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 昨日と一昨日に掛けて、『Kill Bill』のvol.1,vol.2をやっていた。もう既に一度見てはいるのだが、丁度また見たかったので、深夜二時にも関わらず、かなりハッスルしながら鑑賞していた。因みにそれぞれ別の局で、しかも2の方が先立ったが。
 で、改めて見たのだが、この映画やはり面白いな。

 全体的にB級テイスト溢れる内容と構成であり、随所にタラちゃんことクエンティン・タランティーノがオマージュを捧げたと言う映画のネタが盛り込まれ、そのはっちゃけ具合が大いに笑えるのだが、しかし実際物語はしっかりと作られており、特にvol.2の後半の遣り取りは複雑な愛憎に満ちた男女の恋愛模様として実に良い。相変わらずダラダラとして意味の無い様な会話も雰囲気として楽しい。アクションも、余りスタイリッシュとは呼べないが、映画的興奮とリアルに満ちたものであって、かなり好きだ。

 と言う訳で、再び見て高評価となったこの作品だが惜しい事に、テレビ放映なのでかなりカットされていた。

 まぁ尺の都合と言うのは解る。CMも入れなければならないし、そのCMがDVDで見るのとも映画館で見るのともまた違った、強いて言えば臨場感を与えてくれて良いのも解っているつもりだ。

 しかし、タラちゃんことクエンティン・タランティーノ監督の文字味と言うのは、意味のあるだか無いだかよく解らない長会話が醸し出すぐだぐだな雰囲気にあると自分は思う。丁度押井守の無駄に長い台詞が押井節と呼ばれ作品の持ち味となり、Sound Horizonの中でじまんぐの胡散臭い声がサンホラーをじまんぐ中毒にさせる様に、このタラちゃんによる無意味とも言える贅沢な時間の使い方は彼の映画にとって必要なものである。

 バドの酒場のシーンや、パイメイとの修行シーン等(vol.1はまだマシだったが)良い味をして、且つ重要な伏線ともなっていた場面が削られてしまったのは痛すぎる。最近の映画はどれも総じて長い(昔の映画は大体九十分で、友人曰く人間の集中力はそれ位しか持たないと言う経験則から導き出された時間らしい)のだから、それに合わせた方が良いのでは無いか。

 そんな事を考えた、夏の深夜であった。嗚呼、後グラインドハウスの予告をやっていた。ロドリゲスの新作と同時上映でどちらもなかなか素敵だったが、ロドリゲスの方に個人的には軍配が上がるかな。何せ義脚マシンガンダンサーなんてものを実写でやってくれてはな。
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