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 爆笑した。そんな映画では無いし、普通に傑作だったのだけれど、爆笑させて貰った。

 映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は、石油屋ダニエル・プレインビュー の物語である。

 このダニエル・プレインビュー という男が、素晴らしい。

 主人公である彼は、実に傲慢不遜な男だ。

 強欲であり偏屈であり、はっきり言って余り友達には成りたくない人物である。

 しかし彼は、この映画に登場する誰よりも真っ直ぐで、自分に素直な男だ。

 そこには一切の妥協が無く、また甘えも無い。只管に自身のみを頼りに、難問へぶつかって行く。例え何があろうと、何が待ち受けようとも。There Will Be Blood=血は必ず流れる。彼の流す血は真っ黒で、体の隅々にまで垂れているが、しかしその色は本当の黒であり、混じり気無く、純粋に美しい。

 それと比べて、他の連中の何と汚れた事か。土地の代わりに信仰を強要する信者。兄弟の愛を説きながら、本物の弟では無かった男。父親と道を分かつと宣言するも、結局は父親と同じ道を進もうとする息子(嘘か真か、彼もまた本当の息子では無かった様だが)。誰もダニエルの力強さには及ばない。

 その極め付けが、宗教家イーライ・サンデーであり、この映画のもう一人の主役と言っても過言ではないのだが、実に滑稽極まりない人物である。神の愛を説き、確かに(狂信的ではあるものの)それを中心に振舞ってはいるが、しかし実際は雑多な地上の出来事に翻弄され、ダニエル個人への意趣返しにまで及んでいる。その一挙一動が、いや、彼の存在そのものが最早喜劇であり、個人的に彼の登場シーンがこの映画の笑い所である。そのラストには、心の底から「ざまぁwww」と言わずには居られなかった。

 まぁそれでも彼の気持ちも解らないでは無い。あれが信仰心とは毛ほども認めないし、どう見ても狂信者だと思うのだが、何かにすがりたい、助けを乞いたいという気持ちは良く理解出来る。

 だが哀しいか、イーライが(或いは他の者達も)すがる神の愛はもう古きものと言わざるを得ず、地上からは去って行ってしまったものだ。彼自身が無理と証明している。もうあの様な主張は、道化としか映らず、皆、誰も彼も、正に血を流すしか無い。結局の所、ダニエルもイーライも代わらないのだ。それが白か黒かというだけで。そして、流れる血に対して、どういう風に考えているのかという点において。

 血は流れ続けるだろう、どうしようもなく。

 ならば何処までも流し続け、流し続け、己の力で幸福を勝ち取るより他ならないでは無いか。

 この映画は、そう訴えている様に見えた。ダニエルが既に妻を失くしており、映画の中でも男性ばかりが目に付いて、女性らしい女性が姿を見せないのを象徴に、現代に通ずる問題として。

 なかなか凄い映画だった。笑いもしたけれど、うん、確かに凄かった。
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