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 第十四章第十五章 理屈と妄想の郷土を統べる妖婦(Lefyna Morg)
 中に入った瞬間、ノイラ・D・エディソン眼を見開いた。
 アレックス・ボールドウィンはその理由が良く解った、自分もそうだったから。
 そこは数本の蝋燭のみを光源とする薄暗い部屋が広がっている。元々倉か何かだったものを改良したらしいその地下室は本来はかなりの広さがあるのだろう。しかし今は、来歴不明国籍不詳の多種多様な魔術的道具や一体何年前に製造されたのか解りかねる古書がその価値を否定され塔の様に積み上げられ、場所を取っており、はっきり言って足の踏み場も無い状況である。
 こんな所で暮らしている人間が居るとは、アレックスは正直考えたくなかった。
 ノイラは、『DORAGONBLOOD 1880 GEORGE SALINGER』と言うラベルの貼られた赤黒い液体入りの瓶(まさか本当に竜の血では無いだろうが、1880年は確かに詠国内で竜騒ぎがあった年で興味深い。しかしジョージ・サリンジャーとは何者だろう)や、小さな人間の生首に見える緑色の何か……恐らく虫か何かを見間違えたに違いない……が水の中で漂う試験管、或いは形状的に人間に似てはいるが人間ではありえない角の生えた猿の様な何かの骸骨に、こんな者使える奴が居たらそれは人間ではありえまいと思わせる、九層の削岩機の如き形状をした刃を赤黒く汚す機械の槍といった奇怪極まりない類の品々を興味深げに見つめながら、ゆっくりと進んで行く。途中で黒い柄を持ち、鍔と鞘に赤く奇怪な紋様の装飾が成されているナイフを見つけ、それに軽く触れようとした事もがあったが、それはルイスに差し止められた。
「ただのナイフだけど、触っちゃ駄目だよ。
 ルフィナにどんないちゃもんを付けられたか解ったものじゃない。」
 残念そうに手を戻すノイラに苦笑しながら、アレックスは、本の塔を崩さぬ様にルイスの後を苦労して追った。
 そして漸く開けた場へとやって来た時。
 丁度来客とやらが帰ろうとしている時だった。
「それじゃぁ確かに渡したわ、カイン。
 イベリアで貴方が何処までやれるか楽しみにしているわ。」
 人間を模した悪趣味極まりない椅子に座る、豪華極まりない碧髪に愉悦に満ちた碧眼をした美女ルフィナはそう来客、髪も白ければ肌も白くその瞳すら白めいた銀色、おまけに服も白で、血すら白いのではと思わせる、白亜の青年カインへと言った。彼は頷くと、
「そんな事言わずもがなだよ、ルフィナ。
 僕は、僕の信仰の為ならば、僕の全ての為ならば、僕の神の為ならば、死をも厭わない覚悟さ。」
 白い布に黒い帯で止められた歪な十字架状の荷物を背負う。
 そして、そう剣呑な台詞を吐きながら出入り口たる階段へと向かって行った。
 その途中で眼が合った時にぐにゃりと浮かんだ笑みを見て、アレックスは確信する。この男は気が狂っているに違いない、と。それは二千年を生きているなどと戯言じみた事を抜かす女の住居には相応しい来客であった事だろう。
 やがて彼の白い影が地下室から消えると、ルフィナは、さて、と思い出したかの様にアレックスの方を見て言った。
「では新しい客人を歓迎しなきゃ。また来てくれるなんて嬉しいわ坊や。」
「……来たくは無かったのですがね、老婦人。あの老婆の姿では無いのですな。」
「あれは普段着で人払い用。失礼しちゃうわね坊や。
 所で、そこの貴女は誰かしら?」
 坊やと言われた彼は、精一杯の皮肉を込めてそう言ったつもりだが、魔女は全く気にしていない様である。と、言うよりもその興味は既にアレックスでは無く、その背後で立っている少女、ノイラに向けられていた。
 彼女はじぃと、話に聞いていた専門家を青い瞳で見つめるのみで何も言おうとはしない。
