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 自分としては結構満足の行く物が出来たのだが、如何なものか。一般受けはしない、と言われたけれど、何、そんな事は今に始まったものでも無いじゃないか……何処に文句をつけるつもりなのかね?
 一つの助言と一つの概念、そして諸々の特許技術と紆余曲折を経て世に解き放たれた怠魔変霊駆動器(ベルフェゴールトランスファー)が、その胡散臭い名前と相俟り物議を醸し出したにも関わらず、最終的に両手を挙げて受け入れられる事となったのは、皮肉でも何でも無い。それはその奇妙な機械が、人類の抱えている苦悩から彼等を抜け出させる、一つの救いと成り得たからである。
 彼等の抱えている苦悩とは――一見すると精巧極まりなく感じられる人類もまた結局の所、肉と骨と皮とその他諸々によって形作られた薄汚い繁殖機械なのだという事実であり、だがその精巧さ故に事実を事実として決して認める事が出来ない、専用の作業機械に任せた方が余程良い成果を残せるのに仕事を譲渡出来ない意固地な欠陥機械こそが人類なのだという事実であり、その為によって繰り返し繰り返し、事を成し遂げようと努力と誠実と個性という名の作業に挑んでは、先人が幾度も幾度も試みた失敗を延々と積み重ね、溢れ出た真実の海に呑まれて溺死しかねている――そんな具合の代物だった。
 何と鬱陶しい彷徨か。
 全ては頭の中に転がっている、ぐずぐずに腐り切った林檎の所為とは言え、こんな調子では神だって救ってやり様が無い――あな懐かしき二十世紀初頭、彼が迫真の演技で死んだふりをしたのも、已むを得ぬ事であったと言えよう。誰だってきっとそうしている。
 だから人類がその救済を悪魔の力に、自分達を窮地に貶めている叡智そのものに求めたのもまた已むを得ぬ事だったのである。誰だってきっとそうしている。
 何処に文句をつけるつもりなのかね?
 現に変霊駆動器(トランスファー)を使用した人類の、安らかな寝顔を見てやると良い。
 そうすればそこに至る過程等、どうでも良くなってしまうだろう。結果こそが全てなのだ――正にその機械が受け入れられた理由がそれであるし、また地球(スフィア)を大いに振動(シェイク)させた、とある偉大な作家だってこんな言葉を残している。
 つまり――終わりよければ全てよし、という奴である。
 けだし名言では無かろうか――真理と呼んだって構うまい。
 何処に文句をつけるつもりなのかね?

 人類の救済を成し遂げた怠魔変霊駆動器について。
 一見すると真鍮製の灰皿にしか見えないこの機械の挙動は大変複雑なもので、その詳細を述べる事はまず不可能と言って良い――変霊駆動器を用いぬ者に取っては尚更の事にだ。
 だがしかし、誰しもが解る様、端的にその機能を述べる事は出来る。
 それは人類の抱えている苦悩への逆説的な解答だった――その大元が欠陥機械という事に起因するならば、そもそも欠陥機械で無くてしまえば良いのであり、どういう事かと言えば、人類を専用の作業機械にしてしまえというのである――最初の人類、即ち蛇にそそのかされる前のアダムとイブがそうであった様な、純真無垢なる作業機械に。
 そんな事が出来るのかと言えば、これがまた出来てしまったのだ。
 算譜機械(コンピュータ)と自動人形(オートマタ)、翻って、人工知能と義体化の技術がそれを可能としたのである。
 技術万歳(アーメン)、機械万歳(アーメン)、悪魔閣下万々歳(アーメン・ハレルヤ)!
 だが具体的にはどうやって?
