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 第一章第二章 メは命令のメ
「既に三年近く、だ。解るかね?アレックス君。これが何を示した時間か。」
 彼の直属の上司であるグラント・ヒル警視が発したこの一言。
 それが全ての発端だった。
「……『ドッペルゲンガー事件』の最初の事件……。
 そう思われている事件が起きてから今日までの時間であります、警視。」
 口髭と同じ位脂肪をたっぷり溜め込んだ警視を前にして。
 アレックス・ボールドウィンは苦虫を噛み潰した様な顔をしながらそう応える。
「ドッペルゲンガー、か。」
 葉巻入れから取り出した上質の葉巻の先を、黄色く変色した歯で噛み千切りながら、グラントは呟いた。
「忌々しい新聞記者どもがつけた名前だが、事件の内容を如実に表している良い名前だ……そうは思わんか?つまりはその怪奇性をな。わしも色々と難事件を見て来たが、こんな怪事件は珍しい……おお、ありがとう。」
 アレックスが火の付いたマッチを差し出すのに向けて葉巻を翳すと、グラントは思いっきり紫煙を吸い、吐いた。
「……全く、こんな事件があっていいのか?こそ泥以下の犯人が解っているのに手を出せないっ。あの糞野郎は、ついこの前にもまた、確実に一人殺っていると言うのに、だぞっ。」
 そして彼は煙に向けてぶぉんと拳を叩き付ける。
 大気に漂っていた白いもやは一瞬で掻き消され、拳はテーブルへと当たると鈍い音を響かせながら、側に置いてあったペン立てを軽くだが宙に浮かせた。
「……おっしゃるとおりです。」
 もうすぐ三十になろうとするアレックスの端正な顔が、歯噛みと眉間に皺を寄せた事でぎちりと歪む。
 本当にその通りだった。
 犯行は解っている。証拠も挙がっている。犯人は人相から名前に性格、所在地、酒の趣味まで判明済み。踏み込もうと思えば何時でも住いに赴く事が出来る。出来るにも関わらず逮捕に踏み込めない。それは、あらゆる理由からまず間違いなく犯人と思われる人物が、それ以上に犯人ではありえない状況に居たからだ。
 この矛盾にアレックスは三年近く煮え湯を飲まされている。
 今現在に置いても尚。
「そこで今日君を呼んだのは他でも無い。」
 再び葉巻を咥え、落ち着きを取り戻したグラントは、思い悩む部下へと向けてこう言った。
「ある探偵へ依頼を出した。
 君は、その人物と共に事件解決へ向けて行動して貰いたい。」
「……探偵ですってっ。」
 その言葉に我を取り戻したアレックスは、思わずそう叫ぶと、更にグラントの机の上にどんと両手を付き、掴みかからんばかりに体を乗り出した。警視は彼がこの様な態度を取るだろうと既に予想しており、実際その通りになったのでにやりと笑いながら、更に彼を動揺させる一言を言い放つ。
「それも女。」「それも女っ。」
 鸚鵡返しに言い放ちながら、何と言う事だとアレックスは額を手で覆った。
 探偵嫌いである彼はまた女嫌いでもあった。堅物と言っても過言では無いアレックスにとって女の行動一切は理解出来るものでは無い。故に、彼は自分の母親と妹以外に女性とまともに接した事など、一度も無かった。
 元より自分から積極的に離れようとしたのだから当然と言えば当然だが。事件の操作の為に話を聞く事はあってもそれはあくまで被害者としてで、聞きたい事を聞いたならさっさとお礼を言って去るか、或いはそもそも部下に向かわせる。それ位徹底していた。同僚からは同性愛者疑惑まで出る始末である。勿論それはただの疑惑に過ぎない。本当であれば、聊か洒落にならない。
 そんな男が、ここに来て女と仕事上のパートナーにならなければならない。しかもそれは探偵だと言う。嫌いな者が二つ、重なり合って訪れた。これを最悪と言わずして一体何と言えば良いだろうか。
「……しかし今更探偵など雇って何の意味があるでしょう。
 それともその探偵はあのホームズだとでも?」
 絶えず難事件と格闘しているあの男が協力してくれるとは思えないしこちらから願い下げですが、と続けながら気を落ち着かせたアレックスは言った。上司からの言葉とは言え、容易く頷くつもりは無いのだ。
 動揺した部下の態度を一頻り笑った後、グラントは真面目な顔で返す。
「何時からホームズ氏は女になったのかね?まぁいい、喜ばしく同時に哀しい事に彼では無い。だが優秀と言う意味では確かに優秀だ。同時に少々……かなり風変わりな探偵でもある。この事件に相応しい人材だと思うな。」
「それは女性だからです?
 男性と比べれば少ないですが、女性探偵と言うのも居るには居るでしょう。」
 遺憾ながら、と付け加えるアレックスにグラントは頭を振って、
「それもあるが、それだけじゃない……が、まぁ逢って見れば解るだろう。」
 そう応えた。
 何とも要領を得ない会話である一体その探偵が何だと言うのか。
 アレックスは溜息交じりに、最後の抵抗を試みた。
「それは命令ですか?」
「勿論命令だ。君に拒否権があると思っているのかね、アレックス君。」
 答えは予想通りである。
 哀れな警部は、本格的な溜息を零した後、ただ一言「いいえ」と応えた。

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