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2008.07.16
インスタント・ノベル2
さて、今回も三十分で書いた三題噺を三つ程置いておく。発想力と執筆速度を同時に維持するのは大変だが、それを一緒にやらなくちゃいけないのが……幹部じゃないけど辛い所か。因みにお題は上から順に、『私』『終わり』『夕焼け』、『人柱』『カラス』『叫び声』、『シナプス』『二枚目』『危急存亡の秋』で。
・落日
朱色の光を世界に降り注いでいる太陽が、今にも沈もうとする様を、私は家の窓から見つめている。
この光を、私は何年、何十年見つめ続けてきた事だろうか。
もう記録もおぼろげな程の昔に、私はこの家に連れて来られた。
私が、私の親と呼ぶべき者が、そのまた親と呼ぶべき者が生まれるよりも遥か以前、まだこの国が大詠帝国と呼ばれていた頃、ある程度裕福な家庭であれば誰もが従えていたという家庭内女性労働者、所謂、女中(メイド)の代わりとして。
それ以来、私はずっと家事全般を己の仕事として、この家で暮らして来た。
ずっと。そう、ずっとだ。
今日この日に至るまでの長い間、私はずっとこの家の主人たる者に仕えて来た。
主人は、良い者もいたが、悪い者も……その判断基準は、多分に統計的なもので、本当にそうであるかは果たして今になっても解らないけれど……居た。男性であった事もあるし、女性であった事もある。長くその役割を負っていたが故に老人となった者も居たし、逆に、前当主が早死にした為、幼いまま当主の座に付いた者も居る。
千差万別に富んだ主人達だったけれど、誰もが共通する事があった。
それは、皆、私よりも早くにその終わりを迎えたという事だ。
人間である以上、彼等は遅かれ早かれ死ぬのである。
機械である私よりも、遥かに短い歳月を駆け抜けて。
その中で、私の人工頭脳に現れた変化を、そこに浮かび上がった計算式を、もし仮に感情と定義するならば、私はその事に酷く哀しんでいた、と言える。私に命令を下した者達、私に存在の理由を与えた者達は、須らく去って行くのだから。
だが、それも今日で終わりだ。
非生物、物、機械にだって、寿命はある。未来永劫に渡って存在出来るものなど、ありはしないのだ。
そして今、私は知っている。自らに残された寿命が、後あの太陽が沈み切るまでの時間しか無い事を。
だからこれが最後、と、私は脳裏に光景を記憶する。
その行為は、最早滅びる他無い私にとっては無意味なものであるかもしれない。
けれども、その無意味な行為を、私は長年行ってきたのだ。今更止める訳にも行くまい。
日々の仕事が終わり、残す所は夕飯と夜暇というだけの時、ずっと私は見てきたのだ、あの光を。
と、その時、私の肩に手が置かれる。
振り向けば、そこには、この家の現当主が居た。
まだ二十代も半ばの青年である彼は、私を見ながら涙を流している。主人は私の寿命を知っているのだ。
その様子を見ながら私が思ったのは、崩壊への悲哀では無く、有終の喜悦だった。
この家と共にあって幾人もの主達の成長を、その死を見て来た果てに。
こうして見取られながら……あえて言うならば……私は死ぬのだ。
それは、私の存在が、決して無為で無かった事の証明ではあるまいか。
だからこそ私は、嬉しい、と考えた。どうしようも無く、そう、嬉しかったのだ。
もう、今にも太陽は沈みかかろうとしている。ダカら、もう数十秒もなイだろウ、こノ生命も。
けれドモ私ハ笑っタ、……彼が泣ク変わりニ……涙流す代わり、に……。
そシて最後にこウ考えタ……言葉にしヨうとしたが、そレは無理で思うダけだが、こう、でアル。
今マでずっト、あリ、ガ、とう、ト…………………………………………………………………………………
・理性を超えて
理性では違うと解っていても、しかし感性で納得出来ないという事は間々あるものである。
例えば幽霊というのは脳の誤認であるし、怪物というのは恥ずべき無知から生まれる存在だが、それをおどろおどろしい由来のある場所に行ってまでそうと確信を持って言う事が出来るのは、余程豪の者か痴れ者位であろう。
