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 まず始めに言っておくと、自分はロボットとかAIが好きだ。それが行動的不気味な谷効果であるのは解っているし、人の為に造られているのだから人に気に入られて当たり前(ある種のキャラクタ性に通ずる所があるが、多分もっと捻れている)というのも良く解っているのだけれど、それでも好きなのだから仕方が無い。

 と、前振りを振った所で、WALL・E/ウォーリーを見たのだけれど、実に面白かった。偏った見方をしているのは上に記した通りなので他の人がどう思うかは解らないが、それでも個人的には愉しむ事が出来た作品である。

 まずロボット達、キャラクターの動きが可愛い。可愛いというか凄い。動作と映像だけで感情や情緒を表現する手法は、長年培われて来た蓄積によるものであって、この辺り、日本はちょっと負けている。ピクサー系だとミスターインクレディブルとか、アイアンジャイアントを見た時も思ったが、本当はこういうものこそ日本がやるべきなのだろう。

 で、話としても九十分の中で飽きさせず、上手く纏めていたと思うし、テーマ的な部分でも共感するものを得た。

 七百年間の間に(恐らくゴミ処理に置けるゴミの選択的分別が発展して)自意識を獲得し、慶びや哀しみを見出す様になり、愛を理解して他者への好奇心を芽生えさせたウォーリー。対する人類は箱庭的宇宙船アクシオムの中で全てをロボットに任せ、その歴史も目的も思考も苦悩も忘れ去って、ただ独り在るがまま、快楽のままに生きている。アクシオムのロボット達も、機能的に動き続けるのみであって、人を個人として見てはいない。

 この両者の果たしてどちらがより人間らしいか、と言えば勿論迷う所であり、アクシオムの生活だって決して悪いものでは無く、この意見もやはり偏見の篭った、保守的なものには違いないのだが、少なくとも自分は、ウォーリーの様な者をこそ本当の人間だと思う。

 敬愛するゲーテもこう言っているでは無いか。『人間は努力する限り迷うものだ』と。或いは『人間は、生来のものであるばかりでなく、獲得されたものでもある。』『人間のあやまちこそ人間をほんとうに愛すべきものにする。』とも。

 この映画は迷いながらも他者への興味、真の人間性を持ち続けたウォーリーの行動が、具体的な意味でそれを持っていなかったイヴや、長い時の中でそれを忘れ去っていた人類に取り戻させるという話であり、仮にも文学を学び、小説を書いて『人間らしさ』を探している身にとっては、なかなか感慨深い作品だった。まぁ基本的には娯楽作であり、深く考える事も無く見ればいいのだろうけれど、そういう見方も出来るという事で一つお勧めとして。
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