 宜しい。林檎果汁を振り絞って、端的に述べて行って見よう。
 それは最初に個々の作業機械――教師とか貴族とか警官とか医者とか亭主とか軍人とか作家とか学者とか大臣とか娼婦とか詩人とか職工とか乞食とか、とかとかとかとか――にとって理想的、模範的な人造の魂、疑似人格を算譜(プログラミング)する所から始められた――人類が、彼等の頭蓋の内側にしか詰まっていないと愚かしくも錯覚している、だが実際には光あれ宣言(ビッグバン)から指数的に増え続け、今では宇宙全体に渡って気味の悪い程散乱し、脚の踏み場も無くなってしまっている水飴もどきを一からこねこねして生み出そうとは、何とも無駄な事と呆れてしまう。が、だからこそなのだと思い返せば、微笑みたくもなるだろう。
 人類よ、全く以て憂い奴等めが。
 さて、そうやって階差的に産み出された二十一グラムの水飴もどきは、純銀製の薄く細い板状の記録媒体へ、それぞれの銘と仔細に飛んだ法的な注意事項(一例:これは食べ物では無く、お尻の穴に入れる物でもありません)と共にどろり刻まれ、封が施される。
 その媒体を入れ、温め直し、肉と骨と皮とその他諸々によって形作られた薄汚い繁殖機械=人体の中枢装置、頭蓋の内側に詰まった脳味噌に魂を注ぐのが、変霊駆動器の本体だ。
 先に言った真鍮製の灰皿とは、こいつの事である。
 ちょっと長い待ち時間になってしまい、申し訳無い限りだ。
 ともあれお待ちかねの本体は、人類の聴覚装置、耳の片方へと嵌められる。
 丸と三角と棒の単純な組み合わせが輪郭を示す、六芒星の胴に一対の角を持った紫色の人型の公衆便所風の情報表示記号(ピクトサイン)を中央に、その周縁部を仔細に飛んだ法的な注意事項(一例:これは以下略)で埋めた正面とは打って変わってツルツルピカピカである裏面を向けて、中心から伸びる純銀製の端子尖塔の穂先を、ずぷり耳穴へ挿し込むのだ。
 その為に鼓膜周りを相当弄っているが、余り気持ちの良いものとは言い難い。
 本体側面のスイッチやら目盛やらに計られながらも、接合部から粘着質の奔流となってどろり溢れ出て来るものの事を思えば益々だが――人類は、全く以て憂い奴等なのだから仕方も無いし、それに、これにて変霊駆動器の稼働は無事完了である。
 求めた為に与えられたっ(コングラッチュレーション)!
 時間という曖昧な尺度で数え上げる事一秒足らずで、変霊駆動器を用いた者は全くの別人に――欠陥機械から作業機械へと変貌を遂げる。脳味噌の皺という皺にねっとりとへばり着いた手製の霊液は、面倒な手順をぐじゅぐじゅと通って来た分、なかなかどうして、自前のものよりも上等ではあり、彼の人体を遥かに、隅々までしっかりと有効活用してくれる事だろう――教師とか貴族とか警官とか医者とか亭主とか軍人とか作家とか学者とか大臣とか娼婦とか詩人とか職工とか乞食とか、とかとかとかとかの専用の作業機械として。
 その上、何よりも素晴らしいのは、変霊駆動器を外せば直ぐに元通り、使用者は使用前者へと戻るのだ――綺麗さっぱり抜け落ちた、装着している間の記憶、尊重せずには居られぬ精神には微塵の影響も無い、純粋に肉体的な心地良い疲労、そうして事を成し遂げたのだという満足と、存在するのならば、事を成し遂げたその成果をたっぷり手に残して。
 求めた為に与えられたっ(コングラッチュレーション)!
 もう欠陥機械と思い煩う必要は無いっ。
 何処に文句をつけるつもりなのかね?

 楽園名産の林檎ジュースの味は如何だったろうか。
 この様な感じで、大いに持て囃された怠魔変霊駆動器は世界中へと広まっていった。それこそ革命的な、余りに革命的な具合に――その速度と規模たるや梅毒を楽に超える塩梅で、意外と純真なあのペルシャ出身の肉欲主義者も形無しという所だろうか。
 尤も、親愛なる友の為に弁護してやる事も出来無くは無い――欠陥機械が欠陥機械を、正確にはその接続口を欲した所で、得られるものは一時の快楽と、引き伸ばされた悔恨のみなのだ。これでは人類が愛、性欲を含んだありとあらゆる愛から目を背けたのも、頷けるというものである――結婚生活と称されるものが常に破局を孕んでいるのがその良い証拠であり、また証明でもあろう。事例ならば、幾らでも挙げてやるさ。
 何処まで行っても、子孫繁栄(バージョンアップ)を経たとしても、欠陥が埋まる訳が無い。
 抜本的で、根本的な解決が得られぬ限りは、だ。
 けれどそれを断固として否定する者は、変霊駆動器蔓延の後でも尚結構残っていた。
 結構、と言っても、世界総人口百億の中のほんの一握りに過ぎなかったが。
 彼等は言う――悪魔の為にその体を売り渡してはならない。その魂を蔑ろにしてはならない。これは進歩でも無ければ救済でも何でも無い、ただの堕落であり、我々は怠惰の罪に陥っている。人間は、仮令どれだけ自分達が無意味で無価値であったとしても、自らの手と脚と頭を使って一歩一歩、確かに進んで行くべきなのだ。そうすれば何時かきっと、最後には、神は我々を救い上げ、きっと天国へと導いてくれる筈だ――云々。
 神が類稀な俳優であった事は、この際もう置いておくとして。
 それら否定機械は、同胞機械に対してどれだけの影響を与えたのか?