 ルフィナもまた微笑みながら、その碧色の瞳で見つめる。
 二人の間に奇妙な空気が出来、それが広まる前に咳払いを一つしてアレックスは言った。
「ノイラ、彼女があのルフィナ・モルグだ。
 そしてルフィナ殿、彼女はノイラ・D・エディソン。
 今日来たのは他でも無い、この前聞いた保因者(キャリアー)の変身について、彼女にも教えて欲しいのです。
 何分、当事者の口から聞きたいそうなので。」
 アレックスの説明にルフィナは興味深そうにふんふんと頷くと、こう尋ねた。
「エディソン、エディソン……もしかしてメンロパークの魔術師の娘?」
「いいえ、私の父はフィリップ。義体研究者で、阿真利火人ではありません。」
 この言葉を、アレックスでは無く、ノイラ本人が訂正した。
 その答えにルフィナはふっと笑みを強めながら、こう返す。
「成る程ねぇ。って、貴女喋れたのね。喋れないかと思ったわ。
 『人形』みたい可愛い顔してたから。」
 あえて人形を強調した言葉に、少女の眼が不快そうに細まった。アレックスは、魔女の顔を見た。何を意図してかは全く解らない、解りたくないが、あえてそう言ったのだろう。明らかにこの女はノイラが義体人形だと気付いていた。
 一気に重たくなった空気が地良いのかルフィナはくすくすと笑いながら、
「やぁねぇ、そんな怖い顔しないで。
 気楽に行きましょう、ほら座って。
 ルイス、もう一つ椅子持ってきて。」
 ノイラに、先程の来客が座っていた白い椅子を指差すと、ここに来てからその気配を全くと言っていい程に断っていた青年へと声を掛けた。無言で頷き、彼がアレックスの元に持って来たのは、曰くありげな黒い椅子である。もっと他に良いものは無かったのかと言いたくなったが、それを言っては余りにも間抜けなので黙って座る事にした。
 新たな客二人が座るのを確認すると、ルフィナは手を差し向けながら言った。
「じゃ、改めて自己紹介。私はルフィナ。
 保因者、らしいけどこの名前嫌いだから私には言わないでね?」
「……ノイラ・D・エディソンです。宜しく、ルフィナ。」
 眼を細めたままで端的にそう頷くと、彼女は差し出された魔女の手を少し躊躇いがちに握る。
 その手を握りながらルフィナは、
「えぇ宜しく。それじゃ早速だけど説明するわ。
 尤も、貴女の場合はそこの彼と違い、こうした方が早いだろうがね。」
 ノイラが瞬きをすると同時に、アレックスへとその姿を変えていた。
「……っ。」
 くわっと眼を見開き、ぱっと手を離すとノイラは、一体何が起こったのか解らないという表情で、手をひらひらとさせたまま椅子に悠然と座っているルフィナ=アレックスを見つめる。その姿は警部の生き写しであった。その金髪の色艶も、青色の瞳の輝きも形も、背丈に比べてがっしりとした肩幅も、黒いスーツに寄った皺の一つに至るまで、中身は解らないが少なくとも外見は完全にアレックス本人で間違いなかった。
「…………洒落になってませんな、ルフィナ、殿」
 頬杖を突いて見守っていたその本人は、余りの衝撃に何も言えず、ただ頬から汗を垂らすのみである。その彼と同じ姿をしたルフィナ=アレックスはくすくすと、それだけは彼女自身の仕方で笑いながら応える。
「既に知っている者も驚かせたかったからな。なかなか心臓に悪かっただろう、アレックス。と、この様に俺は形を変える事が出来る魔法を持っている。
 それから死なない事、かな。
 因みに先程までの姿も名前も本当のものでは、」
「……どうやってそんな……何が変身は出来ないですっ。
 出来ているじゃないですかっ。」
 その台詞を最後まで言わせず。
 ノイラはがたんと椅子を倒しながら声を大にして叫んだ。
「ノイラッ?」
