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 初回限定版の『七』折りのケースの順番は、あれ十字を切っているのだね、と今更に気付きつつ。

 『Märchen』考察続き、今日は『黒き宿の女将』と『硝子の棺で眠る姫君』である。

 前回から直接繋がっているので、まずはこちらからどうぞ。
【廻る廻る黒いブランコ】
 さぁお次は『黒き女将の宿』である。

 元は良く解らないが、どうやら『絞首台からきた男』という童話で、罪はGeiz、強欲である。

 『火刑の魔女』の次になるこの曲も肉なるもの、貧困の苦しみを唄っている。ろくに食べるものも無い農村の娘。その苦境から逃れるべく立ち上がった村の男達は帰って来ず、働き手を失った村で、彼女は牛馬の如く売りに出されてしまう。そんな娘を買い取った女将は、死体から盗った肝臓を使って料理を出す恐るべき魔女の如き女で、濡れ衣か食材か、ともあれ娘もまたその手に掛かり、吊るされてしまう。憾みを抱いた彼女は、女将の元を再び訪れ、そして盗られたものは盗り返される。めでたし、めでたし――

 この様に、何とも娘の人生は不憫なものだ……だが、それに対してメルヒェンはこう言っている。

 ――残念ながら、身に覚えの無い罪で。

 それが真実であれ、虚構であれ、盗られたものは盗り返すものさ。


 彼は彼女の話の真偽を疑っている、と言うよりも、それを問うて居ない訳だが、冷静になって良く考えれば、実は娘は嘘を付いている。もっと正確に言うと、本来であれば言わなければならない事、この様な状況にあって問われるべき事を彼女は言っていないのである。

 それは何か、と言えば、そう、女将の暴走に対する意見である。

 死体から漁った肝臓を使って料理を作る、だなんて、人道的観点からすれば言語道断であり、それで商売を始めた女将の罪は問われて当然だろう。けれど、娘は何も言わない。彼女が唄っているのは、自身の苦境、その末路だけなのである。しかもその憾みですら、結局は自分の事な訳だ。

 と考えると、『身に覚えの無い』という言葉から俄然信憑性が薄れて来る。

 そもそも女将はどうやって肝臓を調達していたのだろう。黒狐亭がどの程度の規模かは解らないが、余り大きい宿屋ではあるまい。店員も少ない筈だ。実際出て来ているのは女将と娘だけなので、もしかしたらこの二人だけで経営していたのかもしれない。と、くれば、肝臓の調達も大変だろう。死体を漁るにしろ死体を作るにしろ何であれ、それを全て女将がやったというのだろうか、商売として成り立つ数まで? そして、それを娘は知らぬまま、止めぬまま、止められぬままに居たであろうか? 或いは逃げぬままに?

 そんな訳があるまい、と、こうして考えれば、娘が黒狐亭の業務に対して、何らかの関与をしていたのは明白なのである。少なくとも、『暴走』と言っているのだから、彼女はその事実を知っていた筈だ。知っていたのに何もせぬまま、遂に吊らされた訳である。

 或いは、出来なかった、という考えも、まぁ出来無くは無い。買われて来た娘だ、買い手には逆らえない。彼女は悪い女将に強要され、無理矢理と悪事に手を染めさせられたのだ、と。

 だがそれも、以下のやり取りを聞いていると、何とも疑わしいものがある。

「女将さん、女将さん……おい、クソババア!」

「何よぉ」

「お客様がお待ちになってやがりますでよ」

「もぉ、五月蝿いわねぇ! 今っ、折角良い所だったのにぃ!」


 自分を買った女将に対しての『クソババア』呼ばわりである。勿論その事は窘められているし、そもそも女将は自分をそうと称している。が、続く発言を見ても、彼女は嗜める以上の事をしていない。もし女将が買い取った娘を手荒に扱っているとすれば、もっと責めてもいい筈である(じまんぐ繋がりで言えば……仮面の男が『天秤』で仕えていた主や、あの変態神官辺りに同じ口の聞き方をしたら、どうなる事やら。尤も、余りにオブラートに、詩的な言葉を言ってしまった挙句に極刑に召された詩人も居た訳だが)。けれど彼女はそうせず、その後直ぐに娘と一緒に接客に勤しんでいる。

