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掠鳥女(ハルピュイア)
 ここで一つ、余り笑えぬ話をするとしよう。。

 その少女を見たのは何時か何処だったか、詳しくは忘れてしまったけれど、兎にも角にも雨の日の、ろくに管理されていない廃公園での事だった。
 気紛れで始めた散歩の最中、偶然彼女の姿を見た私は、何事かと立ち止まって、その少女を見つめた。彼女は傘も指さずに雫へと身を委ね、西部が伝説に聞く大鴉(ネバーモア)の如く……その妻たる自動人形の方であったかもしれないが、まぁどちらでも良かろう……長く伸びた黒髪を振り乱し、喪服じみた黒いワンピースを細い体に張り付かせるがまま、一心不乱に何か歌っていた。雨音に掻き消されて詩は判別出来無いけれど、何処か聞き覚えのある陰鬱にして激しい旋律に乗って放たれる美しい声が印象的だった。或いは絵画的と言ってもいい。その音には、荒涼とした地を想起させる感情が篭っていたからだ。
 気になった私は、暫くの間黙って道端から少女の歌声を聞いていたのだけれど、先に彼女の方が私に気付いた。最早半狂乱で叫んでいたのを唐突に止め、唇を閉ざすと、少女は私の方へ髪や服と同じ色合いの瞳を向けた。どうやら余り視力は良くないらしく、その視線は移ろい、一点に定まらない。
 こちらから近付く事にした私は、やぁいい歌だったねと挨拶しつつ歩み寄り、そっと傘を差し出した。特に抵抗する節も無く中へと収まると、彼女はありがとうと応え、微笑みを浮かべた。間近で見ると、少女というには少々無理のある年齢だった。それにその笑み、憔悴しながらも歓喜を含んだその笑みは、とても子供に出来る代物でない。余程の人生を送って来た女の顔だ。
  実に興味深く、私は彼女を茶に誘った。そうして、快く受け入れられたのを機に歩きながら、何の為にあそこで歌っていたのかと問うて見た。
 女は、歌っては悪いのかしら、と冗談めかして言った後に、
「ちょっと嫌な事があってね……ストレス発散してたの。大きな声を出すのは良い事だわ、特に私の様な存在だと……貴方なら解るんじゃないかしら。」
 そっとしなだれ込み、その肩と僅かに背を私に押し付けた。そこで私は始めて彼女の服の下に翼がある事を、加えて先の台詞から、この女が掠鳥女である事を知った。こうして逢うのは初めてだったけれど、彼女達の種は、精神的に傷付くと、それを消化するべく、声を上げるのだと聞いた事があったのだ。そこで、ならばベッドの上ではどうか、などと考えてしまうのが私の悪い癖であるけれども、しかし致し方無い事ではあろう。掠鳥女の性(サガ)が鳴き歌う事である様に、性的快楽を自他共に求める事こそが私の性であるのだ。
 そうして茶の誘いは、案の定、夜の誘いへと変わった。夜の雨がしとどに降る中で、私達は交わり合った。服の上から見た様に、無駄な贅肉の無い体をしゃぶりながら、生物的には無意味でしかない翼を優しく愛撫し、予想した通りに甘美な歌声が上がるのを、夜が耽るまで愉しませて貰った。
 ただ、その次の朝には参ってしまった。朝食を食べに行ったファミリーレストランにて、彼女は実に際限の無い旺盛な食欲を見せたのである。心的外傷に弱いと言われる掠鳥女が、その解消法として声を出す以外に、ものを食べる事によって行うのだと思い出した時には、既に相応な量のハンバーグやらポテトフライが、女の胃袋の中に納まっていた後だった。
 まぁしかし、私は心痛まなかった(勿論懐は痛んだけれど)。どうせ一夜限りの情事、その駄賃だと思えば構うまい。そう考えていたのだ。
 けれども、事はそれで終わりではなかったのである。
 ファミレスで食事し、別れてから結構な月日が経ったある雨の日、どうやって突き止めたのか、彼女が私の元を訪れたのである。以前と変わらぬ黒いワンピースの下で、翼以外にもう一つ、大きな腹を膨らませて、だ。
「今日は、貴方。あの、雨の日以来ね。」
 掠鳥女は初めて近寄った時の様に、幸福と不幸を重ね合わせた様な絶妙な笑顔で、塒の前に立っていた。私は何と無く嫌な予感をさせつつも、中へと入れた。似た様な事ならば幾度も経験してきた事があるからだ。そうしてこの手の予感というのは、往々にして当たるというものだ、マーフィ的に。
「うん……見ての通り出来ちゃったの。ねぇ責任、取ってくれるわよね。」
 黒い眼を伏し目がちにさせ、腹を摩り摩り言う掠鳥女に溜息を付きながら、私は当然の様にこう応えた。かつての様に、即ちノー、とだ。何を勘違いしたのか知らないが、私の本質はろくで無しである。淫乱魔(サキュバス)の様に即物的で、吸血鬼(ヴァンパイア)の如く退廃的なのだ。しかもそれを自覚した上で治そうとすらしていない。性と言って本能に任せているだけだ。だから責任を取れと言われても困ってしまう。成る程、産むなり降ろすなりの費用ならば出してやろう。だが、それ以上を望まれても、私には応えられない。もし応えてしまえば、応えなかった者達に申し訳が立たぬというのもあるけれど。
 その旨を私はなるべく柔らかく、感情に触れぬ様に言った。無論、あくまで自分を基準として、だが。けれどもそれを聞くなり、掠鳥女の顔は見る間に変貌した。眼を見開き、わなわなと肩を震わせ、そして耳をつんざく様な金切り声でこう叫んだのである。
「貴方もやっぱり変わらないのねっ。」
 そうして彼女は外へと駆け出して行ってしまった。もうそこまで予想していた私は、咄嗟に耳を塞いだまま、その後ろ姿を見送っていた。変わらないも何も、私はずっと前から私でしか無いのだが、と、そう思いながら。
 ここで終わるならば、よくある話止まりだろう。が、続きはまだある。
 彼女が立ち去ってから数日後、私の元に一通の郵便物が送られて来た。生物と表記されたそれを開けると、一枚のメモと共に、更に包装された箱が入っていた。『お早めに召し上がってください』と記載されたメモを読みつつ、箱を開くと、現れたのは駝鳥のものと同じサイズをした白濁色の卵で、上の部分が砕けて、中身が見えた。そっと覗き込むと、殻に包まれて入っていたのは奇妙な形の胎児であった。熱を加えられた為か硬く変色した肌に、未発達な翼を背より生やし、かろうじて人の形をした体を曲げながら、決して覚める事の無い夢を見続けている。
 その顔立ち、金色の髪質は、実に私の特徴を捉えたものであった。

 二人が入るには少々狭い浴場の中、気紛れのままに私がそう人魚の少女へと聞かせると、彼女は何処か嬉しそうに甲高い悲鳴を上げた。そして幾ら憎いからって私だったら自分の子供をそんな風にはしないわと笑って言った。
 私もまた微笑みを持って応えた。が、内心では解らんぞ、とも考えていた。どうにも歌声が絡む種は、性格的にヒステリックな傾向がある様だから、これを聞いた事でもしかしたらやるかもしれない。
 同時に、この人魚のそれだったならば丼飯に合うだろうかと、塩味が程良く効いたあの茹で嬰児(バロット)の味と感触を舌の上に反芻させながらに私は思った。
 実にろくでもない事だけれど、実際ろくでも無いのだから仕方あるまい。
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