だからこそ周囲の者達が、田畑の不作をこの界隈に伝わる怪鳥伝説と関連させて考えるのも、その為に人柱を立てる……より克明に言うならば、私という人間を十字状の木の杭に縛り上げ、害悪を齎す怪鳥を沈める生贄として、かの化け物が居ると言う山深い森の奥に打ち据えるというのも、解らない話では無い。現に、鳥獣の鳴き声一つしない闇の中に居ると、人々の間に災厄を齎すという人食い大鴉の存在を半ば信じてしまい、湧き上がる脂汗を止める事が出来ない位なのだから。どれだけ頭で解っていても、怖いものは怖いのである。
けれども、彼等は何も解っていない。
今は十九醒紀、科学と機械と理性の時代なのだ。そんな迷信、信じる方がどうかしている。
辺りの不気味な雰囲気に怯え、肌に張り付く着物の布地を不快に思いながらも、私はそう考え、笑っていた。
それにもう直ぐ、彼がやって来てくれる時間だ。
塔京で科学を勉強している幼馴染の彼は、私に色んな事を教えてくれた博識な彼は、私が不当な扱いを受けている事を手紙で伝えると、その事に甚だ遺憾の意を示し、今はこっそりと村に戻って私が人柱に立てられるこの日を待っているのだ。
手筈では、そろそろ彼が山に入り、私を助けてくれる事に成っている。
私は多少なりとも震えながら、安心して彼が来るのを待っていた。
その時、何処か遠くから葉が揺れる音と共に、おーい、という声が聞こえた。
来たっ、と私は確信し、今にも彼が目の前に現れる瞬間を望んだ。
その思いが天へと届いたのか、それから然程待つ事も無く、彼が姿を現した。何処か薄汚れているけれど、こんな奥深くに来たのだから当然だろう。寧ろ、そうまでして来てくれた事に涙さえ浮かびそうになる。
私は、満面の笑みを浮かべつつに、早くここから開放してくれる様に言った。
所が彼は、偉く真剣そうな顔をして、ぶんぶんと顔を横に振るでは無いか。
思いもしないその行為に、私が内心の驚きを隠す事無く示す。
と、その瞬間、背後から叫び声が上がった。
心臓が、締め付けられる様な思いがした。
何故ならその声は、その甲高く妙に間延びした声は、紛れも無くあの――
そうして私の、その上半身だけを鋭い衝撃が貫こうとするその瞬間、私は悟った。仮令理性の徒であれ屈服せずには居られない恐怖が、名状し難き何かが、この世界には未だ潜んでいるのだという事を。
だが彼女がそれを知った時にはもう全て手遅れであり。
後には、無念の表情を浮かべる青年と、少女の引き千切られた下半身だけが、取り残されていた。
・いと美しきもの
今可及的速やかに迫り来る危機に対処する為に一国の猶予とて無いから至極簡潔に自己を紹介して置く。
私は二枚目だ。
それ以上でもそれ以下でも無い。裏の意味なんて無いし、深さも無く、正に文字通りの二枚目だ。
と、言っている間にも、聊かの時が流れてしまった訳だが、それも仕方あるまい。
何故なら、私は二枚目だからだ。
この外見的のみならず、内面的美しさを持つ私を、記せば三文字、音ならば四文字の言葉一つで現せる訳が無い。それを無理に一言で表現使用したのだ、多少の時間的ロスを、そして前言の撤回を起こしても致し方あるまい。それすら許されるのが、また二枚目という存在だ。正しくそれは神が造りたもうた奇跡の一品であり、天使が妬み、悪魔となるまでになった人間の中でも、この私が最上級の存在であるのだと言っても過言では無いだろう。
だが、それが少しばかり面倒な事態に巻き込まれる原因となっているのもまた事実だ。
今私は、追っ手から逃れるべく物影に息を潜めて隠れている。
幸いにもまだ見つかっていないが、追跡の手は長く多く、このままじっとしていれば直に捕まってしまうだろう。
どうして私が追われているのか?そんな事はあえて言う必要も無いから省略していたが、この際だ、あえて言っておこう。因みに、先に断って置くと、聖ヴァレンティヌスの祝祭だとか何とか、そういったイベントでは断じて無い。今は秋も秋なのだ。この季節にある聖俗行事など、ハロウィン位だが、それで追われる訳もあるまい。