 その訳を、暴走に至る中で、彼女はこう叫んでいる。

「おらもう嫌だぁ……貧しいのはぁ、ひもじいのはぁ、あんな惨めな思いはぁ……もう嫌ぁあ!!」

 『あんたのような田舎ッぺ、拾ってやったのは、』彼女自体、貧困の産まれだからである。

 感情の発露から飛び出した訛りが娘と似ているのを見るに、もしかしたら同郷なのかもしれない。或いは彼女もまた、『遠くの町へと、売られた』娘だったのかもしれない。

 何にせよ、女将もまた貧困の苦しみが良く解る身の上なのである。それはもう痛い程に、だ。だからこそ、あの様な凶行に及んでしまった……『図太く生きてゆくには、綺麗事ばかりじゃ』無い訳である。

 けれどそれは娘も同じであったろう……彼女もまた『必死に生きた』のだから。

 勿論その詳細な所は解らない……先にも言った通り、娘が語るのは自分の事だけだからだ。自分の事だけ、自分の苦しみしか彼女は唄わない。それは肉か霊か、で言えば、彼女が農村の娘、肉なるものに属している為だろうか。だから『人は信仰によってのみ救われる』という言葉も理解出来ないし、それを言えば、ゲーフェンバウアー将軍に率いられた自分の父親達の戦いも、何も語っていない。ただ、その為に自分が売られた、としか言っていないのである……将軍が、村の男達が何故立ち上がったのか、娘が解っていたとはとても思えない。もっと言えば、そのゲーフェンバウアー……父か兄弟かは知らないが、彼等を蹂躙した『死神』が戦う理由も、きっと彼女は理解出来まい。だから彼のここでの戦いぶりは『戦争とは名ばかりの 唯の殺戮』なのである。

※筋とは関係の無い追記

 (まぁ、この当時のあの男に容赦なんて言葉は無かっただろうが……『倍数以上の敵軍を完膚なきまでに叩きのめしての大勝利』を成した彼に、大砲があったから、射程が短かったから負けたという言い訳をするのも、自分勝手というか何とも情け無い。相手が悪いと言えば悪いのだが……鎌スキルが矢鱈高そうな「もぎ取れないなら刈り取ればいいじゃない」の楽園パレードの人に師事するか、問答無用の全体即死技を使う紫水晶将軍に率いられていれば……まぁ後者のアレは冥王固有技と思うが。)

 兎に角、全ては自分の為……その精神の根本は、詰まる所、女将も娘も一緒なのである。

 己以外を省みる事無く、ただただ己のみの救済を欲する事を『強欲』と呼ぶならば、娘もまた同じ罪を持っている。その様に周りの見えていない『杜撰な』思考が故に女将の傍で働き、吊るされたならば、それは自業自得と呼ぶべきだろう……ここでゲーフェンバウアーが出たのは何とも暗示的だ。廻る廻る何とやら、死神が死神の死神の一族を葬り、死神の死神が死神を葬れば、その傍らでは二人のローランが、石畳の上では異教の騎士同士が、神代では英雄同士が云々と、である。

 尤も、その罪が故に、彼女は自分が殺された理由に対して、何時までも『身に覚えの無い』と思っていられよう。その意味では、確かに彼女の言っている事は真実に違い無いのである。

【鏡よ鏡――】
 それは肉から霊への移ろいの所為か。『宵闇』の側にあって最も『境界』に近い『硝子の棺で眠る姫君』の物語は、シンプルに『白雪姫』であり、母と娘の愛憎を『ヘンゼルとグレーテル』に絡めた『火刑の魔女』や、ゲーフェンバウアー将軍を出す事で他の地平との繋がりを持たせた(そして今知ったが、ヘンゼルの愛称はハンスだという。曲の最後に友人のトーマス=トムが登場すれば、『魔女』もまた『光と闇の童話』との繋がりを思わせるか。母の愛を無慈悲に否定した子供達は、狂おしい時を経て、また再び母の愛を無慈悲に否定するのである)『女将』の様な生々しさ、煩雑さは無い。関せられた罪もNeid、即ち嫉妬と、あの王妃を楽に連想させてくれるものだ。

