緯の、どれか一つでも違えば、それもありえたかもしれない。しかし歴史はその道を辿らなかった。竜は学者達によって生物としての枠を設けられ、この現代で悠々と翼を広げている。
 何と愚かな事か。学者達は勘違いしているのだ。竜は彼等の知的好奇心を埋める為のただの研究材料でも無ければ、名誉と地位を与える生きた標本でも無い。どれだけ希少だろうと、竜は我々人類にとって歴然たる敵なのだ。人を襲い、その血肉を喰らい、財産を奪い、神を嘲笑する存在自体が絶対悪の怪物である。
 そう断言する程にジョージは竜を憎んでいた。心の底から。魂の淵から。
 何故なら、竜は彼の最も大切な者達を奪ったからだ。
 そしてその憎悪は彼に行動する様駆り立てる。
 ジョージは今、聖マイケルの道を馬に乗って進んでいた。
 手綱を握る手に尋常ならぬ力を込めて、背に乗せた機械の槍を揺らしながら、彼は平原を向かう。
 その先こそが決戦の地、半年に及ぶ彼の苦悩を終わらせる場所、グラストンベリーにおいて他ならない。
 数多の幻想が霧の中で踊り、アーサー王が眠る、芳醇なる林檎の島(アヴァロン)こそここだと言われる場所。
 そこに倒すべき竜が居る。そしてもう間も無く、狩人にして、騎士が到着するのだ。
 聖ゲオルギウスの名を担う、平和を愛した哀れなる男ジョージ・サリンジャーが。
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