 慌ててアレックスも立ち上がる。彼女が発した声は彼が今まで聞いた事の無い程に慌てている。まさかあの少女がこんな声を出せるとは信じられなかった。まるで何か、抗いきれない何かに怯えている様に彼には見えた。
 その彼の声すら届いてないかの様に、ガタガタと小さな肩を揺らし、チキチキと青い瞳を眼球の中で揺らしながら、ノイラは明らかに動揺した様子で、不敵な笑みを浮かべているルフィナ=アレックスへと問い質す。
「……あなたが、ドッペルゲンガー……なのですか。」 
「それは残念だろうけど違うわね。
 私はあんな風に直接的に干渉はしないの、基本的に。
 でも、そもそもそれは違うわ、ノイラ。」
 彼女の質問に対し、アレックスの姿からあの美女の元へと一瞬で戻ると、ルフィナは応える。そして、すっくと立ち上がると近付き、窺い知れぬ恐怖で飛び出さんばかりに眼を開きながら後退るノイラの腕を掴むと、
「全ての存在は、完全な意味で他の存在に成る事は出来ないの。
 何故?それはね、ここに『魂』があるからよ。」
 コツコツと、その銀色の前髪に隠れた額を小突きながら、魂を強調して囁いた。
「……た……魂……?」
 間近で見つめるルフィナの視線からノイラは、逃れたくとも逃れられないという様子で呟いた。今やその表情は、人間で言えば顔面蒼白といった状態にあった。
「ノイラ……何をするつもりだルフィn、」
 余りの様子にアレックスが止めようとした時、冷たい感触が首筋に当たった。
 ルイスが恐るべき速度で獲物を抜いたのだ、と気付いたのは、
「悪いけど黙って見ていて。彼女の邪魔をすると後で怖い。」
 そう当人が耳元で囁きながら、刺突剣の刃を返した時であった。
 つまり、手遅れである。
「くっ……。」
 歯噛みしながらもアレックスはノイラを、蛇に睨まれた蛙の如き少女を見る。
「魂……たましい……タマシイ……?」
 彼女の様子は先程から明らかにおかしい。機械だから死ぬ事は無いかもしれないが、壊れる事はあるだろう。早く止めなくてはきっと不味い事になる。そう思いながらも何も出来無いアレックスの前で、ルフィナは囁き続ける。
 無情にも。
「そう、魂。解る?あのヤーコプ・グルムバッハが目指し、そして到達出来なかった魂。
 それを再現しようとしたから彼は挫折したの。
 それは唯一無二のもので、例えどれだけ似ていようと、同じものは決して無いという代物なの。」
 そこで彼女は突き離す様にノイラを椅子に座らせると、その周りを愉しそうに回りながら、更に囁いて行く。
「だからこそ、誰であれ何であれ、他の存在に成り代わる事は出来ない絶対に。そう絶対に……お解かり?」
「……は……ぃ「嗚呼、とっころでっ。」
 アレックスが知らない数多の者達に変身しながら、そう言い終えると、ルフィナは理解出来たどうかを、痙攣し続けるノイラに聞いた。その応えなど聞かず、彼女は次の話へと移ろうとする。
 不味いとアレックスは感じた。今からルフィナが言おうとしている事は、確実にノイラを破滅へと貶めるものである。そう、彼の魂がざわめき、示していた。だが、今は何も出来ない。共に事件を解決すると言い合ったあの少女を目前にして。このエルフもどきが邪魔してくれなければっ。
 だが、そんな彼の想いを裏切って、魔女は少女の前に回り込み、愉快で堪らないといった様子で語り始めた。
 義体人形ノイラ・D・エディソンが己に抱いている欠陥を。
「ねぇ貴女今はいって言ったわね?はいって。でも本当?本当にっ?」
「私は……。」
「貴女は、魂というものが一体全体何なのか、解っていると言えるのかしら?」
「私、は……。」
「ノイラ・D・エディソンが?人間を模倣して造られた貴女が?己の本当の体なんて一切無い、継ぎ接ぎだらけの体の貴女が?魂を理解していると、心を持っているとその陶器製の胸を張って言えるのかしら。そこの所どうなの?ねぇ?」
「わたし、は……。」