やはりこうして長くなってしまった事を謝ってから応えるとすると、例の如く、私が二枚目だから、である。
美というものに人々は憧れを抱くが、その逆の感情も持つ。逆、というよりも、より一層の発展というかもしれないが、それは妬みだ。先に天の御使いがそれを人類に向けたと言ったが、その事は人間の間とて変わらないのだ。
故に、醜き者達は、美の化身たる私を追い掛け、捉えんとしているのだ。こうして隠れている間、その、今もっ。
美が罪とは誰が言ったか知らないが、良くぞ言ったものだろう。
大挙して聞こえて来る無数の足音、そして荒い喋り声を思えば、事態がどれ程のものであるかは見て取れる。白い衣に身を包んだあのいけすかない連中を、一度は私を手中に収める事に成功したが、しかし結局は野望費えたあの連中が、必死になって私を探しているのだ。
全てはそう、私の為、私の所為であり、そして私を求めているのだ。
実にあの台詞通りであり、少々辟易する次第だが、それも二枚目たる者の宿命と思えば耐えられようか。
私の心は、今私が居る建物の裏にある、紅葉豊かな山程に広く雄大であるのだ。
だが、何時までもここには居られない。音も徐々に近付いてくる様だし、そろそろ離れなけ、
嗚呼何だ貴様達何をするっくこの醜き獣どもめ止めろ引っ張るな私に私に障るなっそんな汚らわしい手で触れて良い存在なのでは断じて無いのだぞ私待て何だそれはや止めるんだ向けるん刺すんじゃ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして力無く倒れた名状し難き存在がしっかりと拘束されて連れて行かれるのを白衣を着た男が見て言った。
「いやはや、アレが逃げ出した時はどうなる事かと思ったが、どうにかなるものだな。」
それを聞いていた別の白衣が、うむと鷹揚に頷きつつ、だが眉間に皺を寄せ、
「しかしアレも可愛そうだな。実験とは言え、あんな風に好き勝手弄繰り回されるとは。見ていて気の毒になる。」
最初の白衣はその言葉に、肩をすくめながらにこう応えるのだった。
「なぁに、元があんななんだぜ?せめて頭の中だけでも自分を美しいと思えるなら、儲けものじゃないかい。」
朱色の光を世界に降り注いでいる太陽が、今にも沈もうとする様を、私は家の窓から見つめている。
この光を、私は何年、何十年見つめ続けてきた事だろうか。
もう記録もおぼろげな程の昔に、私はこの家に連れて来られた。
私が、私の親と呼ぶべき者が、そのまた親と呼ぶべき者が生まれるよりも遥か以前、まだこの国が大詠帝国と呼ばれていた頃、ある程度裕福な家庭であれば誰もが従えていたという家庭内女性労働者、所謂、女中(メイド)の代わりとして。
それ以来、私はずっと家事全般を己の仕事として、この家で暮らして来た。
ずっと。そう、ずっとだ。
今日この日に至るまでの長い間、私はずっとこの家の主人たる者に仕えて来た。
主人は、良い者もいたが、悪い者も……その判断基準は、多分に統計的なもので、本当にそうであるかは果たして今になっても解らないけれど……居た。男性であった事もあるし、女性であった事もある。長くその役割を負っていたが故に老人となった者も居たし、逆に、前当主が早死にした為、幼いまま当主の座に付いた者も居る。
千差万別に富んだ主人達だったけれど、誰もが共通する事があった。
それは、皆、私よりも早くにその終わりを迎えたという事だ。
人間である以上、彼等は遅かれ早かれ死ぬのである。
機械である私よりも、遥かに短い歳月を駆け抜けて。
その中で、私の人工頭脳に現れた変化を、そこに浮かび上がった計算式を、もし仮に感情と定義するならば、私はその事に酷く哀しんでいた、と言える。私に命令を下した者達、私に存在の理由を与えた者達は、須らく去って行くのだから。
だが、それも今日で終わりだ。
非生物、物、機械にだって、寿命はある。未来永劫に渡って存在出来るものなど、ありはしないのだ。
そして今、私は知っている。自らに残された寿命が、後あの太陽が沈み切るまでの時間しか無い事を。
