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2007.10.23 BELIEVE YOURSELF
「君も懲りないな。もう再戦とは、ね。」
「まぁね。俺ぁこう見えてしつこいのさ……かなりね。」
 十月の夜空に浮かぶ月が街灯の如く灰色のビル郡を照らしている、その狭間で。
 朝倉朝信の問い掛けに、塩森暁徒はそう応えた。
 彼等の装いは実に対極であった。
 朝倉は、金色に染め上げられた髪をオールバックにした髪型に、清潔そのものな白のスーツ。暁徒は、一度も手を付けられていない黒髪を前に数束残して撫で付けており、聖職者の如く黒の学園制服を身に纏っている。
 そして片方の眼は天然の赤に染まり、もう片方の眼は人工の紅によって遮られている。
 二つの赤はおよそ十メートルの距離を保ちながら空気中でぶつかり合っていた。
 何時それが爆ぜてしまってもおかしくない程に。
 それも当然で、この二人には浅からぬ因縁が存在した。
 端正な顔立ちをした人物に見える朝倉朝信だが、その心も体も既に死んでおり、その存在は生きている人間を喰らう亡者、人類と彼等より生まれし能力者の天敵ゴーストへと成っている。
 そしてこの男こそ、塩森暁徒の両親、塩森光太郎と塩森愛理を殺し、更に姉、和葉を魔術師の世界へと走らせ、妹である美代をも闘争へと巻き込んだ者に他ならないのだ。
 かつて光太郎が身に着けていた黒い丸縁の色眼鏡を模し、且つそのレンズが最期に見た風景を焼き付ける紅い眼鏡をくいっと眉間へと上げながら、暁徒は懐へと手を伸ばすと一枚のカードを取り出した。
 彼等能力者の力を封じた、イグニッションカードである。
「またそれかね。」
 暁徒の右手に握られている銀色の札を見て、朝倉はふんと鼻で笑った。
 二人は二度闘っている。
 一つは四年前の東京、あの忌まわしき日に。
 正確にはそれは戦いではなかった。幼い暁徒が朝倉を止めている間に、両親の死と自身の恐怖によって能力者へと覚醒した美代の技能、ブラストヴォイスが発動し、朝倉を追いやったのである。
 今一つの戦いは、今年の九月の半ば頃に起こった。
 それは正に運命の糸のめぐり合わせというべきだろう。偶然道を歩いていた二人は偶然に出逢ったのである。そして必然の結果として戦いが始まり、そして……負けたのは暁徒であったのだ。
 力量、というよりも技量の差によって彼は敗北した。幾多の残留思念を取り込み、数多の詠唱銀を費やして鍛え上げられた彼の自慢の武器、繋鎖剣はその一撃こそ凄まじいが、重量と形状により手数は稼げない。そこに生まれる決定的な隙を付け込まれたのである。
 そして今起ころうとしている三度目の戦い。
 それは暁徒が朝倉を必死になって捜した事による当然の帰結であった、がその彼が怨敵を探し出し、対峙していられている、つまり生きているのは単にその仇の気紛れに過ぎないのだった。
「馬鹿の一つ覚えに、またあの大剣を振るう気かな。それじゃ私に勝てないのは解ったろうに。」
 朝倉はやれやれと首を横に振りながら、やれやれと哂った。
 彼はその態度に似合わぬ慎重な男である。何年も能力者達の、世界の追求を逃れ、力を得る事に成功したのはそれによるものが大きい。それはゴーストとしての能力では無く、生来の性格であった。闘争よりも逃走を、あくまでも自己の保存と快楽を望む男。それが朝倉朝信である。
 だからと言ってこの男は捕食者であり、いざとなればその爪も牙も容赦無く遣うだろう。加えて、もしそれが何時と問うならば、間違い無く今だった。一度ならば兎も角、二度、三度とくれば小うるさい蝿を見過ごす筈も無く。そして彼は闘うのなら、己の勝利がまず確実の時に限るのである。
 朝倉にとって暁徒とはその様な存在だった。取るに足らぬ、か弱き相手、と。
「……そう思うかい?」
 だがこれは一体どう言う事だろう。
 そのか弱き相手は、銀の札をぎゅっと握ると、その唇に微笑を浮かべて見せた。
「……何だと?」
 朝倉の顔に疑念が浮かぶ。
 まさかこの餓鬼は、一度負けた相手に勝てるとでも思っているのだろうか?それもこの私にっ。
 そんな彼を全く意に介さず、手を前に伸ばしながら更に札を握り込むと、暁徒は呟いた。
 己の武器と力を解放し、戦闘開始を告げる一言を。

