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 生存報告もかねて。生きてるよ、死んで無いよ、幽霊じゃないよ、って大概の幽霊は言いますよねぇ。

 ともあれこの話の原典(オリジン)は、私の父にあります。
「霊能力者は幽霊が見えるというけれど、しかし一体今までどれだけの人間が、生物が死んだと思っているのだ? 宇宙が誕生してから、今日に至るまで」
 超常現象特集のテレビを見ながら、彼は言いました。
 私もそう思います。
 だからちょっと、そんな風なものを描いて見ました。後輩から貰った御題でもあり、夏という事で――まぁ作品としては、別にそんなものはどうでもいいのですけれども。ゴゥンゴゥン。
 云わば、これはちょっとした顛末――生涯一人の女性に身を尽くす事等絶対に有り得ない、そう酒と自分に酔って宣言していた新聞記者ヴィクター・クレメンズが、如何にしてその主義主張を翻し、一生の伴侶となる可愛らしい花嫁を貰い受けるに至ったかの顛末だ。
 勿論そこには安っぽい装飾がごたごたと付けられて、七面倒臭い曲がりくねりも幾つかある訳だが、重要な部分はそこである、と、どうか肝に銘じて置いて貰いたい。
 お願いである(プリーズ)。

 さて、顛末の顛は、トーマス・グローシンガー博士の死去から始まる。
 彼は科学者であり、発明家であり、そして街の名士でもあった――但し、そこに彼の功績は余り関係して来ない。博士が造った物と言えば、ゴゥンゴゥンと唸って廻って千切れて飛んだ末、子猫へミルクをやるだけの様な、大規模連鎖式単純単一(ルーブ・ゴールドバーグ)作業機械(マシン)の血筋に連なるもので――尤も、それが余りに大袈裟に、余りに細微に至った結果、歯車と陶器とその他諸々で、ラエルなる一人娘を産んでしまった事もまた事実ではあるのだが――彼の人気は、専らその風貌と人柄に由来する。サンタクロース、或いはもっと親しげに、サンタさん――そう皆が口を揃えて言う様な外身であり、また中身だったのである。
 だから、そんな博士が息を引き取った――享年は八十七歳、死因は老衰、と彼の死を見取った医師と娘は告げている――そう聞いた時、多くの者達がしみじみと哀しんだ。惜しい、もとい、可笑しい人を失くしたものだと、生前の姿を、笑みを心に浮かべながら。
 ホーホーホー――彼の親しげな魂に、幸あれ(アーメン)。

 所でそれから暫くして、こんな噂が市中に広まった――傍迷惑な裁判沙汰を経て唯一の家族に受け継がれた遺産の中に、未だ発表されていない発明品が存在するらしい、と。
 無論――忘れられがちだが――トーマス・グローシンガー博士は科学者にして発明家なのだから、別に可笑しな事でも無いだろう――噂を聞いた多くの者達は、そうして微笑んだものである――彼が一体何を遺したのか、その詳細を耳にするまでは。
 真偽不明の噂に曰く――博士の遺産とは『望霊鏡(メタスコープ)』と称される機械であり、その機能とは文字通り、幽霊を観測する事の出来る装置、なのだ、そうだ――
 本来であればそんな荒唐無稽なもの、絶対に有り得ないと一笑に付されて御終いだったろう――一人を抜かす、彼の発明品を思い出せば尚更の事である。ゴゥンゴゥン。
 だが今回は少し違う。具体的にその機能が判明している上に、機能が機能であり、更にその造り手は、今やもうこの世界には亡骸を残して存在していない人間――そういう事になっている――で、しかも広く慕われていたのである。ホーホーホー。