 その様に単純明快だからこそ、また白雪姫……今ここでは雪白姫だが、彼女の罪も解り易い。

 この曲の中で終始問題にされるのは、姫の容姿、外見、肉体であり、行動、中身、精神は最後の最後になるまで取り上げられない。王妃が雪白姫に嫉妬するのはその美しさが故であり、狩人の爺やが彼女を助けるのも、結局はその可愛らしさの為だ。訛りという特徴以外で区分けされない七人の小人達(ドワーフ)が姫を囲うのも、また同じく。そして幾つかの過程はばっさりと省略され、その背景では本筋とは無関係な者達が無関係な掛け合いを執り行い、やがて姫は抗えない欲求によって言い付けにも関わらず毒林檎を食して死んでしまう。そうして現れた王子が求めるのは美しい死体であり……蘇った雪白姫は、王妃を嫉妬の罪によって罰し、そのもがき苦しむ様を高笑いと共に愉しむのである。無邪気に、それ故に残酷に。

 ともよちゃん雪白姫は確かに愛らしい。けれど、その愛らしさは何ともポップで、言い換えれば俗っぽいものであるし、また彼女の魂は醜い、いや下劣と言っても差し支えないものである。

 それは肉なるものの姫、即ち象徴として、彼女自身が肉なるものを尊重し、霊なるものを軽視しているからだろう――そう、雪白姫は自分が他者からどう見えるかをちゃんと理解しているのである。

  真雪の肌は白く 黒檀の髪は黒く
 血潮のように赤い唇 冬に望まれ産まれた私

 寝起きも超すっきりな美少女、私の目覚めを待っていたのは――


 彼女は自分が誰よりも可愛らしいと、美しいと見られている事を解っている。だから、それを充分に利用している……と言うと言葉が悪いが、それ以外を省みない。姫は毒林檎を盛られたのを『騙された』と言っているが、少し考えれば罠である事は明らかであろう。だが『この世界で一番の』、そしてただ一つの武器を持って全てを解決して来た彼女に、考えるなんて考えはそれこそ存在しないのである。

 可愛いは正義……とは、良くぞ言ったものか。

 けれど、その唯一無二たる美貌をこそ最も重要と感じる価値観は、他ならぬあの王妃と全く変わり無いのである。両者の違いは、正に一つ。片方が片方よりも美しかった、ただそれだけなのだ。

 勿論今はそれで構うまい……けれど、薔薇は何時か枯れてしまう。変わらないのは肉から離れた霊なる存在、思い出の中の薔薇であるけれど、だが、雪白姫はそうでは無い。やがて歳月を経た彼女を待っているのは……王妃、或いは、何処ぞの冬薔薇と同じ結末なのである。

 ただ……恐ろしい事に、そんな雪白姫の末路すら、既にその容姿……名前にて現されている。

 やがて年齢も立場も王妃となった彼女は、嫌が応も無く気付く筈である。エリーゼがメルヒェンを見立てて問うた様に周囲の反応から、今世界で一番美しいのは自分では無い事を。鏡の中に現れるのは、自身と同じく美を尊ぶ、けれど自身には無い美を持っている左右逆転した虚像……『白雪』姫である事を。

 そしてまた白雪姫が童話通りに事を運び、王妃へと相成って鏡へと問い掛けるならば、そこには彼女の鏡写しの存在、雪白姫が現れ、そして――美に執着する限り、誰か(と言えば勿論一人なのだけれど)が美以外の何かの価値を教えてやら無い限り、鏡からは逃れられない。姫が本当の意味で硝子の棺から抜け出す事も無いだろう。冬の天秤の如く傾かぬまま、樹氷の森の姫君として、永遠に……

 けれど物語は、メルヒェンとエリーゼの東を目指す旅路は続く。

「何て事だ……」

 最後の最後になって、美しい肢体にのみ意味を見出していた王子がそれ以外の何かの重要性に気付いた様に、闇と光、衝動と自我、肉と霊の立場は変わって行く……古井戸という名の境界を以ってして。

 と言う訳で今回はここまで。次はかなり重要な『生と死を別つ境界の古井戸』である。
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