だからこれが最後、と、私は脳裏に光景を記憶する。
その行為は、最早滅びる他無い私にとっては無意味なものであるかもしれない。
けれども、その無意味な行為を、私は長年行ってきたのだ。今更止める訳にも行くまい。
日々の仕事が終わり、残す所は夕飯と夜暇というだけの時、ずっと私は見てきたのだ、あの光を。
と、その時、私の肩に手が置かれる。
振り向けば、そこには、この家の現当主が居た。
まだ二十代も半ばの青年である彼は、私を見ながら涙を流している。主人は私の寿命を知っているのだ。
その様子を見ながら私が思ったのは、崩壊への悲哀では無く、有終の喜悦だった。
この家と共にあって幾人もの主達の成長を、その死を見て来た果てに。
こうして見取られながら……あえて言うならば……私は死ぬのだ。
それは、私の存在が、決して無為で無かった事の証明ではあるまいか。
だからこそ私は、嬉しい、と考えた。どうしようも無く、そう、嬉しかったのだ。
もう、今にも太陽は沈みかかろうとしている。ダカら、もう数十秒もなイだろウ、こノ生命も。
けれドモ私ハ笑っタ、……彼が泣ク変わりニ……涙流す代わり、に……。
そシて最後にこウ考えタ……言葉にしヨうとしたが、そレは無理で思うダけだが、こう、でアル。
今マでずっト、あリ、ガ、とう、ト…………………………………………………………………………………
・理性を超えて
理性では違うと解っていても、しかし感性で納得出来ないという事は間々あるものである。
例えば幽霊というのは脳の誤認であるし、怪物というのは恥ずべき無知から生まれる存在だが、それをおどろおどろしい由来のある場所に行ってまでそうと確信を持って言う事が出来るのは、余程豪の者か痴れ者位であろう。
だからこそ周囲の者達が、田畑の不作をこの界隈に伝わる怪鳥伝説と関連させて考えるのも、その為に人柱を立てる……より克明に言うならば、私という人間を十字状の木の杭に縛り上げ、害悪を齎す怪鳥を沈める生贄として、かの化け物が居ると言う山深い森の奥に打ち据えるというのも、解らない話では無い。現に、鳥獣の鳴き声一つしない闇の中に居ると、人々の間に災厄を齎すという人食い大鴉の存在を半ば信じてしまい、湧き上がる脂汗を止める事が出来ない位なのだから。どれだけ頭で解っていても、怖いものは怖いのである。
けれども、彼等は何も解っていない。
今は十九醒紀、科学と機械と理性の時代なのだ。そんな迷信、信じる方がどうかしている。
辺りの不気味な雰囲気に怯え、肌に張り付く着物の布地を不快に思いながらも、私はそう考え、笑っていた。
それにもう直ぐ、彼がやって来てくれる時間だ。
塔京で科学を勉強している幼馴染の彼は、私に色んな事を教えてくれた博識な彼は、私が不当な扱いを受けている事を手紙で伝えると、その事に甚だ遺憾の意を示し、今はこっそりと村に戻って私が人柱に立てられるこの日を待っているのだ。
手筈では、そろそろ彼が山に入り、私を助けてくれる事に成っている。
私は多少なりとも震えながら、安心して彼が来るのを待っていた。
その時、何処か遠くから葉が揺れる音と共に、おーい、という声が聞こえた。
来たっ、と私は確信し、今にも彼が目の前に現れる瞬間を望んだ。
その思いが天へと届いたのか、それから然程待つ事も無く、彼が姿を現した。何処か薄汚れているけれど、こんな奥深くに来たのだから当然だろう。寧ろ、そうまでして来てくれた事に涙さえ浮かびそうになる。
私は、満面の笑みを浮かべつつに、早くここから開放してくれる様に言った。
所が彼は、偉く真剣そうな顔をして、ぶんぶんと顔を横に振るでは無いか。
思いもしないその行為に、私が内心の驚きを隠す事無く示す。
と、その瞬間、背後から叫び声が上がった。
心臓が、締め付けられる様な思いがした。
何故ならその声は、その甲高く妙に間延びした声は、紛れも無くあの――
そうして私の、その上半身だけを鋭い衝撃が貫こうとするその瞬間、私は悟った。仮令理性の徒であれ屈服せずには居られない恐怖が、名状し難き何かが、この世界には未だ潜んでいるのだという事を。