 まさか、けれど、もしや――多くの市民達が聖夜のプレゼントを拝もうと浮き足立って博士の家に、郊外の屋敷に向かったのは、そんな想いと考えからであり、
『はい、確かに……父の遺産の中に、その様な物が御座いました』
 それは彼の娘ラエルの可憐に揺れる声に拠って肯定され、
『ですが……真に残念な事に、皆様にその品をお見せする訳には行かないのです』
 またやんわりと否定される――先と全く同じ、鈴の音に似た声で以って。
 何故っ、と食い下がる彼等に――我々には知る権利があるっ――彼女は青緑の少女髪を揺らしつつ、その白瑪瑙の瞳で周囲を見渡し、静かにこう返したものである。
『それが父の遺志だからです――他に何か言う事が御座いますか?』
 当然答えは一つだった――何も、言う事は、御座いません。
 市民達はラエルを後に、屋敷から歩み去った――その胸中に一抹の葛藤を抱きつつ、残念無念また来週、と――週が明けるのは、彼岸を渡ってからと知りながら。

 こうして、このちょっとした騒動は一先ず鎮静化した――納得が行ったか、というと、実際の所はそうでも無かったが、しかし遺志とあっては仕方も無い。市民達は互いに顔を見合わせながら、あんなものはきっと何時通りのものに違いないだとか、結局何処から噂なんてものが上がったのか等等と、勝手気ままに言い合ったものである。
 但し、そうは言っていない者も居た。
 これでやっと名を上げられる訳だが――ヴィクター・クレメンズこそ、その人であった。
 彼は、市民達がグローシンガー邸へ赴いた時、記者として別の事件――殺人膣(キラープッシー)を備えた性的自動人形(セクサマトン)が、哀れな青年を字義通り再起不能にしたという、恐るべき、と同時に、忌むべき事件――を追っており、丁度街を留守にしていた。
 戻って来たヴィクターが望霊鏡の噂を耳にしたのは彼の二十六と七割八分目の恋人からで――この数字は、心理と時間と状況から算出出来る――その噂は、彼の魂を刺激した。
「真実は常に公開されていなければならない」
 それがヴィクターの信念ならばこそ、この時もまた彼は、汗と何かで湿ったベッドの上、二十六と七割九分目の恋人を抱きながら、紫煙と共にそう吐き出したものである。
 その真実とやらを誰が公開するのか――そこはあえて説明する必要もあるまい。

 ヴィクター・クレメンズが望霊鏡の取材の為に博士の家へと赴いたのは、まぁ、そんな想いと考えからであったが――ゴゥンゴゥン――そう易々と事が運ぶ訳も無い。
「トーマス・グローシンガー博士の望霊鏡とやらを、ちょっと見せて貰いたいのだが」
『真に残念ながら、お断りさせて頂きます』
「何故? 我々には知る権利があるというのに?」
『それが父の遺志だからです――他に何か言う事が御座いますか?』
 ヴィクターに対するラエルの反応は、多くの市民達に対するのと、寸分違わぬものであった。あのサンタクロースが子供達へ分け隔ての無い愛情を向けるのと同じ様に、彼女もまた父を第一として、彼に接したのである――ホーホーホー。
 しかし、記者が汽車へと通ずるならば、ヴィクターもただでは引き下がらない。
「それでは理由にならないね……真実は常に公開されていなければならないのだから」
 彼がそう言って腕を組めば、冷ややかな微笑身も共にする――探求者にして表明者、時には扇動者であればこそ、はいそうですか、で終わる訳には行かないのである。
 始めに言葉ありき(ビバ・ジャーナリズム)――これこそが、お飯の種なのだから。
 しかし、こんな調子で事が容易く運ばれると思ったならば、それは調子の買い被りな上に、事を甘く見積もり過ぎである――悔い改めるが宜しい。

 兎にも角にも双方一切譲歩する事無ければ、それは見事な平行線を辿るままに、時は静かに過ぎ去って行く――ヴィクター・クレメンズの恋人は、二十八と八割七分目となり、噂はあくまで噂として、市民達の間から遠ざかる――けれど、飽きる事無く何処までも拮抗が続いた末、とうとう先にラエルが折れた。

