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∀.あのエチオピアの空の下で
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 そして――

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 そして気付けば既に太陽は天高く昇っており、抜ける様な青空の中で、眼も眩まんばかりの光を緑成す赤い大地へ向けて放っている――虚ろにそれを見ていたら、本当に眩まされてしまい、彼は四角い眼を瞬き、呻き、唸ってから、漸くよろよろと立ち上がる。
 それから彼は、ふぁさり風で揺れる木の葉とその影に気付き、直ぐ傍に聳え立つ樹木の存在に気付き、枝という枝にたっぷりと実った赤い実に気付き、それから――そういえば何だか疲れていた事、その為に群れから離れ、ここまで来た事、というのにこの実を食べたら何だか元気になった事、でもやっぱり疲れていて、そのまま木陰で眠ってしまった事、そして――そして、眠っている間に、一つの奇妙な夢を見ていた事に気が付いた。
 その夢――と言うものを、他の諸々がそうである様に、彼はちゃんと理解していた訳では無いのだが――は、此処では無い何処かが舞台の夢であり、其処では、不健康に気色ばんだ太陽が輝き、青空ならぬ黄空が広がっていた。その下で繁栄する山羊は只の山羊で無く、まるで人間の様で、岩を積み上げた様な住処で寝て、手間隙掛けて産み出した紙という葉を食し、白だの黒だの灰だの何だのと言う毛を纏って暮らしているのだが、傍から見ていると、彼等は今の生活に余り満足していない様だった。というか、傍から見ていると、どうも彼等は、彼等自身が築いて来た何かに囚われて身動きが取れ無くなっており、また傍から見ていると、それはちょっとした事で簡単に抜け出せるというのに、そのちょっとした事がちっとも解らなくて、もう何だか色々手遅れ一歩手前になっている――
 ぶるりぶるりと身震いしつつ、彼は思った――どうして彼等はこうなってしまったのだろう、と。何処かで何かが完璧に間違ってしまったとしか思えない――で、無ければ、彼等自身がそれを望んでいたか、だ。彼には理解出来ない事すら理解出来ない理由で――
 その事を彼は不思議に思うと共に悲しくもなったのだけれど、しかし、どうやら救いは訪れたらしい――それが具体的にどんなものなのか、と言えば、そもそも具体的に彼等が何に陥っていたのかが解らない以上、彼には良く解らないのであるが、けれど、ともあれ、彼等は救われた――だと思うし、だともいいなと思いながら、彼は欠伸をし、よたよたと樹木へ近付けば、首と体を伸ばして、もっさもっさと枝葉ごと真っ赤に熟れた木の実を食した所で、自分が何を思っていたのか、或いはどんな夢を見ていたのかを綺麗さっぱりと忘れてしまう――でも、この実は力が沸いて来て素敵だな、と、忘れた事すら端から忘れて、食事に集中していたのだけれど、彼方から聞こえる声に、はっとそれを中断した。
 呼んでいる――あの人間が、山羊使いの少年が呼んでいる――縦と横と、木の枝を十字に括り付けた杖を付き付き、群れを引き連れ歩きつつ、彼を捜して呼んでいる――
 彼はもごもごと食したばかりのものどもを反芻しつつ、だっと声のする方へと走り始めた――何故だか知らないけれど、そうせねばならない気がしたのである。
 そうして彼が走り走り走り抜けば、やがて山羊使いの少年と群れの仲間達の元へと辿り付くのかもしれず、そして少年は、彼の踊る様なはしゃぎ様、或いははしゃぐ様な踊り様を察して、彼が食したものを、後に珈琲と呼ばれる赤い木の実を発見するのかもしれず、仲間達は彼が見た夢、救い難い者達がやがて救われる夢を共にするのかもしれない――或いは、そうで無いかもしれない。どうなるかなんて、誰にも解らないのである――
 けれど彼は全力で駆けて行く。自身の中から沸き上がって来る名も知らぬ衝動に突き動かされ、ただ真っ直ぐと――盲目なまでに。愚鈍なまでに。

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 その向かう先の空がどうなっているか、だなんて、あえて言葉にする必要もあるまい。
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