 その答えは零。
 見紛う事無き皆無である。
 子供にだって解ける簡単な計算式だが――彼等は自らの口で認めてしまっている、自分達は無意味で無価値だ、と。そんな無意味で無価値な者達の言葉など、誰がどうして耳を傾けられよう? それに実際、同情と憐憫から意識を向けたとしても、欠陥を認められない欠陥機械止まりである彼等の行動もまた欠陥だらけなのだから、折角の親切も踏み躙られ、不快な気分にさせられるのが関の山だ。寧ろ同じ人体機械を操るにしても、魂が違うだけでこうまで変わってくるのかと変霊駆動器の性能にほとほと感心する事だろう。
 否定機械に対する同胞機械の反応は、何と悲劇的で喜劇的な事か。
 それでも表面的な態度は穏やかなものだ――道端で甲高くも喧しく騒ぎ立てているそれらを尻目に、多くの者達は一体の市民機械となって、その側を通り過ぎて行く。無意味で無価値な者達の戯言などに患っている暇は無い、自分達には成すべき事があるのだと。
 かくして世は並べて事も無く、地球は華麗に虚空を廻る。
 ルーブル美術館の夜警仲間達も、鼻高々に違いない。
 何処に文句をつけるつもりなのかね?

 と、ここまで語った所で、実は一つ訂正せねばならない事がある。
 怠魔変霊駆動器が人類の救済を成し遂げたと言ったが、これは少々事実と異なる。
 正確に言えば、これを用いたある人間と、彼の行為が、人類の救済を成し遂げたのだ。
 その人物の名前はエリオット・クリストフ・オフレ・ド・ラ・メトリ。
 革命の以前から脈々と続くメトリ富豪機械の末裔であり、その現当主であり、変霊駆動器が広まってからは益々以て富豪機械となり、やがて稀代の変人機械となった男である。
 最後の部分についての詳細――彼はある時、それまで彼の親の、親の親の、親の親の親達が代々行って来た金儲け作業を不意に辞めた。そして、これまでのメトリ家の歴史は、全てこの為のみにあったのだと、一切の所有を望まぬ喜捨を始めたのである。
 歴史はエリオットに何があったのかを、何一つ語ってくれない。
 ただ確かに言えるのは、大衆機械を大いに驚かせ、呆れさせた行き成りのこの転換に、彼等をもっと驚愕させるちょっとした秘訣があったという事である――彼は、その為の変霊駆動器を、記録媒体を造らせていた――理想的な、模範的な善人機械となる為のだ。
 人類の多くはエリオットを嘲り笑った――何もそんな事をせずとも、善行なんて行える。彼は法外なまでの金持ちなのだから、金の力で全てはどうにでもなるじゃないか、と。
 けれど強欲魔(マモン)の亡者、世界総人口百億の中のほんの一握りしかいない、本当の富豪機械と、他ならぬエリオット自身が良く知っていた――本当の金持ちは、金で全てを行えるのだとしても、購買行為そのものに、気の狂う様な制約を感じるのだ、と。
 金の本当の価値を知るが故の、金自体からの誘惑。
 それを振り払い、善行に励むには、抜本的で、根本的な解決が不可欠だったのである。
 と、この様にして、彼の没落は始まった。
 湯水の如く扱われる金は、あっという間に底を見せた――あらゆる人間の、あらゆる事の為、あらゆる価格で、あらゆるものが買われたのであれば、あらゆる意味で当然だろう。
 善行とはかくも奇形なものであるのか。
 大衆機械の嘲笑は高まった――同胞たる本当の富豪機械達の苦笑と共に。
 それはエリオットが無関心な市民機械達に囲まれつつ、笑いながら路上で野たれ死んだ時にも上がり、一部の者達の善意による無償葬儀の後もまた暫くの間上がり続けた。
 残酷な事には違いないが、人類なんて所詮はそんなものだ。
 変霊駆動器だって、スイッチを切ってしまえばそれまでなのである。
 何処に文句をつけるつもりなのかね?