『解りました……そこまで仰るなら、少々お待ちを』
 白磁の指で短く切り揃えられた髪を掻き分けつつ、物憂げに吐息吐き出さんばかりの――ヴィクター・クレメンズが思わず息を呑む程度の――表情を浮かべてから、彼女はこつこつと何処かへ赴いてから、こつこつとまた彼の前に戻って来る。
 その両手に、傍目にはただの望遠鏡の様にしか見えない品を持ち抱えて。
「これが、そうかね?」
『これが、そうです』
 木と真鍮とその他諸々で形作られた円筒状の物を差し出され、ヴィクターはしげしげとその全体を眺め回す――傍目にはただの望遠鏡の様にしか見えなかった品は、こうして手に取って良く良く見ても、ただの望遠鏡の様にしか見えず、
「これが噂の望霊鏡? しかし、それにしては余りにも普通な……」
『……』
 淀み無い視線が、沈黙が投げ掛けられる中、彼はそっとレンズへと片目を近づける。
 何も、見えない。
 はてと小首を傾げてから、ヴィクターはもう一度中を覗き込んだ。
 やはり何も見えない。
 いや、正確には少し違う――見えるには見えるのだ――白、まるで濃霧の様に絶える事無く何処までも何処までも続いて行く、そんな白が、レンズの向こう側を覆っている、と。
 機械の故障か何かだろうか、とヴィクターは望霊鏡を離しては近づけ、近づけては離し手見たが、一向に変化は訪れない。広がるのは色で無い色、白と白と白と白と――
 そうしてぐるり、何気無く方向を変えれば、漸くとそれ以外のもの、ラエルの姿が、色褪せぬ青緑の髪と掠れた白瑪瑙の瞳が、それだけがしっかりと目に入り、ヴィクターはもう一度レンズを離し、それから近付け、今度は自分の体、白濁に隠される様に決して見えぬ体へと視線をやり、再度ラエルを捉えてから、漸くにしてその意味を理解した。
 それから彼は、望霊鏡を投げ捨てた――レンズを通せば良く解る、見渡す限りの白一色の空間に向けて、何の迷いも憂いも無く――頓狂な声で叫びながら――

 ヴィクター・クレメンズの頭の中の歯車は、乱れに乱れた。
「皆、居る。中に、その中に居る」
 グローシンガー邸から戻って来た彼は、さながら壊れた蓄音機の様であった――『皆』とは誰か、『その中』とは何処なのか、誰にも、恐らくヴィクター自身ですら理解する事は出来ない言葉を口走り続けるだけの、哀れな人間に――事情を詳しく知らぬ市民達は、ただただ哀れみの篭った視線を投げ掛けるだけである。悔い改め様にも時既に遅し、だ。
 けれど、そうで無い者も居た。
 あえて説明する必要も無いかもしれないが――ラエルこそ、その人である。
 彼女はヴィクターの有様を哀れんだ――哀れんだ上で、行動をした。父の遺産がどの様なものか知らなかった――今でもそれは変わらず、というのも、本物は既に砕かれ、詳細を知る二人の人間は、それぞれの仕方で唇を閉ざしてしまった為だが――とは言え、この責務は私、トーマス・グローシンガー博士の娘にあると、サンタクロースが子供達へ分け隔ての無い愛情を向ける様に、献身的な奉公をし始めたのだ。
 それがどんな結果を導き出したか、想像が出来ますか?
 長き渡る時をラエルと共に経た末、ヴィクターは正気を取り戻したのである。
 そして――顛末の末――今でも二人は一緒であり、死以外では当分分かれそうに無い。
 驚く無かれ、ヴィクターは遂に最初にして最後、如何なる計算式を以ってしても変わる事の無い唯一無二たる妻を娶り、ラエルもまた、ただのラエルからラエル・クレメンズへ、傍迷惑な裁判沙汰を経て法的に婚姻が認められた世界初の自動人形(オートマトン)と相成ったのである。
 如何にして――その理由を、ヴィクターはこう語っている。
「当然だろう? 彼女程、彼女程しっかりとした存在なんて他に居る訳が無いのだから」
 またラエルはこうも語っている。
『えぇ。私は彼を愛しています。何故ならば、私は彼を愛しているからです』
 この事が――自動人形の口癖に見習って――トーマス・グローシンガー博士の遺志であるかは定かで無いけれど、ともあれ、最初にお願いした通り、彼は性根を入れ替え、立派な夫として、甲斐甲斐しい妻を貰ったのである。ここは一つ、めでたしめでたし、で終わらせても何も構うまい。それでは、めでたしめでたし――ゴゥンゴゥン。

END
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