「IgnitiOn.」

 それは木漏れ日の様に柔らかく、或いは月光の如く静かな言葉だった。
 その言霊に合わせて、銀の札は青白い炎へと変わると、暁徒の衣服に包まれた体を覆い、舐め、架空の灰へと帰すと冷えながら、黒地に金のラインを宿した長衣へと姿を変えた。瞬きを一つするよりも早くに。
 戦闘装束に成った暁徒にしかし、朝倉は笑みを讃える。
 彼のその姿は、既にこの前見たのだ。黒では無く、赤に染めたのだけれど。
 だが、今回の変化はそれだけに留まらなかった。
 朝倉が見ている前で、ぶぅんと銀の光が奔る。それは暁徒の全身を回り、まるで血管の如くうねり、時に真っ直ぐ進むと、ぴたりと固まり、長衣の上で魔術的趣向を感じさせる回路状の装飾へと変化した。更に腕と足に集まった光は、黒の手袋と長靴を銀の篭手と軍靴へと強化する。
「その姿は何だ。何故変わる。」
 月光に照らされ、銀の装飾と紅い眼鏡を輝かせる暁徒に、朝倉は訝しがってそう言った。
 彼は応えず、ゆっくりと右手を頭上へと上げる。星空の天井に垂れる、スポットライトを指差す様に。
 指先に誘われて、朝倉は上へと視線を向けた。
 そこには先程と変わらぬ、中秋の月が淡い光を讃えている。
 と、その中心で何かが光った。
 流星、にしては尾が無く、またその光はもっと近い所だった様な。
 そう思ったと同時に、朝倉は、月の中から真っ直ぐこちらに向かってくる飛翔物の存在に気が付いた。
 慌てて後ろへと跳ぶべく、大地を力強く蹴り込む。
 彼が僅かに下がった瞬間、先程まで居た地点に何かが突き刺さった。
 ぶわっと汗が噴出した朝倉の眼前を通り過ぎ、地面へと堕ちたそれは、黄金の柄に青白い魔力を放出するシリンダーを取り付け、動力源である紅玉を埋め込んだ、黒刃の剣だった。長さにして裕に一メートルを超えており、主の身長の半分以上ある。また柄に対して妙に刃が長く、そして細い。武器として扱うには聊かバランスを欠いていた。だがそれも当然だろう。何せそれは、厳密な意味のおいて剣としては扱われておらず、専ら暁徒の力を放出する為の機構として用いられていたからだ。
 剣であって剣では無い、この詠唱兵器を、担い手はこう呼んでいた。機巧剣或いは飛光剣、

「極光(Gretchen)!!!!」  

 天に召された清く美しき女性を示したその名が口にされた途端、剣はまるで磁石に引き寄せられるかの様に地面から離れ、一直線に暁徒の右手に納まった。片手でそれを楽々握ると、切っ先を狼狽する朝倉へと向ける。
「……新しい姿、新しい剣、か。」
 その位置からでは黒く短い横線にしか見えぬ剣を眺めつつ、彼は一筋の汗を頬から流した。変わり果てた体が、汚れ切った心が、そして歪み尽くした魂が囁いている。これはあの時翻弄してやった餓鬼では無い、油断をすれば容易に命を刈り取って来る騎士である、と。
 暁徒はそんな彼を無言の内に眺めつつ、ある言葉を思い出していた。
 それは、彼の心の師ともいうべきあるシスターが口にしていた言葉である。

『理解はしなさい。その身は許せずとも、せめて想いだけは、受け止めてやるのです。そしてお斬りなさい。』

 未練を残して死んだが故に死して尚生きているゴーストを理解し、その想いを享受する。
 その上であえて斬る。憎しみを終わらせる為に、悲しみを終わらせる為に。
 成る程、確かにそれは一理あるだろう。
 だが、暁徒が仇敵と相対した二回目の時に理解したのは、このゴーストが現存する中で最も邪悪な部類に入る者であり、何処へも送る事無く完全に抹消せねばならぬという己の純粋なる激怒であった。
 怒りは過度の力を生み出し、衰弱を早める。
 故に、彼は敗北した。
 その後、暁徒はあの言葉を己へと向けたのだ。
 静かに、安らかに、深く、遠く。
 誰にも邪魔されぬ、己だけの境地へと。
 そんな瞑想と思案の果てに。
 彼は自分を理解し。
 それを律する法を得た。
 やがてそれは爽やかな一陣の風と成り。
 猛り狂う狩人の影を吹き飛ばし。
 強過ぎる日の光を制して。
 健やかな月の光を運び込んだのである。

「全くだお久喜さん……『理解』するのは大事だ。相手だけじゃない。自分が何で哀しみ、何に怒り、何を望んでいるのか。案外と、解っていないもんだな。だから抑えられなくなる、情け無い事に……。俺はさ、俺が好きな連中が居なくなるのが我慢ならないんだろうな。だから闘う、戦って来た、我武者羅に。ヘリオンになって変わったと思ったけど、でも根本的には全然変わってなかった。あんたにあってこんなに心が荒れてるんだから……だから、忘れてたのさ。結局俺は何がしたいのかってね。つまり、そりゃあれだ、俺の愛しい奴等を護りたいんだよ。一度は失ったからさ……もう二度とはごめんなんだ。だから俺は闘うんだ。ただ斬り掛かる無骨な剣じゃねぇ、冷静に、沈着に、己を日本刀の様に研ぎ澄ませて……だが、護りたい奴等の頭には『俺の』が付くからね、同時に盾の如く身を護り……お前には、解らないだろうな、この気持ち。世界の事とか全く考えて無ぇ、自分の事しか頭に無い、孤立して、孤独な……正真正銘本当のゴーストであるお前には、な。」

 朝倉は、唐突に語られた意味不明の独白に眉間を顰めた。
 そんな彼を尻目に、騎士はゆっくりと瞳を閉じる。
 瞼が下がって行くのとは逆に、足元から周囲を取り巻く旋風が巻き起こった。
 『殺してやりたい偽善者』という言葉が聞こえた気がしたが、轟音に掻き消される。
 更に竜巻の中では光が煌き、虹彩色をした四つの正八角形が出現した。
 ゾンビハンターから月のエアライダーへと変わった事で得た、新たなる技能。
 『インフィニティエア』そして『リフレクトコア』。
 風の刃と光の盾。
 暁徒は、攻める力と護る力、その二つを同時に体現して見せたのである。
 それは愛の名の元に紡ぎ出された、解に置いて他なるまい。

 そして彼はゆっくりと黒い刃を己の後ろへと向けると、
「だが……直ぐに理解出来る場所に送ってやるさ、お前もな。」
「っ……ほざけ小僧っ。」
 そう静かに言い放ち、変貌する朝倉の白い体躯目掛けて、光の槍を撃ち放つのだった。
 
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