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 最近弱った事に、何とも筆が進まない。書く書く、と言いながらさっぱり書けない。時間もネタもあるけれど、それを育ませる、何としてもっ、という気概が浮かばないのは、どうしたものか。もといこう言いたい位なのだよね、「一体どうやってやったのか、さっぱり解らないんだ」と。

 そこでふと頭に浮かぶのは、テッド・チャンやヴォネガット師匠が語っていた作家たるものの一つの姿勢であり、曰く、作家というものは、自覚無自覚乃至はその出来の良し悪しに関係無く、誰か特定の存在の為に、作品を書いているのだという。

 そうして思い返して見れば、どうも自分は、大学サークル連中の為に、作品を書いていたのでは無いかと思う。或いは、それを一つの張り合いとしていたのでは無いか、と。少なくとも、見えざるネットの不特定の相手を想定しては居なかったのは間違い無く、今の精神はそんな読者不在の状況が為に陥っているのであろう。自分でもちょっと意外だが、割合と、かなり大きかった様である、読者が――或いは批評者が、というべきか。黒い笑い、皮肉な文章は、最近の作風として良く言われているけれど、無形のものにはそういった感情を呼び起こすのも難しい。何ともはやだ。

 まぁとは言え、何処であれ、誰であれ、理は早々に読者と出会わねばなるまいな。で無ければ、進むべき道も、戻るべき道も、反れるべき道ですら見つける事など出来はしないのだから……

 あ、所で嫉妬を司るのはリバイアサンであると共に、嫉妬は緑色の目を持つ怪物だ、というのは、前々から知っていた事だけれど、こうやって見ると何とも暗示的ですね、と言って見たり。

 後、本当に関係無いが、ついさっき覗き見たアンサイクロペディアの無宗教項目が、実に言い得て妙で好きだ。世界四大宗教、無宗教の狂信者というネタは、また使いたいテーマだな。
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