「自分は確たる個を持った存在だと、何者にも代え難き存在であるって。
 そう言えるかしら……ねぇどう?お人形さんっ。」
「わ、た、し、は……。」
「さぁ応えてノイラ、さぁ……さぁ、さぁ、さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁっ。」
 瞬間、ルフィナの姿が変わった。
 それは透き通った青い瞳に足首にまで達する銀色の髪をした――
「わた……わタ、し……?……は、あ、嗚呼ああ嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ。」
 刃の如き鋭さを持って放たれたルフィナ=ノイラの強要の言葉の果てにノイラは、耳を塞ぎたくなる様な凄まじい慟哭を上げると、そのままばたりと前のめりに倒れ込んだ。ふっと解放されたアレックスが助け起こそうと踏み出すより早く、ルイスがその操者の居ない操り人形の様に瞳を開いたまま崩れ落ちた彼女の体を抱きとめた。
 その中で、垂れ下がっている腕を呆然と見つるアレックスは、ふいにルフィナ=ノイラの胸倉へと掴み掛かる。
 ルイスも反応したが、間に合わなかった。
「一体これはどう言うつもりだっ。事と次第によっては今ここであんたをっ。」
 その言葉には尊敬しようとする態度など最早微塵も残っていなかった。
「やぁねぇ、そんな怒鳴らなくても、彼女は壊れちゃいないわよ。」
「何を馬鹿な……何?」
 本や道具を崩しながら、壁際に押し付けたアレックスは、何時の間にか元に戻っているルフィナの言葉に耳を疑った。彼女は、何も知らないのね、といった様子でくすくす笑いながら、
「この娘、時々物凄い無反応になった事があるでしょ?自己に引き篭もって、必死に考え込んでいるのよ。
 今の状態もそれと同じ。人工頭脳の計算が追いついていないの。
 まぁちょっと度を超えちゃったんだけど……触って見て?」
 ノイラのその銀色の髪に覆われた頭部を指差す。アレックスは疑わしそうにルフィナを見つめた後でそっと離すと、恐る恐るルイスに抱えられたノイラの額を触った。と同時に、直ぐにその手を離してこう叫んだ。
「熱いっ。」
「ね?そう言う事。だから安心しなさいな坊や。」
 ひらひらと手を翳して火傷を覚まそうとするアレックスに対し、ルフィナはけらけらと笑い声を上げる。
 それに合わせる様に、余程の熱なのだろう、焦げ臭い匂いと共にノイラの頭部から薄っすらと煙が吹き上がった。
「……本当に大丈夫なんだろうな。とてもじゃないが信じられないぞ。」
 眉間に皺を寄せながらそう訝しがるアレックスへ、ルフィナは応える。
「心配性ね。人工頭脳ってこう見えても丈夫なのよ。それに、熱が出ているって事は稼動している証拠、生きているって事よ。これが逆だとアウトね。冷めて静止した状態はつまり死んだって事に他ならないのだから。」
「……やけに詳しいんだな。」
「人形には逢ったわ、昔。アリスと言ったけど……彼女は元気かしらねぇ。」
 そう言って彼女は平然とノイラの額に手を乗せると、穏やかな微笑みを見せながらそっと髪の毛を撫で付けた。
 アレックスは、そんな彼女が心底恐ろしく。
 そして理解出来ないといった様子で見つめながらこう言った。
「……それで……あんた、結局何がしたかったんだ。」
「あら、ちゃんと説明したじゃない?言われたとおりにね。何かご不満?」
「だが……あんな風に言う事も無いと思うが。」
「無償でやってあげたのよ?だったら、愉しんだっていいじゃない。
 無垢な少女をからかったって、ね。」
 けらけらという笑い声と共に返って来た応えは想像通りのもので。
 彼は零れ出る溜息を抑える事が出来なかった。

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