だが彼女がそれを知った時にはもう全て手遅れであり。
後には、無念の表情を浮かべる青年と、少女の引き千切られた下半身だけが、取り残されていた。
・いと美しきもの
今可及的速やかに迫り来る危機に対処する為に一国の猶予とて無いから至極簡潔に自己を紹介して置く。
私は二枚目だ。
それ以上でもそれ以下でも無い。裏の意味なんて無いし、深さも無く、正に文字通りの二枚目だ。
と、言っている間にも、聊かの時が流れてしまった訳だが、それも仕方あるまい。
何故なら、私は二枚目だからだ。
この外見的のみならず、内面的美しさを持つ私を、記せば三文字、音ならば四文字の言葉一つで現せる訳が無い。それを無理に一言で表現使用したのだ、多少の時間的ロスを、そして前言の撤回を起こしても致し方あるまい。それすら許されるのが、また二枚目という存在だ。正しくそれは神が造りたもうた奇跡の一品であり、天使が妬み、悪魔となるまでになった人間の中でも、この私が最上級の存在であるのだと言っても過言では無いだろう。
だが、それが少しばかり面倒な事態に巻き込まれる原因となっているのもまた事実だ。
今私は、追っ手から逃れるべく物影に息を潜めて隠れている。
幸いにもまだ見つかっていないが、追跡の手は長く多く、このままじっとしていれば直に捕まってしまうだろう。
どうして私が追われているのか?そんな事はあえて言う必要も無いから省略していたが、この際だ、あえて言っておこう。因みに、先に断って置くと、聖ヴァレンティヌスの祝祭だとか何とか、そういったイベントでは断じて無い。今は秋も秋なのだ。この季節にある聖俗行事など、ハロウィン位だが、それで追われる訳もあるまい。
やはりこうして長くなってしまった事を謝ってから応えるとすると、例の如く、私が二枚目だから、である。
美というものに人々は憧れを抱くが、その逆の感情も持つ。逆、というよりも、より一層の発展というかもしれないが、それは妬みだ。先に天の御使いがそれを人類に向けたと言ったが、その事は人間の間とて変わらないのだ。
故に、醜き者達は、美の化身たる私を追い掛け、捉えんとしているのだ。こうして隠れている間、その、今もっ。
美が罪とは誰が言ったか知らないが、良くぞ言ったものだろう。
大挙して聞こえて来る無数の足音、そして荒い喋り声を思えば、事態がどれ程のものであるかは見て取れる。白い衣に身を包んだあのいけすかない連中を、一度は私を手中に収める事に成功したが、しかし結局は野望費えたあの連中が、必死になって私を探しているのだ。
全てはそう、私の為、私の所為であり、そして私を求めているのだ。
実にあの台詞通りであり、少々辟易する次第だが、それも二枚目たる者の宿命と思えば耐えられようか。
私の心は、今私が居る建物の裏にある、紅葉豊かな山程に広く雄大であるのだ。
だが、何時までもここには居られない。音も徐々に近付いてくる様だし、そろそろ離れなけ、
嗚呼何だ貴様達何をするっくこの醜き獣どもめ止めろ引っ張るな私に私に障るなっそんな汚らわしい手で触れて良い存在なのでは断じて無いのだぞ私待て何だそれはや止めるんだ向けるん刺すんじゃ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして力無く倒れた名状し難き存在がしっかりと拘束されて連れて行かれるのを白衣を着た男が見て言った。
「いやはや、アレが逃げ出した時はどうなる事かと思ったが、どうにかなるものだな。」
それを聞いていた別の白衣が、うむと鷹揚に頷きつつ、だが眉間に皺を寄せ、
「しかしアレも可愛そうだな。実験とは言え、あんな風に好き勝手弄繰り回されるとは。見ていて気の毒になる。」
最初の白衣はその言葉に、肩をすくめながらにこう応えるのだった。
「なぁに、元があんななんだぜ?せめて頭の中だけでも自分を美しいと思えるなら、儲けものじゃないかい。」
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