 しかしながら、ここで話が終わってしまえば、文句の一つも出て来よう。
 エリオット・クリストフ・オフレ・ド・ラ・メトリはまだ人類の救済を成し遂げてはいない――その為には数年と数カ月と数日と数時間の歳月を経る事となった。
 そして間接的に事態へと関わったのは、ある優秀な学者機械によって証明された天国の存在と、その天国と交信する事に成功した算譜術式(プログラム)の開発であり、どういう事かと言えば、算譜機械の画面(モニタ)越しに現れた天国の住人こそ、他ならぬエリオットだったのである。
 世紀の発明と喜び勇んで集まった衆愚機械達は、その姿に度肝を抜かされた。
 だが、本当に度肝を抜かしたのは、やはり彼自体で無くその行動にあった。
 見るも朗らかに嬉しそうな調子で、エリオットはこう話し始める――やぁ、地上の皆、こんにちは、元気にしているかな? こちらは皮肉でも何でも無い天国。僕はここで神の忠実なる幸福機械として優雅に過ごしているよ。驚いたかな? 僕も驚いた。最初は何故こんな所に居るのか解らなくて、どうしてだい、と天使達に聞いたら、僕の地上での行いが正当に評価された結果なんだそうな。これ程までの善行を積んだ人間は他に見た事が無いってさ。でも僕は悪魔の機械を使いました、と正直に話したら、彼等は言うんだ。機械を使わぬ存在が、機械で無い存在が居るのかね。我々だって神の忠実なる信仰機械であるのだ、忠実なる逆理機械である悪魔の力を今更使った所で何も変わりはしないさ、って、これにはやられたね。ともあれ、天使達が上手く閃きの種を送ってくれて、映像感度は良好見たいだから、言いたい事を遠慮無く言わせて貰うよ。君達、善き事を行いたまえ。そうすれば永劫の幸福を手に入れる事が出来る。何、その方法は簡単だ。それは――
 誰も最後まで聞いていなかった。
 求めた為に与えられたっ(コングラッチュレーション)!
 自らの手と脚と頭を使って一歩一歩、確かに進んで行く必要なんて皆無だったのだ。
 
 この様にして、怠魔変霊駆動器による人類の救済は成し遂げられた。
 彼等はもう欠陥機械と思い煩う必要も無ければ、専用の作業機械に成らなくとも構わない――たった一つの冴えたやり方として、善人機械になれば良いのである。
 エリオットが証明したおかげで、地上も、それからまた天上にも笑みは絶えない――地球には最早欠陥機械も、また罪人機械も悪人機械も居らず、誰もが善人として素晴らしい生活を暮らしている。変霊駆動器を頑なに使おうとしない極々少数は自殺するか、さもなくば親切な方々に囲まれて、それはそれで問題無く生きているから、やはり問題無い。
 そして天国では、生きている間での善行の、史上例の無い質と量による善き事の為に、大歓迎されてやって来た神の忠実なる幸福機械達が、最初の人類、即ち蛇にそそのかされる前のアダムとイブ宜しく、その作業へと純真無垢に従事している。
 何と素晴らしい結末か。
 探求の末人類は自分達を窮地に貶めていた叡智を用いて、遂にその苦悩から開放されたのだ――正に、終わりよければ全てよし、という奴であろう。
 かくして世は並べて事も無く、地球は華麗に虚空を廻る。
 閃きの種を最初に送ってやったこのベルフェゴールも鼻高々という所だ。
 
 ――何処に文句をつけるつもりなのかね?
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